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エピローグ モブメイドの進む道
57 わたしの進むべき道
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「きゃあああああ、アイゼン王子ぃいいい、格好いいーーー!」
氷上を華麗に滑り、旋回しつつ氷刃を放つ氷上の貴公子。対するは、自身の持つ闘気を爆発させ、熱き炎を滾らせる正義の騎士。二人の刃が中央でぶつかり合い、爆風と同時、両者後ろへと飛び上がる。どうやら、今日の訓練はこれで終わりらしい。
訓練場でフレイア騎士団長と刃を交えるアイゼン王子は、あの頃より格段に強くなっていた。氷魔法を自在に操り、高速移動で迫るアイゼンの刃はフレイア騎士団長へ時折届くようになっていた。それでも剣術や闘気の量は圧倒的にフレイアの方が上。フレイアに勝つのはまだまだ先になるだろうが、あの時、屋敷の炎を全て消し去ったアイゼン王子はまさに救世主だった。
「アイゼン王子、すぐ、回復しますわ」
「ありがとう、ミランダ」
この世界線のミランダは、とても大人しく、穏やかで、憎しみや妬みと言った負の感情を全く知らないかのように純粋な子だった。アイゼンは真っ直ぐな彼女のひたむきさに惹かれ、今ではこうして付き合っているらしい。
模擬戦闘訓練の観戦が終わった後、メイド達は王宮の厨房へと移動する。既に翠髪のツインテールを弾ませ、エプロン姿のフィリーナ王女がわたしを待ち構えていた。
「さぁ、プリムラ! ヴァイオレッタ様へ今日も星林檎のタルトを作るわよ!」
「うん、よろしくね。フィリーナ」
そう、歴史が改変されたあと、フィリーナ王女は何故かわたしに懐いていたのだ。わたしが厨房へ入った瞬間、あろうことか、モブメイドであるわたしへ腕を絡ませ駆け寄って来たくらい。ヴァイオレッタ様の事は、お姉様ではなく、ヴァイオレッタ様と呼んでいるみたい。
どうやらこの世界線で、わたしは王宮一のお菓子作り職人メイドであり、先生になってしまっているらしく、フィリーナにとって、わたしはお菓子作りの師匠であり、同年代のお友達になっているみたい。
みんなで星林檎のタルトを作り、食卓へと並べていく。訓練を終えたアイゼン王子と執務を終えたクラウン王子、そして、ヴァイオレッタ様もやって来る。
「今日の星林檎のタルトも素敵ね、プリムラ」
「ありがとうございます、ヴァイオレッタ様」
「ヴァイオレッタ様、私も一緒に作りましたのよ!」
「ありがとう、フィリーナ」
ヴァイオレッタ様にお礼を言われ、鼻高々のフィリーナ王女。柔らかく焼き上がった星林檎は甘く、幸せ成分をわたしの中へ運んでくれる。ローザ達の淹れてくれたロイヤルミルクティーも優しい味だ。ヴァイオレッタ様もクラウン王子も、アイゼン王子もフィリーナ王女もみんな笑顔。嗚呼、これが本当に求めていた平穏な日常なのね。
すると、星林檎のタルトを少し早く食べ終えたクラウン王子が、ゆっくり席を立つ。
「おっと、このあとブラックシリウス国の王子ジルバートの謁見があるんだった。美味しかったよ、プリムラ。俺はひと足早く失礼するよ」
「あ、はい。いってらっしゃいませ」
あれ? その名前に何故か既視感を覚えるわたし。ジルバート……それまで国交を絶っていたブラックシリウス国の王子が、直接王様へ謁見を果たし、クラウン王子とヴァイオレッタ様の〝婚姻の儀〟と同時に、クイーンズヴァレー王国は〝ブラックシリウス国との国交正常化〟もめでたく発表したのである。
ジルバート……どうしてその名前が引っ掛かるんだろう? ブラックシリウス国の王子なんて知らない筈なのに、どうして喉の奥に何かつっかえているような感覚を覚えるのだろう? 気になったわたしは、謁見の間、外の回廊にて、ジルバート王子と王様達の謁見が終わるのをそっと待つ。
そして、彼が謁見の間から出て来たところで、思い切って声を掛ける。
「あ、あの……! ジルバート・シリウス様……ですよね?」
「お前は……?」
突然目の前に現れたモブメイドに、一瞬、逡巡するような表情をした王子だったが、すぐに切れ長の瞳でわたしを真っ直ぐ見据える。
「えっと。わ、わたしはクラウン・アルヴァート様の許嫁、ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリー様に仕えるメイド、プリムラ・ホワイト・ミネルバと言います」
「プリムラ……そうか。プリムラ、プリムラか」
何故かジルバート王子はわたしの名前を噛み締めるかのように何度も、何度も反芻しているようだった。どうしてだろう、初対面なのになんだか懐かしい気がする。
「突然出て来てすいません。何故か、王子様へご挨拶をしておかないといけない気がして……あれ? あれ?」
わたしの視界が突然滲む。どうして涙が流れるんだろう。止めどなく零れ落ちる雫。眼前の王子はとっても懐かしいのに、何も思い出せないからなのか? わたしはわたし自身の感情がわからなくなって零れ落ちる雫をそのままに困惑してしまう。
「プリムラ。その名前を聞けただけでも充分だ。俺様はブラックシリウス国の王子――ジルバート・シリウス。国交正常化に伴い、これからこの国へ来る事もあるだろう。また逢おう、プリムラ」
わたしの頭を軽くぽんぽんと叩き、わたしの前から去ろうとするジルバート。ふと、脳裏に教会の映像が浮かぶ? これは、昔のわたし。そうか、聖女の力を継承したわたしは、教会で育ったんだった。わたしが泣いていた時、いつも頭を軽く撫でてくれた男の子。その男の子の名前は……。
