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【最終章①】廃界突入編
第167話 外交局のふたり
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雷竜エルメルガの襲撃から3日が経った。
ダステニア王都内にあるアークス学園で療養中の颯太は、今日も病室の窓から実習に励む生徒たちを眺めていた。
コンコン。
そこに、控え目なノックが響き、「入ります」と女性の声がした――カレンだ。
「調子はどうですか?」
「もう大丈夫だよ。傷は癒えた。明日の遠征にも参加できる。たしか打ち合わせが今夜にあるんだったよな」
「ええ。今日の午後には各国の竜騎士団が集合する予定です」
「そうか」
一見すれば、いつもと変わらぬ調子でのやりとり。だが、明らかに颯太の意識は別の方向へ向けられていた。
もちろん、メアのことだ。
エルメルガの雷撃を受けたメアはブリギッテたちの頑張りもあって一命をとりとめることができたが、未だに意識は戻っていなかった。
ブリギッテたち他国の竜医は自国の竜人族の治療に当たるため一時帰国を余儀なくされており、それ以降はダステニアの竜医たちに委ねられた。
「食事の用意ができていますけど、どうします?」
「いただくよ。じゃあ、着替えるから……」
「あ、は、はい。外に出ていますね」
ほぼ全裸状態の颯太を目の当たりにした時を思い出して顔が熱くなったカレンは慌てて部屋を出る。背中をドアに預けて「ふぅ」と息をつくと、
「ソータさんの様子はどうだった?」
ハルヴァ外交局のアイザック・レーンがやって来た。
カレンもアイザックも、国王会議の補佐役として同行していたレフティ大臣の世話係としてついてきていた。
「いつも通り――を装っている感じですね」
「僕らに気を遣っている……ということか」
カレンの指摘は当たっていた。
颯太の心には、まだメアのことが重くのしかかっている。
あの場面――もしメアに任せていたら、もっと注意して隠れていたら、そうしたら、メアは無駄に傷つかず済んだかもしれない。自分の不注意が、メアを危険な目に遭わせてしまったという自責の念が渦巻いていた。
それを、カレンは見抜いていた――というより、口調こそいつも通りだが、仕草や態度に影がのぞいていた。
「ソータさんとしては、エルメルガを説得するつもりだったみだいですね」
「銀竜や歌竜はそれで国家戦力となっているわけだからな」
「……違います」
「え?」
アイザックの言葉を、カレンは否定する。
「ソータさんはきっと国家戦力とか、そういったところに重きを置いているわけじゃありません。メアちゃんとノエルちゃんの時も……なんていうか……純粋に助けてあげようって気持ちだったと思います」
「雷竜エルメルガも助けようと?」
「戦わなくてもいいって教えてあげようとしていたんだと思います」
だが、その声は届かなかった。
厳密に言えば、声を届けるよりも前に勝負の決着がついてしまった形になったが。
「このままソータさんを廃界遠征に同行させるのは危険だと思います」
「そうだな。……しかし、レフティ大臣やブロドリック大臣はソータさんの力を頼りにしている」
それはハルヴァ組だけではない。
ペルゼミネのシリング王をはじめとする各国の王たちも、高峰颯太の力に一目を置き、その能力を頼りにしている面があった。
ただ、今の颯太の心理状態を考慮すると、常に命の危険が伴う廃界遠征に帯同させるのは難しいというのがカレンの見立てであった。
しかし、その案は恐らく却下される。
なぜなら、
「各国を襲った竜人族たちは揃って廃界の方角へと飛んで行ったという報告がある以上、あそこに複数の竜人族がいることは間違いない」
「もし、今回の襲撃が偶発的なものでなく計画的なものだったとしたら……裏で糸を引いている黒幕の存在を聞き出さなくてはいけない。そのためにも、ソータさんの能力は必要不可欠ですからね」
