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第41話 開店秒読み
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「あの子は一体……」
月明かりに照らされ、どこか神秘的な空気さえ漂わせる少女。
褐色の肌に白い髪。
細めた瞳が優志とエミリーを捉える。
「…………」
なんて目をするんだ、この子は。
優志は喉元まで来ていた言葉をグッと飲み込んだ。
青白い月をバックにたたずむ少女――その神々しさに、言葉を発するのさえためらわれてしまう。
「ユージ殿!」
「っ!!」
エミリーの叫びで意識を取り戻した優志の眼前に広がっていたのは絶望的な光景だった。
いつの間にか、優志とエミリーを取り囲むようにして一角牛たちが迫ってきていたのだ。
「に、逃げ場がない……」
四方八方を一角牛に囲まれる優志たち。
目に見えていた数よりも増えていることから、恐らく奥にある別のダンジョンの入り口からこちらへ仲間を救いに集まってきているようだった。
「これはまずいな」
エミリーの額から汗が流れる。
絶体絶命の大ピンチ。
――が、優志はふと気づく。
「あの子……なぜあんな平然としていられる?」
突如現れた褐色肌の少女は、溢れかえる一角牛の群れを前にしても動じていない。眉ひとつ動かさず、ジッと優志たちを見つめていた。
優志もつられるように少女から視線を外せないでいる。
すると、少女は何かを口にくわえた。
月明かりがあるとはいえ日中に比べれば薄暗い上に距離もあることからハッキリとそれがなんなのか見極めることはできないが、形状からして笛のようだ。
少女はそれを力いっぱい吹くと「ピィー!!」というけたたましい音が夜のしじまを引き裂いた。
途端に、一角牛たちは踵を返して巣のあるダンジョン内へと一斉に戻って行く。
「! あの少女の言うことを聞いているのか?」
エミリーが驚きの表情を浮かべながら言った。
たしかに、あの笛が合図となって一角牛たちは立ち去った――紛れもなく、あの褐色肌の少女が一角牛を操っていると言える。
「……いや」
操っている――という言葉には語弊があると優志は感じた。
洗脳に近いようなものではなく、もっと純粋な動機――例えるならそれは「信頼」と呼ぶべきだろうか。
一角牛たちが少女の言うことに応じた理由は操られているからではなく、彼女を信頼しているからではないのか。
「…………」
少女は鋭い眼光のまま、一角牛たちを追って優志たちの前から立ち去る。その最後に見せた眼差しには、「これ以上関わるな」という警告の色が窺えた。
「行ってしまったか……」
「どう思う、エミリー」
優志はエミリーに意見を求めた。
投げかけられた質問に対し、エミリーは剣を鞘へとしまいながら、
「何とも言えないな。あの子が一角牛を操っていたようにも映ったが……その目的が見えてこない」
「だよなぁ」
なぜ、少女はこんなところにいたのか。
なぜ、一角牛と行動を共にしているのか。
そして――なぜ、優志たちを襲わなかったのか。
「ともかく助かった。さすがにあの数を相手にするのは勘弁願いたいからな」
「そうなったら一目散に逃げだすよ」
とりあえず、互いの無事を確認し合った優志とエミリーは店へと戻ることにした。
こうして、一角牛の生け捕り作戦は大失敗に終わったのである。
◇◇◇
「そんなことがあったんですか」
翌朝。
昨晩の出来事を食堂で朝食を食べながらリウィルと美弦に説明をする。
「その子、一体何者なんでしょうね」
「さあな……そういえば」
月明かりの中でこちらを見つめる少女の姿を思い出していた優志は、ある点についてリウィルにたずねてみた。
「実はその子はある装飾品を身に付けていたんだ」
「装飾品ですか?」
「いわゆるブレスレットってヤツだが――こんなデザインの」
優志が手近にあった紙とペンでササッと書いたのは――「風車」の絵だった。
「風車ですか?」
「ああ。あの子のブレスレットには風車の絵が描かれていたんだ」
これを発見したのは優志ではなくエミリーであった。
優志と同じように少女を見つめていたエミリーが最初に気づいたのである。
その絵に、少女の正体に関するヒントが隠されていないかと思い、優志はこの世界に長く住むリウィルにたずねたのだが、
「ごめんなさい……ちょっとわからないですね」
「そうか……」
リウィルは深々と頭を下げたが、それは仕方がないことだと優志は責めたりしなかった。
だが、一角牛と心を通わせているあの少女とコンタクトを取れれば、一角牛の乳の味を確認できる可能性は高い。
「なんとかもう一度会えないものかな……」
さすがに向こうも警戒してくるだろうし、セカンドコンタクトは難しそうだ。それでもやってみる価値はある。その件についてダズたちに相談しようと思った直後、
「ユージ、来たぞ」
噂をすればなんとやら。
朝も早くからサウナづくりのためにダズのパーティーが到着。それから間もなく風呂の排水システムの業者もやって来た。
両者は共に今日中に魔鉱石を埋め込むという最終工程を残した状況――つまり完成する見込みのようで、いつも以上に気合を入れて作業を始めた。
「お風呂とサウナは今日中にできるそうですね」
「ああ。客室やフロントも見違えるように綺麗になったし、補強作業もほぼ完了――いよいよ完全体になるまで秒読み段階に入ったな」
回復専門店のオープンにリーチがかかった。
心残りはコーヒー牛乳だ。
せっかく上質の生豆を入手できたのに、肝心の牛乳が手に入らないとは。
――しかし、優志はあきらめない。
「開店には間に合わないかもしれないが……必ずコーヒー牛乳は作り出せるようにしてみせるぞ!」
