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第10話 忍者、異世界で仲間をつくる
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「お見事でござるな」
たった一発で戦況を覆してしまう魔法。
その威力に感動し、また、それと同時に恐怖も覚えた。
味方であるなら、これ以上に頼もしい力はない。
だが、もし敵が魔法を使って来たら――それに対処する方法を斬九郎は知らない。
(魔獣に魔法……拙者の知らない力を持った者たち……これから敵として戦うこともあるだろうから、もっと情報を――)
斬九郎はハッとなる。
気がつけば、次のいくさに向けて情報収集をしようとしている自分がいた。これも職業病なのか。猛省。
「まったくもっておまえの言う通りだな。魔獣の丸焼き一丁上がりって感じだな……へっ、臭過ぎて前菜にもなりゃしねぇ」
少年騎士は「ふぅ」と大きく息を吐き、兜を取った。その髪は、日本人ではあり得ない透き通るような青をしており、斬九郎の目を引いた。
「あん? 俺の顔になんかついてっか?」
「いや、珍しい髪の色だな、と」
銀髪や金髪を見ておいて今さらな感じがしないでもないが、素直な感想が口からこぼれ出た。
「そうか? ここじゃそこまで珍しくもねぇけど……つーか、おまえの黒い髪の方が珍しいぜ?」
言われてみれば、黒髪の人間はほとんどいなかった。ここでは黒髪の方が珍しいらしい。
「それよりも、命があってよかったぜ」
「何もそこまで深刻にならなくても……」
「おまえは知らねぇからそんなことが言えるんだよ。たまに魔力が暴走して炎が無差別に襲い掛かってくる時もあってなぁ……それでみんな避難していたんだ」
「そうだったのでござるか」
「ああ。とはいえ、さすがは我がアズラトル王立魔剣学園の学生警邏団副隊長なだけはあるな。いくら図体がでかくてもあの程度の魔獣相手ならちょいと本気を出せばこんなもんよ。あとは炎を完璧に操作できれば次期生徒会長も夢じゃねぇな」
「あずらとるまけ――ともかく、リーナが相当な実力者であることは理解できたでござるよ」
正しく言えなかったので誤魔化す斬九郎。人名の場合もそうだが、なぜこの世界のあらゆる名前はいちいち長ったらしいのだろうか。
「まあな。炎系の魔法を扱わせたら、同年代であいつの右に出る者は他国にもいねぇだろうよ。――しっかし、あんた勇気あるな。名前は?」
「支部斬九郎だ」
もはや本名を名乗ることに抵抗はなくなっていた。忍としてどうなのかとも思うが、ここにいる人たちに嘘をつくことの方が嫌だと感じての名乗りだった。
「勇気があると言ったが、お主も最後まで残っていたではないか」
「おっと! 言われてみれば! 俺も多少は度胸がついてきたかな?」
「今のような実戦を積み重ねれば、さらなる高みへと行けるでござるよ。もっと自信をもっていいでござる。お主は強者だ」
「そ、そうかな」
「間違いないでござるよ。よければ、その強者の名を知りたい。お主の名を教えてはくれぬか?」
「おう! 俺はネイジェフ。ローレンツ家のネイジェフ・ローレンツだ。よろしくな」
自己紹介を終えると、学生騎士の少年――ネイジェフが右手を差し出してきた。その意図が読み取れず、斬九郎は棒立ち。
「あれ? 握手って知らないか?」
「? 握手とは何でござるか」
「……本当に知らないんだな。これも異世界文化交流か。――ほれ」
ネイジェフは斬九郎の手を握りしめる。
「これが握手。親愛と友情の証しだ」
「手を握り合って仲の良さを知るのでござるか?」
「ま、そういうこった」
ギュッと握られる両者の手。
そこから伝わる体温が直接心に届いたかのように、不思議と体が熱を帯びる。しかし断じて不快なものではない。むしろ心地よささえ覚える。
「なるほど……これが握手か。悪くない気分でござる」
「だろ? で、最後はコレ」
ネイジェフは右手で拳を作ると斬九郎へと突き出す。
「な、殴らせろという意味でござるか?」
