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第11話 忍者、考察をする
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事後処理もまた壮絶であった。
何せ、あれだけの巨体だ。
魔法を使うとはいえ、移動させるのにもひと苦労する。
斬九郎はエルネスに願い出て忍刀の回収を行う。深々と突き刺さり、おまけに炎と焙烙玉の一撃を食らったおかげで、すっかりボロボロになってしまった。
「もう使えそうにないわね」
「そのようでござるな」
リーナの言う通り、刃物としてはもう使い物にならないだろう。
一方、エルネスは魔獣へと近づくと、その牙をやたら熱心に眺めていた。そして、おもむろに手を伸ばし、牙に触れたかと思うと、そのままバギッと牙をへし折った。まるで細い木の枝を折るような扱い。やはり、相当な実力者であることが窺える。というか、とんでもない馬鹿力だ。
「これは驚いたな」
リーナ以上の馬鹿力に驚く斬九郎だったが、エルネスもまた別のことで驚いていた。
「一体、何があったんですか?」
リーナがたずねる。
「見た目は完全に魔獣だが……どうも違うようだ」
「えっ!?」
リーナは驚いたが、逆に斬九郎は納得いったとでも言いたげに深々と頷いた。そして、エルネスに向かって、
「こいつは人形でござろう」
「! 見抜いていたか」
「そ、そんな!」
信じられないリーナであったが、たしかに折られた牙の断面を見ると、幾層にも重なった木であった。
あの魔獣は、そもそも生物ではなかったのだ。
「ほう、木製の人形でござったか。随分と精巧でござるな」
たしかに、いくら攻撃しても出血さえせず、まったく手応えを感じなかったが……しかし、生物となんら変わりなく動き回っていたでござるが」
「魔法人形造形師の仕業だな」
「魔法人形……ああっと……つまり魔法の仕業である、と?」
斬九郎は自分の知る限りの知識で解釈を試みる。
「そうだ」
どうやらその解釈は正解だったらしい。
「人形に魔力を込めて動かせるようにする職人たちはたしかに存在している。そうした者たちによって生み出された魔法人形には痛覚なんかありはしないし、あくびとか瞬きみたいな人間っぽい動作もしないものだ。とはいえ、ここまで精巧で巨大な代物はそんじょそこらの魔法人形造形師にはできないだろう」
「そうなのでござるか?」
「ああ……だが、これほどの腕を持つ人形造形師といえばマリアン・ウォルソンくらいしか思い浮かばんな」
「たしかに、アズラトル王立魔剣学園の教科書にも載っている、かつてヴェールで最高峰と謳われた女性魔法人形造形師……マリアン・ウォルソン氏ならこれくらいの芸当は朝飯前ですね」
説明口調っぽく、リーナが言う。
「うむ。だが、マリアン・ウォルソンが魔法人形でラステルを襲撃するなんてマネをするとは到底思えないな」
考察を重ねるエルネスとリーナ。
斬九郎は会話に置いていかれないよう、自分なりの解釈を織り交ぜつつ、耳を傾けている。
「そもそも、肝心のマリアンは一年前に事故で亡くなったはずだ」
「跡継ぎはいなかったのでござるか?」
「ひとり娘がいたそうだが……マリアンが亡くなった直後から消息不明になっている。父親――つまりマリアンの夫は娘が生まれてすぐに病気で他界していて、両親もすでに故人となっているし、兄妹もいない」
「随分と詳しいでござるな」
「マリアン・ウォルソンの名を知らぬ者など、この世界にそうはいないさ。それに……私とマリアンは友人同士だったのさ」
しまった、と斬九郎は思わず手で口を押える。が、エルネスは気にとめる様子もなく、
「友人だからこそ、あいつが自作の魔法人形をこんなことに使うはずがないと断言できるんだ。魔王軍と戦争中は戦闘用の魔法人形も手掛けたが、大戦後は山奥の小さな村で子どもたちのためにぬいぐるみを作ったりして静かに暮らしていた……そう……平和に暮らしていたんだ……あの事故が起きるまでは」
場に重苦しい空気が流れる中、
「あの……ちょっといいでござるか」
斬九郎が挙手をする。
「なんだ?」
「戦っている最中、少し気になったことがあったのでござるが」
「言ってくれ」
