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第120話 争奪戦
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「こんな形での再会はできるだけ避けたかったのだけど……事態が事態だからしょうがないわね」
窓から煙幕弾を投げ込んできたのは、
「ぐ、グレイス!」
「まさかここまで早くイングレール家が行動を起こすとは想定外だったわ。先に動くとすれば絶対にオルドレッド家だと思ったのに」
「え? なんの話を――」
「おう! 煙が晴れる前にとっととターゲットを連れてずらかるぞ!」
グレイスの近くから聞いたことのない男の声が聞こえた――と思った次の瞬間、優志の体をふわっとした浮遊感が襲う。
「うおっ!」
「悪いな、回復屋。ほんのちょっとの辛抱だ。勘弁してくれよ」
真下から聞こえる先ほどの男の声。
そこからはじき出された今の状況――優志は男に担がれていた。
「おらぁっ!」
決して小柄ではない成人男性の優志を担いでいるということを感じさせない軽やかな動きで買い取り屋の壁に向かい強烈な蹴りをお見舞いする大男。その結果、木製でしっかりとした造りの壁は粉々に砕け散った。
「急げ、グレイス!」
「分かっているわよ、ボロウ」
「い、一体何がどうなっているんだ?」
事態がまったく把握できない優志がようやく口を開くが、
「悪いけど、詳しく説明している暇はないわ
「させません」
大男のボロウが作った穴から店外へと脱出しようとする二人だが、それを阻止しようと立ちはだかったのは、
「今はあなたに構っている暇はないのよ、イングレール家のメイドちゃん」
「ご主人様の命により、そちらのミヤハラ・ユージ様の身柄はイングレール家が預からせていただきます」
「だったらこっちは私たちの主であるロブ・エルズベリー様の命を受けてミヤハラ・ユージ殿の身柄を預からせていただくわ」
「そういうわけだ。いくらおまえさんでも、俺とグレイスの二人を同時に相手してミヤハラ殿を奪い返すのは無理だろ?」
「くっ……」
ボロウの指摘は図星だったようで、ザラはそれ以上動けなくなってしまった。
見た目からして戦闘力がありそうなボロウはともかく、グレイスはとてもじゃないが戦闘要員とは思えない。
それでも、トラビスを一瞬で倒したザラが手を出せないでいる状況を見るに、グレイスの戦闘能力もかなり高いと予想できる。正直、線の細い外見からはとてもそんなふうには映らないのだが。
「そういうわけだから、ここはあきらめて頂戴」
「……このまま引き下がるわけにはいきません」
「あら、やろうっていうの?」
ザラとグレイスの間に流れる不穏な空気。
両者の視線がバチバチと音を立てて火花を散らしている。
「グレイス、そいつの足止めを頼むぞ」
「しょうがないわね」
ボキボキと拳を鳴らして臨戦態勢を取るグレイス。
それを見て、迎え撃つ構えのザラ。
「いくわよ」
タンタンタン、とダンスのステップのように爪先で軽快にリズムを刻むと、
「はっ!」
「っ!」
細く長いグレイスの足が槍のような鋭さをもってザラを襲う。間一髪のところでかわしたザラは体勢を崩されて尻餅をつく形となる。これを好機と見たグレイスは追撃を仕掛けるが、その気配を感じ取ったザラは体をブレイクダンスのごとく反転させて回避。
この間わずか数秒――格闘技素人の優志でも、ザラとグレイスのやりとりが相当なハイレベルであるとわかった。
二人の戦いの結末は優志個人としてはとても気になるところだが、ボロウに担がれたまま二人からはどんどんと引き離されていく。
そこで、優志は改めて自分の置かれた立場を認識した。
「あの、さ」
「なんだ?」
大柄な体格とは裏腹に足の速いボロウ。
そのボロウに、優志は単刀直入に問いかけた。
「俺ってもしかして……誘拐されている?」
「はっはっはっ! 誘拐とはまた随分と乱暴な言い草だな!」
「そ、そうですよね! 俺、誘拐されているわけじゃないですよね!」
「誘拐じゃねぇよ。――拉致だ」
「あんまり変わらない!」
優志は叫ぶも、ボロウの疾走によりかき消される。
ボロウはフォーブの街の中心地を駆け抜けていったため、優志の姿は街の人々の目に触れまくった。
「また回復屋の旦那がトラブルに巻き込まれているぞ」
「あの人も元気だねぇ」
「またあそこの足湯にでも行こうかな」
「その後に飲むコーヒー牛乳が格別でね」
「なんでも、最近はこれまでに見たことのないスポーツができるらしいぞ」
「ああ、くそっ! そんな話を聞いていたらサウナに入りたくなったぜ!」
街の人たちは特に慌てる様子もなく、「またやっているよ」程度のリアクションで済ませていた。今さら、「大男に担がれている」という状況では誰も驚きはしないのだ。それ以上にインパクトある行動を繰り返していた(主に回復スキル関連)のだから。
「ちょっと待てって! 拉致って、俺をどこへ連れて行く気だ!」
「さっき言っただろ! エルズベリー家だよ!」
「なんでエルズベリー家が俺を拉致するんだ! 俺はこれまでエルズベリー家の人間と関わったことはないぞ!」
「だろうな! 本格的に関わるのはこれからなわけだし!」
「へ?」
「これから関わる」――ボロウの言葉に、優志の脳裏に嫌な予感が浮かび上がる。
「先ほど仰られた関わるというのは……」
「身内になるんだよ。――エルズベリー家の御令嬢と結婚してな」