「んな物騒なモンじゃねぇよ! おまえも拳を作って俺の拳に軽くぶつけるんだ。これぞラステルが生んだ友情儀式――グータッチ!」
「ぐ、ぐぅ?」
相変わらず、この世界の言葉は発音しづらい。そう思いながら、斬九郎は言われた通りに拳を作ってネイジェフの拳にコツンと当てる。ネイジェフは満足したようにニンマリとして、
「これで俺とザンクローは正式に仲間――いや、この場合は友だちって方がしっくりするな!」
「友だち……」
ニコニコと、人懐っこい笑顔のネイジェフ。兵士と呼ぶには少々頼りないかもしれないが、仲間として付き合うならこれ以上の人物はいないだろうと思わせてくれる雰囲気の少年だった。
何より、年の近い男子と友人になれた。
戦国時代にいた頃には叶わなかったことが、この異世界ヴェールではあっさりと叶ってしまった。
「ザンクローはついてるぜ。今日はリーナの魔力がかなり安定していたからな。酷い時は辺り一面が炭と化して真っ黒になるくらいだ。あれなら――」
それまで、底抜けに明るい印象を振りまいていたネイジェフの口を急に閉ざされた。
信じられない光景を目の当たりにしたからだ。
「おいおい……マジかよ!」
炎に包まれたはずの魔獣が動いている。
奴はまだ死んでいなかった。
「くっ!」
リーナも気づいて剣を構えるが、炎に先ほどの勢いがない。
「まずいぞ! あいつ、魔力が切れたみてぇだ!」
ネイジェフが事態の緊急性を告げる。
どうやら、リーナに残されているのは大剣の上で揺らめくわずかな炎のみとなったらしい。
弱った様子のリーナを見て、斬九郎は駆け出した。
「今度はこちらの切り札を使う!」
忍装束の懐から、さっき使い損ねた切り札を取り出す。
「リーナ! 少し火を借りるぞ!」
「へ?」
剣に残ったわずかな炎に、斬九郎は取り出したある物――切り札を近づける。球体をしたそれの上部から伸びる導火線に火が付いたことを確認すると、それを魔獣に向かって放り投げ、すぐさま振り返って剣を構えるリーナに飛びかかり、
「伏せろ!」
「きゃっ!」
押し倒した。その直後、
ドォン!
庭園を衝撃と爆音が支配した。
兵たちは突然の事態に取り乱し、ネイジェフも腰が抜けて立ち上がれない。
ただひとり――斬九郎だけは、
「さすがは元七人衆の村戸屋名物《手作り焙烙玉》……その威力は異世界でも健在でござるな」
してやったりと誇らしげに語った。
魔法は使えなくても、忍道具は十分通用する。
それがわかっただけでも、大きな収穫だ。
「な、何をしたの!? あんた、実は魔法使えたの!?」
半ば放心状態となっているリーナが問う。
「あれは焙烙玉という武器でござる。厳密にいうと、一般に流通している焙烙玉に改良が加えられているので、焙烙玉改というのが正しい呼び名でござるな」
「ホウロクダマ……恐ろしい威力ね――て、いつまで覆いかぶさっている気よ!」
顔面をムニッと白く細い両腕で押し上げられ、斬九郎は初めて今の体勢に気づいた。
仰向けになるリーナを、覆い隠すようにしている――爆炎からリーナを守るためにとった咄嗟の姿勢は、見様によっては夜の営みを始める男女の姿のようだった。
「す、すまぬ!」
慌てて飛び退く斬九郎。
「まったく……」
服についた泥を手で払うが、特別嫌そうな感じにも見えない。
「あーあ……結局、最後の最後であんたの手を借りちゃったわね」
「何を言う。あそこまで弱らせていたのだ、リーナが倒したも同然でござる」
「あんたの最初の一撃がなかったら、そもそも私はあの魔獣に殺されていたわよ」
「そんなことは――これ以上はやめよう。不毛な言い争いになるのが目に浮かぶ。ここはひとつ、ふたりの勝利ということで手を打たぬか?」
「……しょうがないわね。それで妥協してあげるわ」
お互いの間を流れるピンと張りつめた空気が、柔らかなものに変化していく。
斬九郎は右手を差し出した。
「? 何?」
「握手をしようと思って」
「握手を?」
「親愛と友情の証しなのでござろう?」
「し、親愛って」
リーナは銀色の髪を指先でクルクルいじりながら、