新たな目標に闘志を燃やし、残りわずかとなった作業に精を出す優志だった。
月明かりに照らされ、どこか神秘的な空気さえ漂わせる少女。
褐色の肌に白い髪。
細めた瞳が優志とエミリーを捉える。
「…………」
なんて目をするんだ、この子は。
優志は喉元まで来ていた言葉をグッと飲み込んだ。
青白い月をバックにたたずむ少女――その神々しさに、言葉を発するのさえためらわれてしまう。
「ユージ殿!」
「っ!!」
エミリーの叫びで意識を取り戻した優志の眼前に広がっていたのは絶望的な光景だった。
いつの間にか、優志とエミリーを取り囲むようにして一角牛たちが迫ってきていたのだ。
「に、逃げ場がない……」
四方八方を一角牛に囲まれる優志たち。
目に見えていた数よりも増えていることから、恐らく奥にある別のダンジョンの入り口からこちらへ仲間を救いに集まってきているようだった。
「これはまずいな」
エミリーの額から汗が流れる。
絶体絶命の大ピンチ。
――が、優志はふと気づく。
「あの子……なぜあんな平然としていられる?」
突如現れた褐色肌の少女は、溢れかえる一角牛の群れを前にしても動じていない。眉ひとつ動かさず、ジッと優志たちを見つめていた。
優志もつられるように少女から視線を外せないでいる。
すると、少女は何かを口にくわえた。
月明かりがあるとはいえ日中に比べれば薄暗い上に距離もあることからハッキリとそれがなんなのか見極めることはできないが、形状からして笛のようだ。
少女はそれを力いっぱい吹くと「ピィー!!」というけたたましい音が夜のしじまを引き裂いた。
途端に、一角牛たちは踵を返して巣のあるダンジョン内へと一斉に戻って行く。
「! あの少女の言うことを聞いているのか?」
エミリーが驚きの表情を浮かべながら言った。
たしかに、あの笛が合図となって一角牛たちは立ち去った――紛れもなく、あの褐色肌の少女が一角牛を操っていると言える。
「……いや」
操っている――という言葉には語弊があると優志は感じた。
洗脳に近いようなものではなく、もっと純粋な動機――例えるならそれは「信頼」と呼ぶべきだろうか。
一角牛たちが少女の言うことに応じた理由は操られているからではなく、彼女を信頼しているからではないのか。
「…………」
少女は鋭い眼光のまま、一角牛たちを追って優志たちの前から立ち去る。その最後に見せた眼差しには、「これ以上関わるな」という警告の色が窺えた。
「行ってしまったか……」
「どう思う、エミリー」
優志はエミリーに意見を求めた。
投げかけられた質問に対し、エミリーは剣を鞘へとしまいながら、
「何とも言えないな。あの子が一角牛を操っていたようにも映ったが……その目的が見えてこない」
「だよなぁ」
なぜ、少女はこんなところにいたのか。
なぜ、一角牛と行動を共にしているのか。
そして――なぜ、優志たちを襲わなかったのか。
「ともかく助かった。さすがにあの数を相手にするのは勘弁願いたいからな」
「そうなったら一目散に逃げだすよ」
とりあえず、互いの無事を確認し合った優志とエミリーは店へと戻ることにした。
こうして、一角牛の生け捕り作戦は大失敗に終わったのである。
◇◇◇
「そんなことがあったんですか」
翌朝。
昨晩の出来事を食堂で朝食を食べながらリウィルと美弦に説明をする。
「その子、一体何者なんでしょうね」
「さあな……そういえば」
月明かりの中でこちらを見つめる少女の姿を思い出していた優志は、ある点についてリウィルにたずねてみた。
「実はその子はある装飾品を身に付けていたんだ」
「装飾品ですか?」
「いわゆるブレスレットってヤツだが――こんなデザインの」
優志が手近にあった紙とペンでササッと書いたのは――「風車」の絵だった。
「風車ですか?」
「ああ。あの子のブレスレットには風車の絵が描かれていたんだ」
これを発見したのは優志ではなくエミリーであった。
優志と同じように少女を見つめていたエミリーが最初に気づいたのである。
その絵に、少女の正体に関するヒントが隠されていないかと思い、優志はこの世界に長く住むリウィルにたずねたのだが、
「ごめんなさい……ちょっとわからないですね」
「そうか……」
リウィルは深々と頭を下げたが、それは仕方がないことだと優志は責めたりしなかった。
だが、一角牛と心を通わせているあの少女とコンタクトを取れれば、一角牛の乳の味を確認できる可能性は高い。
「なんとかもう一度会えないものかな……」
さすがに向こうも警戒してくるだろうし、セカンドコンタクトは難しそうだ。それでもやってみる価値はある。その件についてダズたちに相談しようと思った直後、
「ユージ、来たぞ」
噂をすればなんとやら。
朝も早くからサウナづくりのためにダズのパーティーが到着。それから間もなく風呂の排水システムの業者もやって来た。
両者は共に今日中に魔鉱石を埋め込むという最終工程を残した状況――つまり完成する見込みのようで、いつも以上に気合を入れて作業を始めた。
「お風呂とサウナは今日中にできるそうですね」
「ああ。客室やフロントも見違えるように綺麗になったし、補強作業もほぼ完了――いよいよ完全体になるまで秒読み段階に入ったな」
回復専門店のオープンにリーチがかかった。
心残りはコーヒー牛乳だ。
せっかく上質の生豆を入手できたのに、肝心の牛乳が手に入らないとは。
――しかし、優志はあきらめない。
「開店には間に合わないかもしれないが……必ずコーヒー牛乳は作り出せるようにしてみせるぞ!」
新たな目標に闘志を燃やし、残りわずかとなった作業に精を出す優志だった。
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