「あの人形……その気になれば、拙者たちを振り切って街へ向かうことは十分可能だった気がしてならないのでござる。あれだけの巨体だ。単純に全速力で突っ込んできたら対処のしようがない」
エルネスの目つきが鋭さを増す。
「……つまり?」
「あの人形を作った者は、人形に『人を殺さない程度に加減して暴れろ』と指示をしていたんじゃないでござろうか」
「……なぜそんな指示を出したと思う?」
「拙者の見立てとしてはふたつ。ひとつは、製作者が何者かに脅されて無理やり作らされたため、仕方なくそうした指示を出した。もうひとつは、破壊が目的ではなく、まったく別の目的が他にあって、それを遂行するための目くらまし的な役割を果たしていたのではないか……というくらいでござるか」
「ふむ。戦闘上手なだけでなく、なかなかいい頭をしているな」
満足そうに頷くエルネスのかたわら。すっかり聞き役となってしまっているリーナが口を開いた。
「あんた……戦闘中にそんなこと考えていたの?」
「どうにかして突破口を開かねばと、いろいろと考えている間にそんな思考が頭をよぎっただけでござるよ。純粋に破壊活動のみを行うよう指示されていたのなら、あの巨体を生かして強引にでも人の多い街を襲うんじゃないか、と……大体、次元転移の精度かどれほどのものかわからないでござるが、あんな人気のない場所に送り込むのも不自然。魔獣を使って国崩しをさせるなら、人で賑わう街の真ん中かもっと城に近い位置にでも送り込む方が効果的でござる」
「…………」
リーナは唖然とした。
自分はずっと必死で、体を動かすことに全神経を注いでいた。斬九郎の発破がなければとうに死んでいただろう。それなのに、斬九郎は冷静に場を分析していた。
即ち、自分としては極限状態に追い込まれるほどの苛烈な修羅場だったという認識にも関わらず、斬九郎にはそれだけの周囲を見回せる精神的な余裕があったということだ。
決定的なまでの実戦経験の差。
それをまざまざと見せつけられた。
「おまえの言う通りだ。どうにもこの事件はキナ臭いな」
エルネスはしばらく考え込んだあと、
「ザンクローといったかな」
「は、はい」
「イヴリット様から話は聞いている。私としてもあれだけ立派な戦いを披露してくれた君とは今すぐにでもじっくりと話がしたい。――ところが、ご覧の通り急用ができてしまったので日を改めてほしいのだが……いいかな?」
「拙者はいつでも構わないでござる」
「そう言ってももらえると助かるよ。では、日程が決まり次第、使いの者を送る。それまでは……そこにいるリーナ・セルディオに任せよう」
「! わ、わかりました!」
リーナの緊張が伝わる。その様子から、学園長とも呼ばれたこのエルネス・メディーナという人物は位の高い人物であるということが窺えた。
「では、また」
魔獣の牙を軽々と持ち上げたエルネスは歩き出すが、すぐさま振り返り、
「忘れるところだった。まだおまえにきちんと礼を言ってなかったな」
「礼……でござるか?」
「おまえのおかげで、リーナは騎士として《実戦の恐怖》というひとつの壁を越えることができたんだ。……なあ、リーナよ」
ウィンクを投げつけられたリーナは「は、はい」と悔しさをにじませながら頷いた。
「あのまま、私たちが応援に駆けつけて魔獣を倒したなら、きっと一生、リーナはあの恐怖の渦から抜け出せないままだったろう」
「そんなことは……」
「言い切れるか?」
「うぐっ……」
反論不能。
リーナは悔しさと恥ずかしさが相まって今にも発火しそうなほど顔が赤くなる。
「おまえのおかげで、我がアズラトル学園最強の学生騎士であるリーナ・セルディオは真なる意味で騎士への第一歩を踏み出せたのだ。だから……ありがとう」
エルネスはペコリとお辞儀をすると、兵たちに事後処理の最終指示を出し、
「じゃあ、これで」
と軽く挨拶をして、
「さあ、あとの処理は他の者たちに任せるとしよう。いくぞ、おまえたち」
どこからともなく現れた五人の従者と思われる少女たち。
「あそこにいるのは?」
「メディーナ学園長直属の親衛隊よ」
名付けてメディーナ親衛隊。
五名の少女は皆亜人であった。
長い耳を持つ美しいエルフと獣耳が生えた獣人族(アニマ・レイス)と、小柄なドワーフ族の女性がふたりという構成になっている。
黒を基調とした服には、イヴリットの着ていたものほどではないがひらひらとした装飾の数々が引っ付いている。
