佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知はまだ恋を知らない

二十話 『あたし』

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 あたし、佐城沙知は幼い頃から身体が弱かった。

 ちょっと出掛ければ風邪を引くし、ちょっと運動すれば、熱が出る。中学生に上がるまで、あたしは健康診断で『異常なし』って言われたことが一回もないくらいには体が弱い。

 大体病院か自室で過ごしている毎日で、今でも頻度は減ったけどそれは変わらない。

 姉である沙々お姉ちゃんは全く健康だ。むしろ、病気とは無縁なくらいに元気だ。それはあたしの憧れでもあり、ある意味羨ましい。あたしには備わってない元気さだから。

 あたしとお姉ちゃんの身体的特徴は全く同じで見た目では区別がつかないくらいだった。

 あたしと同じ整っていて可愛い顔立ちだからよくいろんな人から間違われる。

 それがちょっとコンプレックスなあたしはいつからかお姉ちゃんが絶対にしないポニーテールにするようになった。

 病弱だったあたしはあんまり元気ではなかったから、口数も少ないし、あまり外で遊ぶタイプじゃなかった。だから、学校に友だちも居なかったし、そもそも学校に行けてないからあまり会う機会はなかった。

 ここでも対照的にお姉ちゃんは友だちが多くて、毎日いろんな友だちと遊んでいる。

 それにお姉ちゃんは頭が良いから色んな勉強も簡単にできちゃうし、運動神経もいいから何でもできる自慢の姉。あたしはそんなお姉ちゃんが大好きだった。

 だから小さい頃からずっと憧れているのと同じくらいにコンプレックスだった。

 そんなあたしの毎日の楽しみは教育テレビの科学コーナーと動物の生態映像を見ることだった。

 幼稚園や学校に行けず、することのないあたしにとってその時間が唯一の楽しみだった。

「さあ、今日はどんな実験をしようかな」

 あたしはウキウキしながらベッドで横になりながらテレビを見ている。

 今日は何が見られるかな? どんな結果になるのかな? 何でそうなるのかな? そんな気持ちで番組をみていた。その時間があたしにとってはワクワクするもののひとつだった。