「やっぱりかあぁぁああぁぁあぁぁぁ!!!」
この世界に来て一番力を込めた絶叫であったが、やはり誰の耳にも届かなかった。
窓から煙幕弾を投げ込んできたのは、
「ぐ、グレイス!」
「まさかここまで早くイングレール家が行動を起こすとは想定外だったわ。先に動くとすれば絶対にオルドレッド家だと思ったのに」
「え? なんの話を――」
「おう! 煙が晴れる前にとっととターゲットを連れてずらかるぞ!」
グレイスの近くから聞いたことのない男の声が聞こえた――と思った次の瞬間、優志の体をふわっとした浮遊感が襲う。
「うおっ!」
「悪いな、回復屋。ほんのちょっとの辛抱だ。勘弁してくれよ」
真下から聞こえる先ほどの男の声。
そこからはじき出された今の状況――優志は男に担がれていた。
「おらぁっ!」
決して小柄ではない成人男性の優志を担いでいるということを感じさせない軽やかな動きで買い取り屋の壁に向かい強烈な蹴りをお見舞いする大男。その結果、木製でしっかりとした造りの壁は粉々に砕け散った。
「急げ、グレイス!」
「分かっているわよ、ボロウ」
「い、一体何がどうなっているんだ?」
事態がまったく把握できない優志がようやく口を開くが、
「悪いけど、詳しく説明している暇はないわ
「させません」
大男のボロウが作った穴から店外へと脱出しようとする二人だが、それを阻止しようと立ちはだかったのは、
「今はあなたに構っている暇はないのよ、イングレール家のメイドちゃん」
「ご主人様の命により、そちらのミヤハラ・ユージ様の身柄はイングレール家が預からせていただきます」
「だったらこっちは私たちの主であるロブ・エルズベリー様の命を受けてミヤハラ・ユージ殿の身柄を預からせていただくわ」
「そういうわけだ。いくらおまえさんでも、俺とグレイスの二人を同時に相手してミヤハラ殿を奪い返すのは無理だろ?」
「くっ……」
ボロウの指摘は図星だったようで、ザラはそれ以上動けなくなってしまった。
見た目からして戦闘力がありそうなボロウはともかく、グレイスはとてもじゃないが戦闘要員とは思えない。
それでも、トラビスを一瞬で倒したザラが手を出せないでいる状況を見るに、グレイスの戦闘能力もかなり高いと予想できる。正直、線の細い外見からはとてもそんなふうには映らないのだが。
「そういうわけだから、ここはあきらめて頂戴」
「……このまま引き下がるわけにはいきません」
「あら、やろうっていうの?」
ザラとグレイスの間に流れる不穏な空気。
両者の視線がバチバチと音を立てて火花を散らしている。
「グレイス、そいつの足止めを頼むぞ」
「しょうがないわね」
ボキボキと拳を鳴らして臨戦態勢を取るグレイス。
それを見て、迎え撃つ構えのザラ。
「いくわよ」
タンタンタン、とダンスのステップのように爪先で軽快にリズムを刻むと、
「はっ!」
「っ!」
細く長いグレイスの足が槍のような鋭さをもってザラを襲う。間一髪のところでかわしたザラは体勢を崩されて尻餅をつく形となる。これを好機と見たグレイスは追撃を仕掛けるが、その気配を感じ取ったザラは体をブレイクダンスのごとく反転させて回避。
この間わずか数秒――格闘技素人の優志でも、ザラとグレイスのやりとりが相当なハイレベルであるとわかった。
二人の戦いの結末は優志個人としてはとても気になるところだが、ボロウに担がれたまま二人からはどんどんと引き離されていく。
そこで、優志は改めて自分の置かれた立場を認識した。
「あの、さ」
「なんだ?」
大柄な体格とは裏腹に足の速いボロウ。
そのボロウに、優志は単刀直入に問いかけた。
「俺ってもしかして……誘拐されている?」
「はっはっはっ! 誘拐とはまた随分と乱暴な言い草だな!」
「そ、そうですよね! 俺、誘拐されているわけじゃないですよね!」
「誘拐じゃねぇよ。――拉致だ」
「あんまり変わらない!」
優志は叫ぶも、ボロウの疾走によりかき消される。
ボロウはフォーブの街の中心地を駆け抜けていったため、優志の姿は街の人々の目に触れまくった。
「また回復屋の旦那がトラブルに巻き込まれているぞ」
「あの人も元気だねぇ」
「またあそこの足湯にでも行こうかな」
「その後に飲むコーヒー牛乳が格別でね」
「なんでも、最近はこれまでに見たことのないスポーツができるらしいぞ」
「ああ、くそっ! そんな話を聞いていたらサウナに入りたくなったぜ!」
街の人たちは特に慌てる様子もなく、「またやっているよ」程度のリアクションで済ませていた。今さら、「大男に担がれている」という状況では誰も驚きはしないのだ。それ以上にインパクトある行動を繰り返していた(主に回復スキル関連)のだから。
「ちょっと待てって! 拉致って、俺をどこへ連れて行く気だ!」
「さっき言っただろ! エルズベリー家だよ!」
「なんでエルズベリー家が俺を拉致するんだ! 俺はこれまでエルズベリー家の人間と関わったことはないぞ!」
「だろうな! 本格的に関わるのはこれからなわけだし!」
「へ?」
「これから関わる」――ボロウの言葉に、優志の脳裏に嫌な予感が浮かび上がる。
「先ほど仰られた関わるというのは……」
「身内になるんだよ。――エルズベリー家の御令嬢と結婚してな」
「やっぱりかあぁぁああぁぁあぁぁぁ!!!」
この世界に来て一番力を込めた絶叫であったが、やはり誰の耳にも届かなかった。
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