「……この場合、助けてくれた相手から求められた握手に対して無下に断ったりしたら私が完全に悪者よね。困ったわね。王国の未来を担う騎士を目指す私としては、悪者になんてなりたくはないから、その握手に応じてあげるしかないわね。悪者になりたくないだけだから。それだけだから」
目に見えない何者かに早口でそう告げてから、斬九郎からの握手に応えてくれた。もちろん、そのあとのグータッチも忘れず。
――その後ろで、
「グ、グルルル……」
魔獣の声。
「「!」」
ふたりはすぐさま握った手を解放して戦闘態勢へと移行。
魔獣は明らかに弱ってこそいるが、まだ息はあるうちは油断できない。何せ、あの巨大だ。全体重をかけられて押し潰されるだけで人など簡単に絶命してしまう。
「あれでもまだ足りないというのか!」
斬九郎は忍刀を構えようと背中に手を回すも、その手は空振りする。魔獣のおでこに突き刺さったままであることをすっかり忘れていた。
「ならばまたこいつで」
気を取り直し、再び鎖鎌に得物を変更。
「ちょっと、何ひとりでカッコつけてんのよ」
リーナは斬九郎の肩に手をかけた。
「私も混ぜなさいよ」
そう言って、剣を構え、リーナは再び魔獣と対峙する。
「し、しかし、お主はもう魔法は……」
「この剣は飾りじゃないのよ。魔法が使えなくても、十分に戦ってみせるわ」
「ははは、気丈なおなごだ」
呆れと敬意の念がこもった笑みだった。
きっと、これからはどんな敵が相手だろうと、リーナは怯えたりしないだろう。
今回の件は、よい経験となったようだ。
「笑っている暇があるなら構えなさい。見てなさいよ……絶対にあの魔獣をこの庭園からは出さないから」
「その心意気や見事。まさに武士道でござるな」
「ブシドー?」
「拙者のいた世界にも、リーナのように気高い忠義を胸に抱いて戦う強者たちがいた。人は彼らを武士と呼んだ。そんな彼らの生きる道こそが武士道でござる」
「へぇ……いいじゃない。気に入ったわ、武士道」
リーナは大剣を構え直し、ニヤリと口角を上げた。自信に満ち溢れた笑み。もはや先ほどまでの恐怖に怯えていた姿は欠片も存在しない。
「でも、私は騎士だから、この場合は騎士道ってことになるわね」
「そうでござったな」
両者の肩が、チョンと触れ合う。
それほどまでに距離を詰めた理由――ふたりは打ち合わせをしたわけではないが、お互いに何をしようとしているか感じ取っていた。
「さて、いきましょうか!」
「おう!」
息を吐き、ふたりは同時に地を蹴った――まさにその時であった。
「サーチェイン!」
どこからともなく、女性の声がした。
次の瞬間、地面が大きく揺れだし、無数の《何か》が土を突き破って現れた。それらは天を目指して一直線に伸びたかと思うと、やがて方向を変え、今度は魔獣に向かって高速落下を始めた。
その正体は――巨大な鎖だった。
「な、何事だ!?」
斬九郎は後退し、苦無を構えたまま、展開を見守った。
巨大な無数の鎖はあっという間に魔獣を拘束した。凄まじい力で押さえ込まれているようで、魔獣は身動きが取れない。弱っているからとも思ったが、あれだけ大きな鎖が数えきれないほど全身に巻き付けば、たとえ弱っていなくても抵抗できないだろう。
「やれやれ、到着が遅れたせいで若いふたりに活躍の場を取られてしまったな」
この場の緊張感に似つかわしくない、なんとものんびりした女性の口調が斬九郎たちに近づいてくる。
年は二十代後半くらいだろうか。髪は腰まで伸びた長い赤色で、瞳の色は紫色をしている。服装はイヴリットと同じように華美な装飾が施され、露出が多い。特に胸元は大解放されており、大きく実った果実のような胸が歩くたびにたゆんたゆんと揺れていた。
「め、メディーナ学園長!?」
リーナがピシッと姿勢を正して女性の名を呼ぶ。
「メディーナ?」
そういえば、城を出る前、イヴリットが面会させたい人物がいると言っていたが、その人物の名前がメディーナだったはずだ。
「よく頑張ったな、リーナ・セルディオよ。それと、異世界から来た戦士もやるじゃないか。最後の一撃なんて見事であったぞ。その勇ましさ、我が学園の男子たちの手本としたいくらいだ。はっはっはっはっ!」
女性――エルネス・メディーナは豪快に笑った。