「カイト……カイト!」
氷上を華麗に滑り、旋回しつつ氷刃を放つ氷上の貴公子。対するは、自身の持つ闘気を爆発させ、熱き炎を滾らせる正義の騎士。二人の刃が中央でぶつかり合い、爆風と同時、両者後ろへと飛び上がる。どうやら、今日の訓練はこれで終わりらしい。
訓練場でフレイア騎士団長と刃を交えるアイゼン王子は、あの頃より格段に強くなっていた。氷魔法を自在に操り、高速移動で迫るアイゼンの刃はフレイア騎士団長へ時折届くようになっていた。それでも剣術や闘気の量は圧倒的にフレイアの方が上。フレイアに勝つのはまだまだ先になるだろうが、あの時、屋敷の炎を全て消し去ったアイゼン王子はまさに救世主だった。
「アイゼン王子、すぐ、回復しますわ」
「ありがとう、ミランダ」
この世界線のミランダは、とても大人しく、穏やかで、憎しみや妬みと言った負の感情を全く知らないかのように純粋な子だった。アイゼンは真っ直ぐな彼女のひたむきさに惹かれ、今ではこうして付き合っているらしい。
模擬戦闘訓練の観戦が終わった後、メイド達は王宮の厨房へと移動する。既に翠髪のツインテールを弾ませ、エプロン姿のフィリーナ王女がわたしを待ち構えていた。
「さぁ、プリムラ! ヴァイオレッタ様へ今日も星林檎のタルトを作るわよ!」
「うん、よろしくね。フィリーナ」
そう、歴史が改変されたあと、フィリーナ王女は何故かわたしに懐いていたのだ。わたしが厨房へ入った瞬間、あろうことか、モブメイドであるわたしへ腕を絡ませ駆け寄って来たくらい。ヴァイオレッタ様の事は、お姉様ではなく、ヴァイオレッタ様と呼んでいるみたい。
どうやらこの世界線で、わたしは王宮一のお菓子作り職人メイドであり、先生になってしまっているらしく、フィリーナにとって、わたしはお菓子作りの師匠であり、同年代のお友達になっているみたい。
みんなで星林檎のタルトを作り、食卓へと並べていく。訓練を終えたアイゼン王子と執務を終えたクラウン王子、そして、ヴァイオレッタ様もやって来る。
「今日の星林檎のタルトも素敵ね、プリムラ」
「ありがとうございます、ヴァイオレッタ様」
「ヴァイオレッタ様、私も一緒に作りましたのよ!」
「ありがとう、フィリーナ」
ヴァイオレッタ様にお礼を言われ、鼻高々のフィリーナ王女。柔らかく焼き上がった星林檎は甘く、幸せ成分をわたしの中へ運んでくれる。ローザ達の淹れてくれたロイヤルミルクティーも優しい味だ。ヴァイオレッタ様もクラウン王子も、アイゼン王子もフィリーナ王女もみんな笑顔。嗚呼、これが本当に求めていた平穏な日常なのね。
すると、星林檎のタルトを少し早く食べ終えたクラウン王子が、ゆっくり席を立つ。
「おっと、このあとブラックシリウス国の王子ジルバートの謁見があるんだった。美味しかったよ、プリムラ。俺はひと足早く失礼するよ」
「あ、はい。いってらっしゃいませ」
あれ? その名前に何故か既視感を覚えるわたし。ジルバート……それまで国交を絶っていたブラックシリウス国の王子が、直接王様へ謁見を果たし、クラウン王子とヴァイオレッタ様の〝婚姻の儀〟と同時に、クイーンズヴァレー王国は〝ブラックシリウス国との国交正常化〟もめでたく発表したのである。
ジルバート……どうしてその名前が引っ掛かるんだろう? ブラックシリウス国の王子なんて知らない筈なのに、どうして喉の奥に何かつっかえているような感覚を覚えるのだろう? 気になったわたしは、謁見の間、外の回廊にて、ジルバート王子と王様達の謁見が終わるのをそっと待つ。
そして、彼が謁見の間から出て来たところで、思い切って声を掛ける。
「あ、あの……! ジルバート・シリウス様……ですよね?」
「お前は……?」
突然目の前に現れたモブメイドに、一瞬、逡巡するような表情をした王子だったが、すぐに切れ長の瞳でわたしを真っ直ぐ見据える。
「えっと。わ、わたしはクラウン・アルヴァート様の許嫁、ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリー様に仕えるメイド、プリムラ・ホワイト・ミネルバと言います」
「プリムラ……そうか。プリムラ、プリムラか」
何故かジルバート王子はわたしの名前を噛み締めるかのように何度も、何度も反芻しているようだった。どうしてだろう、初対面なのになんだか懐かしい気がする。
「突然出て来てすいません。何故か、王子様へご挨拶をしておかないといけない気がして……あれ? あれ?」
わたしの視界が突然滲む。どうして涙が流れるんだろう。止めどなく零れ落ちる雫。眼前の王子はとっても懐かしいのに、何も思い出せないからなのか? わたしはわたし自身の感情がわからなくなって零れ落ちる雫をそのままに困惑してしまう。
「プリムラ。その名前を聞けただけでも充分だ。俺様はブラックシリウス国の王子――ジルバート・シリウス。国交正常化に伴い、これからこの国へ来る事もあるだろう。また逢おう、プリムラ」
わたしの頭を軽くぽんぽんと叩き、わたしの前から去ろうとするジルバート。ふと、脳裏に教会の映像が浮かぶ? これは、昔のわたし。そうか、聖女の力を継承したわたしは、教会で育ったんだった。わたしが泣いていた時、いつも頭を軽く撫でてくれた男の子。その男の子の名前は……。
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