リーナから教わったが、あの服装はこの世界における女性の使用人――《メイド》が着用するメイド服なるものであるらしい。言ってみれば仕事着だ。
そのメイドのひとり――腰まで伸びたピンクのくせっ毛が特徴的なエルフ少女と目が合った。少女はビクッと一瞬体を強張らせたが、すぐに立て直して控え目に笑いながら会釈をした。それにつられて斬九郎も会釈を返す。
「あの子は親衛隊リーダーのフィリオ。私たちと同じアズラトル学園の最高学年生なの。ちなみに他の四人もみんな学園の生徒よ」
「そうなのか」
リーナの説明が終わる頃には、すでに少女――フィリオの姿はなかった。
「はあ……」
盛大に息を吐いたのはリーナだった。
「緊張したぁ……」
「そんなにでござるか?」
「学園長なんだもの、当然よ。……て、あんたに言っても通じないか」
また説明するのは面倒だと言わんばかりに項垂れるリーナ。
「まあ、その辺の話は本人から聞いて。イヴリット様は、あんたとメディーナ学園長を引き合わせたいみたいだし……とりあえず、城へ戻りましょう。あとの処理はマコーミック騎士団長が中心となってやっていくでしょうから」
「そうでござるな……」
「?」
重さ六割増しとなっている頭を上げたリーナは疑問を抱く。
勇敢に魔獣と戦っていた時とは違い、今の斬九郎からはまったくと言っていいほどに覇気が感じられなかったからだ。
「何? 今になって怖くて震えてきたとか言うんじゃないでしょうね?」
「そういうわけでは……」
否定する斬九郎の手元を見て、リーナは態度の原因を知った。
「……その剣、そんなに大事な物だったの?」
「剣というか……拙者たちの世界では刀と呼んでいた物でござるが」
「ふーん。刀、か。たしかに、よく見ると形状が私の剣とはちょっと異なるわね」
物珍しそうに、ボロボロとなった斬九郎の忍刀を眺めるステラ。興味津々といった感じだ。
「この刀は、拙者の住んでいた里一番の刀鍛冶がくれたもので、とても思い出深い物でござる」
刀を見つめる斬九郎の視線は憂いに満ちていた。
形は違うが、同じく剣を武器とする騎士として、斬九郎の悲しみは痛いほど伝わってくる。おまけに大事な思い出まで詰まっているようだ。
見兼ねたリーナが声をかける。
「ねぇ、その剣――じゃなくて、刀だっけ? それを直せるかもしれない人に心当たりがあるんだけど……どうかしら?」
何せ、あれだけの巨体だ。
魔法を使うとはいえ、移動させるのにもひと苦労する。
斬九郎はエルネスに願い出て忍刀の回収を行う。深々と突き刺さり、おまけに炎と焙烙玉の一撃を食らったおかげで、すっかりボロボロになってしまった。
「もう使えそうにないわね」
「そのようでござるな」
リーナの言う通り、刃物としてはもう使い物にならないだろう。
一方、エルネスは魔獣へと近づくと、その牙をやたら熱心に眺めていた。そして、おもむろに手を伸ばし、牙に触れたかと思うと、そのままバギッと牙をへし折った。まるで細い木の枝を折るような扱い。やはり、相当な実力者であることが窺える。というか、とんでもない馬鹿力だ。
「これは驚いたな」
リーナ以上の馬鹿力に驚く斬九郎だったが、エルネスもまた別のことで驚いていた。
「一体、何があったんですか?」
リーナがたずねる。
「見た目は完全に魔獣だが……どうも違うようだ」
「えっ!?」
リーナは驚いたが、逆に斬九郎は納得いったとでも言いたげに深々と頷いた。そして、エルネスに向かって、
「こいつは人形でござろう」
「! 見抜いていたか」
「そ、そんな!」
信じられないリーナであったが、たしかに折られた牙の断面を見ると、幾層にも重なった木であった。
あの魔獣は、そもそも生物ではなかったのだ。
「ほう、木製の人形でござったか。随分と精巧でござるな」
たしかに、いくら攻撃しても出血さえせず、まったく手応えを感じなかったが……しかし、生物となんら変わりなく動き回っていたでござるが」
「魔法人形造形師の仕業だな」
「魔法人形……ああっと……つまり魔法の仕業である、と?」
斬九郎は自分の知る限りの知識で解釈を試みる。
「そうだ」
どうやらその解釈は正解だったらしい。
「人形に魔力を込めて動かせるようにする職人たちはたしかに存在している。そうした者たちによって生み出された魔法人形には痛覚なんかありはしないし、あくびとか瞬きみたいな人間っぽい動作もしないものだ。とはいえ、ここまで精巧で巨大な代物はそんじょそこらの魔法人形造形師にはできないだろう」