このメディーナ学園長との出会いが、斬九郎の運命をまたも大きく変えていくこととなる。
たった一発で戦況を覆してしまう魔法。
その威力に感動し、また、それと同時に恐怖も覚えた。
味方であるなら、これ以上に頼もしい力はない。
だが、もし敵が魔法を使って来たら――それに対処する方法を斬九郎は知らない。
(魔獣に魔法……拙者の知らない力を持った者たち……これから敵として戦うこともあるだろうから、もっと情報を――)
斬九郎はハッとなる。
気がつけば、次のいくさに向けて情報収集をしようとしている自分がいた。これも職業病なのか。猛省。
「まったくもっておまえの言う通りだな。魔獣の丸焼き一丁上がりって感じだな……へっ、臭過ぎて前菜にもなりゃしねぇ」
少年騎士は「ふぅ」と大きく息を吐き、兜を取った。その髪は、日本人ではあり得ない透き通るような青をしており、斬九郎の目を引いた。
「あん? 俺の顔になんかついてっか?」
「いや、珍しい髪の色だな、と」
銀髪や金髪を見ておいて今さらな感じがしないでもないが、素直な感想が口からこぼれ出た。
「そうか? ここじゃそこまで珍しくもねぇけど……つーか、おまえの黒い髪の方が珍しいぜ?」
言われてみれば、黒髪の人間はほとんどいなかった。ここでは黒髪の方が珍しいらしい。
「それよりも、命があってよかったぜ」
「何もそこまで深刻にならなくても……」
「おまえは知らねぇからそんなことが言えるんだよ。たまに魔力が暴走して炎が無差別に襲い掛かってくる時もあってなぁ……それでみんな避難していたんだ」
「そうだったのでござるか」
「ああ。とはいえ、さすがは我がアズラトル王立魔剣学園の学生警邏団副隊長なだけはあるな。いくら図体がでかくてもあの程度の魔獣相手ならちょいと本気を出せばこんなもんよ。あとは炎を完璧に操作できれば次期生徒会長も夢じゃねぇな」
「あずらとるまけ――ともかく、リーナが相当な実力者であることは理解できたでござるよ」
正しく言えなかったので誤魔化す斬九郎。人名の場合もそうだが、なぜこの世界のあらゆる名前はいちいち長ったらしいのだろうか。
「まあな。炎系の魔法を扱わせたら、同年代であいつの右に出る者は他国にもいねぇだろうよ。――しっかし、あんた勇気あるな。名前は?」
「支部斬九郎だ」
もはや本名を名乗ることに抵抗はなくなっていた。忍としてどうなのかとも思うが、ここにいる人たちに嘘をつくことの方が嫌だと感じての名乗りだった。
「勇気があると言ったが、お主も最後まで残っていたではないか」
「おっと! 言われてみれば! 俺も多少は度胸がついてきたかな?」
「今のような実戦を積み重ねれば、さらなる高みへと行けるでござるよ。もっと自信をもっていいでござる。お主は強者だ」
「そ、そうかな」
「間違いないでござるよ。よければ、その強者の名を知りたい。お主の名を教えてはくれぬか?」
「おう! 俺はネイジェフ。ローレンツ家のネイジェフ・ローレンツだ。よろしくな」
自己紹介を終えると、学生騎士の少年――ネイジェフが右手を差し出してきた。その意図が読み取れず、斬九郎は棒立ち。
「あれ? 握手って知らないか?」
「? 握手とは何でござるか」
「……本当に知らないんだな。これも異世界文化交流か。――ほれ」
ネイジェフは斬九郎の手を握りしめる。
「これが握手。親愛と友情の証しだ」
「手を握り合って仲の良さを知るのでござるか?」
「ま、そういうこった」
ギュッと握られる両者の手。
そこから伝わる体温が直接心に届いたかのように、不思議と体が熱を帯びる。しかし断じて不快なものではない。むしろ心地よささえ覚える。
「なるほど……これが握手か。悪くない気分でござる」
「だろ? で、最後はコレ」
ネイジェフは右手で拳を作ると斬九郎へと突き出す。
「な、殴らせろという意味でござるか?」
「んな物騒なモンじゃねぇよ! おまえも拳を作って俺の拳に軽くぶつけるんだ。これぞラステルが生んだ友情儀式――グータッチ!」
「ぐ、ぐぅ?」
相変わらず、この世界の言葉は発音しづらい。そう思いながら、斬九郎は言われた通りに拳を作ってネイジェフの拳にコツンと当てる。ネイジェフは満足したようにニンマリとして、
