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第三幕(最終章)真実追究編

45 目醒める聖女

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 真っ白な世界に薄っすらと浮かび上がる姿。純白の聖衣に身を包んだ彼女は、この世界を創ったとされる女神ミューズ様の御姿そのものだった。

『ようやくあなたへ聖女の神託を授けるトキが来ました。さぁ、手を取って』
「あ、あの……待ってください! わたしは……聖女なんかじゃありません……わたしはヴァイオレッタ様へ仕えるただのモブメイドで……」

『いいえ、今この世界に居る正式な聖女の血継はあなたで間違いありません』
「で、でも! セイヴサイド領の神殿には、現聖女候補とされるミレイ令嬢がいらっしゃいます」

『あの子はただの侯爵の娘であり、聖女候補に仕立て上げられた憐れな子。もう一人、聖女候補はこの現世に存在しますが、正式な後継者は、あなたで間違いありません。前聖女であるシスターホワイトベルの血を継いでいるのですから』
「シスター……ホワイトベル!?」

 脳裏にシスターと過ごした映像が流れ込んで来る。礼拝に来た人達がシスターホワイトと呼んでいた事を思い出していく。回復魔法を教えてくれたシスター。美味しいアップルタルトを焼いてくれたシスター。眠れない日に絵本を読んでくれたシスター。どうして今まで忘れてしまっていたのか? 教会が燃えたあの日、心に鍵をかけてしまっていたのかもしれない。冷たく閉ざされていた氷の壁が、ゆっくりと溶けていくかのように、彼女の温もりが、優しさが、わたしの心を満たしていく。

『さぁ、今こそ、真実の扉を開くのです……』
「ミューズ……様」

 ミューズ様の手に触れた瞬間、脳裏に誰かの記憶が大量に流れ込んで来る。それは歴代の聖女様が代々受け継いで来た記憶。対峙する悪魔。人の欲望に漬け込み人間と契約し、魂を代償にして願いを叶える力を与える。聖女は英雄と共に魔物を浄化し、背後に潜む悪魔を封印する。繰り返される歴史。それでも聖女は自身が生きた時代を懸命に生き、人の世に尽くして来た。

 流れ込んで来た映像に思わず目を閉じる。目を覚ました時、真っ白い世界の中、湖面のように地面が揺れる。そこにはヴァイオレッタの姿ではなく、モブメイドとしての自身の姿が映っており……目立たない黒髪は艶やかな銀髪に、そして、黒い瞳は透き通るように煌めく蒼き瞳へと変化していた。女神様や聖女の伝説を記した本でも何度も見たその瞳。

 奇跡を起こす蒼き瞳――エンゲリオン=キュアノス

『あなたの魂へ力は宿りました。現実世界へ戻った時、あなたの姿はヴァイオレッタの姿に戻ります。ですが、魂には聖女の力が宿っている。力を開放したいときは祈りなさい。さすれば女神ミューズが力を貸しましょう』
「本当にわたしが聖女……?」

『現実世界へ戻る前に、試しにその瞳の力を開放してみるといい。あなたが求めている真実の一端を垣間見る事が出来ますよ?』
「それって……いえ。わかりました、やってみます」

 わたしは眼前で微笑む女神様へ両膝をつき、両手を強く握ったまま祈りのポーズを取る。そして、聖女の記憶によって紡がれた言葉をそのまま口にする。

「悪しき者は還るべき場所へ、正しき者は導かれん。人の子の魂よ、いつの日も清らかであれ。女神ミューズよ、今こそ我に力を! エンゲリオン=キュアノス」

 かっと目を見開いた瞬間、わたしの視界は再び光に包まれるのでした――

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