今回の竜人族による同時多発襲撃。
その裏に、意図的なものを感じたからこそ、彼女たちと会話ができる颯太の出番というわけだ。
ちなみに、会議終了後、レフティ外交大臣はレイノア王国を襲った竜人族への対応に追われていた。
レフティだけでなく、ペルゼミネやガドウィンの外交担当者も自国の被害報告と対策に頭を悩ませているところだった。
というのも、ここまで明確に竜人族同士が戦闘行為を行うというのは過去にあまり例がなかった。竜人族は能力こそ優れているものの、基本的に好戦的な者は少ない。
ブランドン・ピースレイクに脅されて戦わされていたノエルや、レイノア王国領土奪還のために協力していたジーナやカルムなどは例外だ。
相手が竜人族とあっては人間ではどうしようもない。
完全武装の騎士団が総出になってようやく勢いを止められるくらいだ。
なので、できることなら話し合いで解決したいというのが本音であった。
そのためには、颯太に交渉時の通訳になってもらうつもりだった。
カレンとアイザックには、それとなくその旨を伝えるよう指令が出ていたが、前日になっても言い出せないままであった。
「この後、食事に行く予定なので、その時に話せられたらな、と」
「キャロル・リンスウッドは?」
「あの子にはソータさんの現状は伝えていません。ただ、『心配はいらない』とだけ言ってありますが」
「……それがいいな。きっと、あの子も廃界遠征帯同には反対するだろうし」
「私だって、本音を言えばそうなんですけど……」
「おいおい……そんなことで大丈夫か?」
「今のソータさんは心身共に大きなダメージを受けています。ただでさえ、あのレイノアの一件からまだ1ヶ月も経っていないというのに……」
「それはそうだが……」
「お待たせ。――ああ、アイザックも来ていたのか」
話の途中でドアが開き、着替えを終えた颯太が出てきた。
「ええ。朝食を一緒にしようかと思って」
「是非」
「あの、ソータさん」
「うん?」
「食事の際ですが……少しお話ししたいことがあります」
「……わかった」
短くそう言った颯太の顔は――何かを悟ったようだった。
ダステニア王都内にあるアークス学園で療養中の颯太は、今日も病室の窓から実習に励む生徒たちを眺めていた。
コンコン。
そこに、控え目なノックが響き、「入ります」と女性の声がした――カレンだ。
「調子はどうですか?」
「もう大丈夫だよ。傷は癒えた。明日の遠征にも参加できる。たしか打ち合わせが今夜にあるんだったよな」
「ええ。今日の午後には各国の竜騎士団が集合する予定です」
「そうか」
一見すれば、いつもと変わらぬ調子でのやりとり。だが、明らかに颯太の意識は別の方向へ向けられていた。
もちろん、メアのことだ。
エルメルガの雷撃を受けたメアはブリギッテたちの頑張りもあって一命をとりとめることができたが、未だに意識は戻っていなかった。
ブリギッテたち他国の竜医は自国の竜人族の治療に当たるため一時帰国を余儀なくされており、それ以降はダステニアの竜医たちに委ねられた。
「食事の用意ができていますけど、どうします?」
「いただくよ。じゃあ、着替えるから……」
「あ、は、はい。外に出ていますね」
ほぼ全裸状態の颯太を目の当たりにした時を思い出して顔が熱くなったカレンは慌てて部屋を出る。背中をドアに預けて「ふぅ」と息をつくと、
「ソータさんの様子はどうだった?」
ハルヴァ外交局のアイザック・レーンがやって来た。
カレンもアイザックも、国王会議の補佐役として同行していたレフティ大臣の世話係としてついてきていた。
「いつも通り――を装っている感じですね」
「僕らに気を遣っている……ということか」
カレンの指摘は当たっていた。
颯太の心には、まだメアのことが重くのしかかっている。
あの場面――もしメアに任せていたら、もっと注意して隠れていたら、そうしたら、メアは無駄に傷つかず済んだかもしれない。自分の不注意が、メアを危険な目に遭わせてしまったという自責の念が渦巻いていた。