「これで俺とザンクローは正式に仲間――いや、この場合は友だちって方がしっくりするな!」
「友だち……」
ニコニコと、人懐っこい笑顔のネイジェフ。兵士と呼ぶには少々頼りないかもしれないが、仲間として付き合うならこれ以上の人物はいないだろうと思わせてくれる雰囲気の少年だった。
何より、年の近い男子と友人になれた。
戦国時代にいた頃には叶わなかったことが、この異世界ヴェールではあっさりと叶ってしまった。
「ザンクローはついてるぜ。今日はリーナの魔力がかなり安定していたからな。酷い時は辺り一面が炭と化して真っ黒になるくらいだ。あれなら――」
それまで、底抜けに明るい印象を振りまいていたネイジェフの口を急に閉ざされた。
信じられない光景を目の当たりにしたからだ。
「おいおい……マジかよ!」
炎に包まれたはずの魔獣が動いている。
奴はまだ死んでいなかった。
「くっ!」
リーナも気づいて剣を構えるが、炎に先ほどの勢いがない。
「まずいぞ! あいつ、魔力が切れたみてぇだ!」
ネイジェフが事態の緊急性を告げる。
どうやら、リーナに残されているのは大剣の上で揺らめくわずかな炎のみとなったらしい。
弱った様子のリーナを見て、斬九郎は駆け出した。
「今度はこちらの切り札を使う!」
忍装束の懐から、さっき使い損ねた切り札を取り出す。
「リーナ! 少し火を借りるぞ!」
「へ?」
剣に残ったわずかな炎に、斬九郎は取り出したある物――切り札を近づける。球体をしたそれの上部から伸びる導火線に火が付いたことを確認すると、それを魔獣に向かって放り投げ、すぐさま振り返って剣を構えるリーナに飛びかかり、
「伏せろ!」
「きゃっ!」
押し倒した。その直後、
ドォン!
庭園を衝撃と爆音が支配した。
兵たちは突然の事態に取り乱し、ネイジェフも腰が抜けて立ち上がれない。
ただひとり――斬九郎だけは、
「さすがは元七人衆の村戸屋名物《手作り焙烙玉》……その威力は異世界でも健在でござるな」
してやったりと誇らしげに語った。
魔法は使えなくても、忍道具は十分通用する。
それがわかっただけでも、大きな収穫だ。
「な、何をしたの!? あんた、実は魔法使えたの!?」
半ば放心状態となっているリーナが問う。
「あれは焙烙玉という武器でござる。厳密にいうと、一般に流通している焙烙玉に改良が加えられているので、焙烙玉改というのが正しい呼び名でござるな」
「ホウロクダマ……恐ろしい威力ね――て、いつまで覆いかぶさっている気よ!」
顔面をムニッと白く細い両腕で押し上げられ、斬九郎は初めて今の体勢に気づいた。
仰向けになるリーナを、覆い隠すようにしている――爆炎からリーナを守るためにとった咄嗟の姿勢は、見様によっては夜の営みを始める男女の姿のようだった。
「す、すまぬ!」
慌てて飛び退く斬九郎。
「まったく……」
服についた泥を手で払うが、特別嫌そうな感じにも見えない。
「あーあ……結局、最後の最後であんたの手を借りちゃったわね」
「何を言う。あそこまで弱らせていたのだ、リーナが倒したも同然でござる」
「あんたの最初の一撃がなかったら、そもそも私はあの魔獣に殺されていたわよ」
「そんなことは――これ以上はやめよう。不毛な言い争いになるのが目に浮かぶ。ここはひとつ、ふたりの勝利ということで手を打たぬか?」
「……しょうがないわね。それで妥協してあげるわ」
お互いの間を流れるピンと張りつめた空気が、柔らかなものに変化していく。
斬九郎は右手を差し出した。
「? 何?」
「握手をしようと思って」
「握手を?」
「親愛と友情の証しなのでござろう?」
「し、親愛って」
リーナは銀色の髪を指先でクルクルいじりながら、
「……この場合、助けてくれた相手から求められた握手に対して無下に断ったりしたら私が完全に悪者よね。困ったわね。王国の未来を担う騎士を目指す私としては、悪者になんてなりたくはないから、その握手に応じてあげるしかないわね。悪者になりたくないだけだから。それだけだから」