「そうなのでござるか?」
「ああ……だが、これほどの腕を持つ人形造形師といえばマリアン・ウォルソンくらいしか思い浮かばんな」
「たしかに、アズラトル王立魔剣学園の教科書にも載っている、かつてヴェールで最高峰と謳われた女性魔法人形造形師……マリアン・ウォルソン氏ならこれくらいの芸当は朝飯前ですね」
説明口調っぽく、リーナが言う。
「うむ。だが、マリアン・ウォルソンが魔法人形でラステルを襲撃するなんてマネをするとは到底思えないな」
考察を重ねるエルネスとリーナ。
斬九郎は会話に置いていかれないよう、自分なりの解釈を織り交ぜつつ、耳を傾けている。
「そもそも、肝心のマリアンは一年前に事故で亡くなったはずだ」
「跡継ぎはいなかったのでござるか?」
「ひとり娘がいたそうだが……マリアンが亡くなった直後から消息不明になっている。父親――つまりマリアンの夫は娘が生まれてすぐに病気で他界していて、両親もすでに故人となっているし、兄妹もいない」
「随分と詳しいでござるな」
「マリアン・ウォルソンの名を知らぬ者など、この世界にそうはいないさ。それに……私とマリアンは友人同士だったのさ」
しまった、と斬九郎は思わず手で口を押える。が、エルネスは気にとめる様子もなく、
「友人だからこそ、あいつが自作の魔法人形をこんなことに使うはずがないと断言できるんだ。魔王軍と戦争中は戦闘用の魔法人形も手掛けたが、大戦後は山奥の小さな村で子どもたちのためにぬいぐるみを作ったりして静かに暮らしていた……そう……平和に暮らしていたんだ……あの事故が起きるまでは」
場に重苦しい空気が流れる中、
「あの……ちょっといいでござるか」
斬九郎が挙手をする。
「なんだ?」
「戦っている最中、少し気になったことがあったのでござるが」
「言ってくれ」
「あの人形……その気になれば、拙者たちを振り切って街へ向かうことは十分可能だった気がしてならないのでござる。あれだけの巨体だ。単純に全速力で突っ込んできたら対処のしようがない」
エルネスの目つきが鋭さを増す。
「……つまり?」
「あの人形を作った者は、人形に『人を殺さない程度に加減して暴れろ』と指示をしていたんじゃないでござろうか」
「……なぜそんな指示を出したと思う?」
「拙者の見立てとしてはふたつ。ひとつは、製作者が何者かに脅されて無理やり作らされたため、仕方なくそうした指示を出した。もうひとつは、破壊が目的ではなく、まったく別の目的が他にあって、それを遂行するための目くらまし的な役割を果たしていたのではないか……というくらいでござるか」
「ふむ。戦闘上手なだけでなく、なかなかいい頭をしているな」
満足そうに頷くエルネスのかたわら。すっかり聞き役となってしまっているリーナが口を開いた。
「あんた……戦闘中にそんなこと考えていたの?」
「どうにかして突破口を開かねばと、いろいろと考えている間にそんな思考が頭をよぎっただけでござるよ。純粋に破壊活動のみを行うよう指示されていたのなら、あの巨体を生かして強引にでも人の多い街を襲うんじゃないか、と……大体、次元転移の精度かどれほどのものかわからないでござるが、あんな人気のない場所に送り込むのも不自然。魔獣を使って国崩しをさせるなら、人で賑わう街の真ん中かもっと城に近い位置にでも送り込む方が効果的でござる」
「…………」
リーナは唖然とした。
自分はずっと必死で、体を動かすことに全神経を注いでいた。斬九郎の発破がなければとうに死んでいただろう。それなのに、斬九郎は冷静に場を分析していた。
即ち、自分としては極限状態に追い込まれるほどの苛烈な修羅場だったという認識にも関わらず、斬九郎にはそれだけの周囲を見回せる精神的な余裕があったということだ。
決定的なまでの実戦経験の差。
それをまざまざと見せつけられた。
「おまえの言う通りだ。どうにもこの事件はキナ臭いな」
エルネスはしばらく考え込んだあと、
「ザンクローといったかな」
「は、はい」
「イヴリット様から話は聞いている。私としてもあれだけ立派な戦いを披露してくれた君とは今すぐにでもじっくりと話がしたい。――ところが、ご覧の通り急用ができてしまったので日を改めてほしいのだが……いいかな?」