それを、カレンは見抜いていた――というより、口調こそいつも通りだが、仕草や態度に影がのぞいていた。
「ソータさんとしては、エルメルガを説得するつもりだったみだいですね」
「銀竜や歌竜はそれで国家戦力となっているわけだからな」
「……違います」
「え?」
アイザックの言葉を、カレンは否定する。
「ソータさんはきっと国家戦力とか、そういったところに重きを置いているわけじゃありません。メアちゃんとノエルちゃんの時も……なんていうか……純粋に助けてあげようって気持ちだったと思います」
「雷竜エルメルガも助けようと?」
「戦わなくてもいいって教えてあげようとしていたんだと思います」
だが、その声は届かなかった。
厳密に言えば、声を届けるよりも前に勝負の決着がついてしまった形になったが。
「このままソータさんを廃界遠征に同行させるのは危険だと思います」
「そうだな。……しかし、レフティ大臣やブロドリック大臣はソータさんの力を頼りにしている」
それはハルヴァ組だけではない。
ペルゼミネのシリング王をはじめとする各国の王たちも、高峰颯太の力に一目を置き、その能力を頼りにしている面があった。
ただ、今の颯太の心理状態を考慮すると、常に命の危険が伴う廃界遠征に帯同させるのは難しいというのがカレンの見立てであった。
しかし、その案は恐らく却下される。
なぜなら、
「各国を襲った竜人族たちは揃って廃界の方角へと飛んで行ったという報告がある以上、あそこに複数の竜人族がいることは間違いない」
「もし、今回の襲撃が偶発的なものでなく計画的なものだったとしたら……裏で糸を引いている黒幕の存在を聞き出さなくてはいけない。そのためにも、ソータさんの能力は必要不可欠ですからね」
今回の竜人族による同時多発襲撃。
その裏に、意図的なものを感じたからこそ、彼女たちと会話ができる颯太の出番というわけだ。
ちなみに、会議終了後、レフティ外交大臣はレイノア王国を襲った竜人族への対応に追われていた。
レフティだけでなく、ペルゼミネやガドウィンの外交担当者も自国の被害報告と対策に頭を悩ませているところだった。
というのも、ここまで明確に竜人族同士が戦闘行為を行うというのは過去にあまり例がなかった。竜人族は能力こそ優れているものの、基本的に好戦的な者は少ない。
ブランドン・ピースレイクに脅されて戦わされていたノエルや、レイノア王国領土奪還のために協力していたジーナやカルムなどは例外だ。
相手が竜人族とあっては人間ではどうしようもない。
完全武装の騎士団が総出になってようやく勢いを止められるくらいだ。
なので、できることなら話し合いで解決したいというのが本音であった。
そのためには、颯太に交渉時の通訳になってもらうつもりだった。
カレンとアイザックには、それとなくその旨を伝えるよう指令が出ていたが、前日になっても言い出せないままであった。
「この後、食事に行く予定なので、その時に話せられたらな、と」
「キャロル・リンスウッドは?」
「あの子にはソータさんの現状は伝えていません。ただ、『心配はいらない』とだけ言ってありますが」
「……それがいいな。きっと、あの子も廃界遠征帯同には反対するだろうし」
「私だって、本音を言えばそうなんですけど……」
「おいおい……そんなことで大丈夫か?」
「今のソータさんは心身共に大きなダメージを受けています。ただでさえ、あのレイノアの一件からまだ1ヶ月も経っていないというのに……」
「それはそうだが……」
「お待たせ。――ああ、アイザックも来ていたのか」
話の途中でドアが開き、着替えを終えた颯太が出てきた。
「ええ。朝食を一緒にしようかと思って」
「是非」
「あの、ソータさん」
「うん?」
「食事の際ですが……少しお話ししたいことがあります」
「……わかった」
短くそう言った颯太の顔は――何かを悟ったようだった。
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