目に見えない何者かに早口でそう告げてから、斬九郎からの握手に応えてくれた。もちろん、そのあとのグータッチも忘れず。
――その後ろで、
「グ、グルルル……」
魔獣の声。
「「!」」
ふたりはすぐさま握った手を解放して戦闘態勢へと移行。
魔獣は明らかに弱ってこそいるが、まだ息はあるうちは油断できない。何せ、あの巨大だ。全体重をかけられて押し潰されるだけで人など簡単に絶命してしまう。
「あれでもまだ足りないというのか!」
斬九郎は忍刀を構えようと背中に手を回すも、その手は空振りする。魔獣のおでこに突き刺さったままであることをすっかり忘れていた。
「ならばまたこいつで」
気を取り直し、再び鎖鎌に得物を変更。
「ちょっと、何ひとりでカッコつけてんのよ」
リーナは斬九郎の肩に手をかけた。
「私も混ぜなさいよ」
そう言って、剣を構え、リーナは再び魔獣と対峙する。
「し、しかし、お主はもう魔法は……」
「この剣は飾りじゃないのよ。魔法が使えなくても、十分に戦ってみせるわ」
「ははは、気丈なおなごだ」
呆れと敬意の念がこもった笑みだった。
きっと、これからはどんな敵が相手だろうと、リーナは怯えたりしないだろう。
今回の件は、よい経験となったようだ。
「笑っている暇があるなら構えなさい。見てなさいよ……絶対にあの魔獣をこの庭園からは出さないから」
「その心意気や見事。まさに武士道でござるな」
「ブシドー?」
「拙者のいた世界にも、リーナのように気高い忠義を胸に抱いて戦う強者たちがいた。人は彼らを武士と呼んだ。そんな彼らの生きる道こそが武士道でござる」
「へぇ……いいじゃない。気に入ったわ、武士道」
リーナは大剣を構え直し、ニヤリと口角を上げた。自信に満ち溢れた笑み。もはや先ほどまでの恐怖に怯えていた姿は欠片も存在しない。
「でも、私は騎士だから、この場合は騎士道ってことになるわね」
「そうでござったな」
両者の肩が、チョンと触れ合う。
それほどまでに距離を詰めた理由――ふたりは打ち合わせをしたわけではないが、お互いに何をしようとしているか感じ取っていた。
「さて、いきましょうか!」
「おう!」
息を吐き、ふたりは同時に地を蹴った――まさにその時であった。
「サーチェイン!」
どこからともなく、女性の声がした。
次の瞬間、地面が大きく揺れだし、無数の《何か》が土を突き破って現れた。それらは天を目指して一直線に伸びたかと思うと、やがて方向を変え、今度は魔獣に向かって高速落下を始めた。
その正体は――巨大な鎖だった。
「な、何事だ!?」
斬九郎は後退し、苦無を構えたまま、展開を見守った。
巨大な無数の鎖はあっという間に魔獣を拘束した。凄まじい力で押さえ込まれているようで、魔獣は身動きが取れない。弱っているからとも思ったが、あれだけ大きな鎖が数えきれないほど全身に巻き付けば、たとえ弱っていなくても抵抗できないだろう。
「やれやれ、到着が遅れたせいで若いふたりに活躍の場を取られてしまったな」
この場の緊張感に似つかわしくない、なんとものんびりした女性の口調が斬九郎たちに近づいてくる。
年は二十代後半くらいだろうか。髪は腰まで伸びた長い赤色で、瞳の色は紫色をしている。服装はイヴリットと同じように華美な装飾が施され、露出が多い。特に胸元は大解放されており、大きく実った果実のような胸が歩くたびにたゆんたゆんと揺れていた。
「め、メディーナ学園長!?」
リーナがピシッと姿勢を正して女性の名を呼ぶ。
「メディーナ?」
そういえば、城を出る前、イヴリットが面会させたい人物がいると言っていたが、その人物の名前がメディーナだったはずだ。
「よく頑張ったな、リーナ・セルディオよ。それと、異世界から来た戦士もやるじゃないか。最後の一撃なんて見事であったぞ。その勇ましさ、我が学園の男子たちの手本としたいくらいだ。はっはっはっはっ!」
女性――エルネス・メディーナは豪快に笑った。
このメディーナ学園長との出会いが、斬九郎の運命をまたも大きく変えていくこととなる。
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