 あと、動物が好きなあたしにお父さんは色んな生き物の図鑑を買ってきては、興味を引き出せるように工夫してくれた。

 だからあたしは色んな実験や生き物に興味が持てるようになったし、気づけばそれが好きになっていった。あたしの趣味は本や図鑑を見て勉強をする時間が増えていった。

 でもいつもテレビとかで実験や動物の映像を見ると、どうしても疑問に思うことがあるの。

 そんな時はお父さんかお母さんに聞いたりして、教えて貰ったりした。

 時には二人が答えられないときがある。そういうときは一緒になって調べてくれたりしてそれが分かった時の達成感も、とても嬉しいものだった。

 答えを探して、見つけることができた時の喜びはテレビで見たときより、遥かに大きかった。

 いつしか実験や動物の映像や本をみるといつもあたしはこう思うようになってしまったんだ……『知りたい』って……。

 そんなあたしの知的好奇心に火が付いて、気づけば色んなことを知ろうと、様々なことを学んでいた。

 世界にはこんなにも面白いものが広がっていて、楽しいことが沢山あるのに、それを知ろうとしないなんてもったいない。あたしはそう思うようになっていたんだ。

 だけど、世界の色んなことを知るたびにあたしは絶望した。知れば知るほど、あたしは知ることしかできないんだと分かった。

 世界はこんなにも面白いのに、身体が弱いせいで体験することができない。

 それにあたしの知的好奇心が知るべきではない事実を知ってしまったことで、あたしは悩む羽目になった。

 それは今でも悩んでいるほどの大きな事実で、このあたしの行動がお姉ちゃんを大いに困らせたのは、言うまでのない。

 むしろ、この事実があたしにとってお姉ちゃんを唯一の特別にしてしまった。

 けど、そんなバカみたいな過ちを犯したくせに、知ることへの好奇心はあたしの中にあり続けた。

 知ることの楽しさと恐さ。その両方を知りあたしはまた新しい何かを探していった。

 中学になり、学校も週に三回くらいは通えるくらいには、身体も少しは健康になってきた。

 だから、今度は友だちを作って色々と経験したいと思っていた。

 そうすれば、この病弱なあたしでも少しは楽しく過ごせると思うから。

 けど、それはできなかった。

 幼い頃から人付き合いが最小限だったあたしは同年代の女子とは感性が合わなくて、合わせようとしてもうざがられる。男子からは成長したあたしの身体をジロジロ見られる。

 それに結局身体が弱いことには変わらず、友だちになれそうでも遊びには行けないから、次第にあたしのことを煙たがるようになっていった。

 その要素が重なりあって、あたしはクラスで浮いていた。

 元々家で一人で過ごす時間が多かったから学校で一人になっても平気ではあった。

 別にこんな人たちと付き合う価値もないと、覚える必要がないと、勝手に見下すことで何も考えないようにした。見ない振りをした。

 結局、中学のときもあたしの相手をしてくれるのは、お姉ちゃんだけ。お姉ちゃんとテストの順位を競っているのが、一番楽しかった。

 あと、学校に通い続けたのは、学校の備品を借りられるからその点だけは学校に通う価値はあると思った。

 そして、高校に入学すると、入学早々に自分の身体でやらかしたのは、今でも記憶に新しい。

 そのせいでお姉ちゃんにはとても迷惑をかけたのはよく覚えている。

 高校に入って、まずしたことはあたしのためだけの科学部を作ったこと。

 せっかく学校に通って、学校の備品を使えるんだったら、部活動として、堂々と使えるようにしようとあたしは思いついたんだ。

 部長はあたしになり、部員はお姉ちゃんになった。あとは名前だけ貸してもらったお姉ちゃんの知り合いで何とか部活の申請はできた。

 その部活動の内容はあたしの知的好奇心を満たすための実験。お姉ちゃんは他事で忙しそうだから、部長としてあたしがその部を一人で受け持った。

 そしてあたしの部活は始動したんだ。

 一ヶ月何も問題なく、活動していたからか、お姉ちゃんもあたしも気が緩んだのか、ちょっと調子に乗っていたと思う。

 いつもはお姉ちゃんに科学部の部室まで送ってもらってた。けど、その日はお姉ちゃんが先生の頼み事で忙しいらしくて、一人で教室で待っているようにお姉ちゃんに言われていた。

 でも、あたしは最近身体の調子が良かったかは調子乗って一人で部室に向かっていた。

 高校生になって身体も丈夫になったと勘違いして、意気揚々と部室まで歩いて向かった。

 けど、あたしは部室までの半分の満たない距離で力尽きて、廊下で倒れた。

 マズイ……。このままじゃあ、あたしここで死ぬかもしれない……。そんな不安な思いを抱えながら、あたしは廊下で倒れていた。

「マジで……死ぬ……」

 そんな声が自然に出て、体も動かず、意識も朦朧としてきた。

 けど、そんな時に誰かが声をかけてきた。

「あの……大丈夫ですか……」

 男の人の声が聞こえた。それにこっちに近づいてくる足音が聞こえてくる。あたしは藁にも縋る思いで、その声の主に助けを求めることにした。

「ひっ!!」

 あたしが急に脚を掴んだせいで、男の子は尻餅を付いてしまう。けど、あたしはそんなことを気にせず、最後の力を振り絞って、死にものぐるいで声を出した。

「あたしを……第二科学室まで……連れてって……」

「分かった!! 分かったから!! とりあえず脚を離してください!!」

 男の子がそういうとあたしは脚を掴んだままだったことに気が付く。脚から手を離して、あたしは助けてくれる男の子の顔を見る。

 その人が彼──島田頼那くんだった。
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