「拙者はいつでも構わないでござる」
「そう言ってももらえると助かるよ。では、日程が決まり次第、使いの者を送る。それまでは……そこにいるリーナ・セルディオに任せよう」
「! わ、わかりました!」
リーナの緊張が伝わる。その様子から、学園長とも呼ばれたこのエルネス・メディーナという人物は位の高い人物であるということが窺えた。
「では、また」
魔獣の牙を軽々と持ち上げたエルネスは歩き出すが、すぐさま振り返り、
「忘れるところだった。まだおまえにきちんと礼を言ってなかったな」
「礼……でござるか?」
「おまえのおかげで、リーナは騎士として《実戦の恐怖》というひとつの壁を越えることができたんだ。……なあ、リーナよ」
ウィンクを投げつけられたリーナは「は、はい」と悔しさをにじませながら頷いた。
「あのまま、私たちが応援に駆けつけて魔獣を倒したなら、きっと一生、リーナはあの恐怖の渦から抜け出せないままだったろう」
「そんなことは……」
「言い切れるか?」
「うぐっ……」
反論不能。
リーナは悔しさと恥ずかしさが相まって今にも発火しそうなほど顔が赤くなる。
「おまえのおかげで、我がアズラトル学園最強の学生騎士であるリーナ・セルディオは真なる意味で騎士への第一歩を踏み出せたのだ。だから……ありがとう」
エルネスはペコリとお辞儀をすると、兵たちに事後処理の最終指示を出し、
「じゃあ、これで」
と軽く挨拶をして、
「さあ、あとの処理は他の者たちに任せるとしよう。いくぞ、おまえたち」
どこからともなく現れた五人の従者と思われる少女たち。
「あそこにいるのは?」
「メディーナ学園長直属の親衛隊よ」
名付けてメディーナ親衛隊。
五名の少女は皆亜人であった。
長い耳を持つ美しいエルフと獣耳が生えた獣人族(アニマ・レイス)と、小柄なドワーフ族の女性がふたりという構成になっている。
黒を基調とした服には、イヴリットの着ていたものほどではないがひらひらとした装飾の数々が引っ付いている。
リーナから教わったが、あの服装はこの世界における女性の使用人――《メイド》が着用するメイド服なるものであるらしい。言ってみれば仕事着だ。
そのメイドのひとり――腰まで伸びたピンクのくせっ毛が特徴的なエルフ少女と目が合った。少女はビクッと一瞬体を強張らせたが、すぐに立て直して控え目に笑いながら会釈をした。それにつられて斬九郎も会釈を返す。
「あの子は親衛隊リーダーのフィリオ。私たちと同じアズラトル学園の最高学年生なの。ちなみに他の四人もみんな学園の生徒よ」
「そうなのか」
リーナの説明が終わる頃には、すでに少女――フィリオの姿はなかった。
「はあ……」
盛大に息を吐いたのはリーナだった。
「緊張したぁ……」
「そんなにでござるか?」
「学園長なんだもの、当然よ。……て、あんたに言っても通じないか」
また説明するのは面倒だと言わんばかりに項垂れるリーナ。
「まあ、その辺の話は本人から聞いて。イヴリット様は、あんたとメディーナ学園長を引き合わせたいみたいだし……とりあえず、城へ戻りましょう。あとの処理はマコーミック騎士団長が中心となってやっていくでしょうから」
「そうでござるな……」
「?」
重さ六割増しとなっている頭を上げたリーナは疑問を抱く。
勇敢に魔獣と戦っていた時とは違い、今の斬九郎からはまったくと言っていいほどに覇気が感じられなかったからだ。
「何? 今になって怖くて震えてきたとか言うんじゃないでしょうね?」
「そういうわけでは……」
否定する斬九郎の手元を見て、リーナは態度の原因を知った。
「……その剣、そんなに大事な物だったの?」
「剣というか……拙者たちの世界では刀と呼んでいた物でござるが」
「ふーん。刀、か。たしかに、よく見ると形状が私の剣とはちょっと異なるわね」
物珍しそうに、ボロボロとなった斬九郎の忍刀を眺めるステラ。興味津々といった感じだ。
「この刀は、拙者の住んでいた里一番の刀鍛冶がくれたもので、とても思い出深い物でござる」
刀を見つめる斬九郎の視線は憂いに満ちていた。
形は違うが、同じく剣を武器とする騎士として、斬九郎の悲しみは痛いほど伝わってくる。おまけに大事な思い出まで詰まっているようだ。
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