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第162話  対峙

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 優志が翼竜型魔獣によって連れてこられたのは魔王城の最奥にある部屋。
 ヨーロッパの観光パンフレットに載っていそうな豪勢な造り。思わず、自分が魔王城にいるのを忘れてしまうくらいだ。
 ――その時、


「なかなかいい出来だろう?」


 突如声がして、優志は振り返る。
 そこには、黒いローブに身を包んだ怪しげな男がいた。顔はフードに覆われてよく見えないが、声色からして男だろう。

 そして、何より重要なのが「この場所にいる」ということ。

「あんたが……魔王か?」

 優志の問いに対し、ローブの男は無言のままフードを外した。

「! ……その顔、やっぱり日本人か」

 年齢は五十代後半くらいだろうか。
 黒と白が混じる髪に、刻み込まれた顔のしわ。
 全身の出で立ちは黒の甲冑に、深紅のマントをなびかせている。

「あんたが……館川新太郎さん?」
「その通り――私が最初の転移者だ」

 男――館川新太郎はそう告げた。

「魔王があんただと言うなら……この世界に魔獣や魔人をばら撒いて何をしようっていうんですか? 冒険者シンとしてダンジョンを攻略し、この世界に順応しているように見受けられたのに」
「私より君の方がよっぽど順応しているよ。回復スキル……だったか。使い勝手のいい便利なスキルじゃないか。リウィルに高砂美弦という素晴らしいパートナーにも恵まれている」
「そこまで……」

 優志と館川は初対面だ。

 にもかかわらず、館川は優志のすべてを見透かしたかのような態度を取っている。困惑する優志に、館川は続ける。

「君にとって、この世界はどう映った?」
「えっ?」

 予想外の問いかけに、思考はさらに鈍っていく。
 この男の狙いが読めない。
 そのうえ、この質問――優志の混乱は加速していった。

「ははは、いきなりいろいろと言い過ぎたかな」

 軽くパニックとなる優志を嘲笑う館川。
 だが、このままやられっぱなしというわけにはいかない。

「……あんたはどうだったんだ?」
「うん?」
「あんたの目には――この世界はどう映っている?」

 優志と同じようにこの世界へやってきた招かれざる存在。だが、ダズたちの話では伝説的な冒険者として活躍していたらしい。だとすれば、優志と同じように充実した異世界ライフを満喫していた――そう考えていた。

「私から見たこの世界か……もうかれこれ十年以上前になるか。確かにあの頃は毎日が楽しかったよ。毎日がキラキラしていた」

 そう語る館川は嬉しそうな顔をしていた。
 とてもじゃないが、多くの魔獣や魔人を率いて世界を破壊しようと目論むような人物には見られなかった。あちらの世界で出会っていたら、もしかしたら仲良くなれていたんじゃないかというくらいに、純粋そうな人間に映った。

「っ!」

 優志は頭を振った。
 目の前にいるのは敵だ。
 そう認識を改めて、聖水剣を構える。

「私と戦う気かい?」
「そのつもりでここまで来たんだ」
「なぜ?」
「守りたいモノがあるから……」
「そうか。ふふ、いいね。分かりやすくて――だが」
 
 館川が右手を前方に構える。それだけで、優志の体は軽々と荒風に舞う枯れ葉のように吹っ飛んだ。

「ぐはっ!?」

 豪華な装飾が施された壁に背中から叩きつけられる。

「宮原優志くん……だったね」

 魔王――橘川はゆっくりと優志に近づいていく。

「ごはっ! ばはっ!」

 なんとか立ち上がって迎え撃とうとするが、体に受けたダメージは深刻なものだ。至るところから出血し、左手は動かない。足も、思った通りに機能しなくなっていた。
 優志は咄嗟に聖水剣にかぶりつく。
 そのまま剣を形作る回復水を飲んであっという間に元通りの健康な体に戻った。

「驚いたな。まるで不死身だ」
「そこまで便利なものじゃないと思うけどね」

 再び聖水剣を構える優志。
 先ほど飲み干した部分はすでに元通りの形になっていた。

「その枯れない回復水の剣はだいぶ厄介だな」
「俺にとっては命綱なんだけどね」

 柄に力を入れると、回復水は魔人の群れを倒した時のように鋭い矢となって館川を襲う。

「そんな使い方もあるのか」

 感心したように呟く館川の表情には余裕があった。それを証明するように、マントを翻しただけですべての矢を叩き落とした。

「便利なマントだな」
「君のスキルほどじゃないさ」

 そう言って、館川は再び手をかざす。
 ――と、その時だった。

「宮原さん!」

 聞き慣れた若者の声がこだまかしたかと思うと、どこからともなく飛んできた光弾が館川に命中し、後退。声はさらに増えていき――やがて六人の若者が優志の両脇に立ち並ぶ。

「無事ですか、優志さん!」
「あ、ああ。問題ないよ、美弦ちゃん」

 真っ先に優志の胸に飛び込んできたのは美弦だった。

「あいつが……魔王なのか!?」
「状況的にはそうだろうな」
「ただのおっさんにしか見えなくない?」
「油断は禁物だぞ、安積」
「でもよぉ……やっぱ普通のおっさんにしか見えないぞ」
 
 三上、上谷、安積、橘、武内――他の五人の勇者は思ったよりも普通すぎる魔王を前に、動揺しながらもすぐさま戦闘態勢に入った。


「くくく……なるほど、彼を除いた勇者たちの揃い踏みというわけか」

 館川は不敵な笑みを浮かべる。
 彼というのは間違いなく真田のことだろう。

「いい構図じゃないか。魔王を倒すために集まった若き勇者とそんな彼らを支える大人――映画の宣伝文句としては上出来だ」

 7対1という絶望的な状況下にありながら、館川は未だ余裕の態度を維持していた。

「随分と余裕だな」

 上谷が言うと、館川の表情から笑みが消えた。

「君たちは何も知らないからね」

 そう言って、指をパチンと鳴らしてみせた。
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