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追加エピソード
第14話:不安定な関係
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*同居開始~本編最終話ラストに至る迄の物語*
その日、龍之介は久々に妹の子どもを預かっていた。
龍之介の妹は専業主婦で普段は隣の市に住んでいる。二人の子持ちで、一、二ヶ月に一度友人とランチに行くのが唯一の楽しみらしい。必要なものは全て妹が持参しているが、甥っ子が来る度についつい新しいおもちゃを用意してしまう。
まだ離乳食が始まったばかりの月齢だ。腹這いの状態で目の前にあるおもちゃに手を伸ばす様は愛らしく、龍之介は仕事や家事そっちのけで甥っ子の面倒を見た。
「龍兄ありがとー! 楽しかった!!」
「そりゃ良かった」
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
午後二時過ぎに妹の朱音がやってきた。三時半までに上の子を幼稚園に迎えにいかねばならないという。慌ただしいが、たった数時間でもリフレッシュできたようで、その表情は明るい。
帰る前にリビングで雑談をする。
「龍兄、謙太くんと暮らし始めたってホント?」
「あいつが勝手に転がり込んできただけだ」
「でもまあ、楽しそうで何よりだよ」
楽しそうに見えるのかと龍之介は驚いた。
確かに、一人で暮らしていた頃より活気のある生活を送っている。毎日の小さな家事のひとつひとつに意味や価値を感じ、張り合いが出たのは事実だ。
「……そう、だな」
素直に認めたくはないけれど、謙太との同居は楽しい。少なくとも、一人でいるよりは。
二年前のあの一件以来、沈みがちだった兄を朱音はずっと気に掛けていた。子ども好きなのに自分の子どもを授かることが出来ず、そのせいで恋人に捨てられた。やや離れた兄の家にわざわざ預けにくるのは少しでも子どもと触れ合わせたいからだ。
龍之介が独身にも関わらず子育ての知識や経験があるのは、全て朱音の努力(という名の放任)の賜物である。
「おまえ、ダンナさんとは今でも仲良いのか」
「ラブラブに決まってんじゃん!」
我が子を抱きながら朱音は自信満々に答えた。
「その、……ダンナさんが出張とかでいない時とか、一人じゃ眠れない、とか……そういうことあるか?」
「は? 爆睡ですけど???」
即答され、龍之介は顔を引きつらせた。
底抜けに明るい妹だ。そんな悩みとは無縁に決まっている。しかし、他にこんな話が出来る相手がいないのだから仕方ない。
「今は二、三時間置きにこの子に起こされちゃうから爆睡できないけどさあ、子ども産む前も別にそんなことなかったよ~」
「そ、そうか」
「なになに? なんでそんなこと聞くの?」
「えー……知り合いにそういう人がいて、なんでかなと思って」
「もう結婚してるひと?」
「いや、同居……同棲してるだけ」
まさか自分のことだとは言えない。下手をすればバレてしまいそうで、龍之介は言葉を選んだ。
「んー。それってさあ、相手との関係に自信ないだけじゃない?」
「自信?」
「そ! 一緒にいる時は大丈夫なのに離れてると眠れないなんて、要は不安が大き過ぎて落ち着かないってことよ」
「な、なるほど」
「単なる同棲じゃなくて、婚約とか結婚とか、関係が確定しちゃえば多少マシになるんじゃないかなあ」
「……関係を、確定」
その言葉には妙に説得力があった。
確かに、龍之介と謙太の関係は友人の枠をとうに超えているが恋人でもなく、ましてや家族でもない。どちらかが拒絶すればすぐにでも終わる。
──だから、側にいないと安心出来ない。
「またね龍兄。あんま考え過ぎないようにね~!」
「あ、ああ」
妹と甥っ子をマンションのエントランスで見送り、姿が見えなくなるまで手を振る。
踵を返したところで先程別れ際に言われた言葉の意味を理解し、龍之介は恥ずかしさで死にそうになった。
その日、龍之介は久々に妹の子どもを預かっていた。
龍之介の妹は専業主婦で普段は隣の市に住んでいる。二人の子持ちで、一、二ヶ月に一度友人とランチに行くのが唯一の楽しみらしい。必要なものは全て妹が持参しているが、甥っ子が来る度についつい新しいおもちゃを用意してしまう。
まだ離乳食が始まったばかりの月齢だ。腹這いの状態で目の前にあるおもちゃに手を伸ばす様は愛らしく、龍之介は仕事や家事そっちのけで甥っ子の面倒を見た。
「龍兄ありがとー! 楽しかった!!」
「そりゃ良かった」
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
午後二時過ぎに妹の朱音がやってきた。三時半までに上の子を幼稚園に迎えにいかねばならないという。慌ただしいが、たった数時間でもリフレッシュできたようで、その表情は明るい。
帰る前にリビングで雑談をする。
「龍兄、謙太くんと暮らし始めたってホント?」
「あいつが勝手に転がり込んできただけだ」
「でもまあ、楽しそうで何よりだよ」
楽しそうに見えるのかと龍之介は驚いた。
確かに、一人で暮らしていた頃より活気のある生活を送っている。毎日の小さな家事のひとつひとつに意味や価値を感じ、張り合いが出たのは事実だ。
「……そう、だな」
素直に認めたくはないけれど、謙太との同居は楽しい。少なくとも、一人でいるよりは。
二年前のあの一件以来、沈みがちだった兄を朱音はずっと気に掛けていた。子ども好きなのに自分の子どもを授かることが出来ず、そのせいで恋人に捨てられた。やや離れた兄の家にわざわざ預けにくるのは少しでも子どもと触れ合わせたいからだ。
龍之介が独身にも関わらず子育ての知識や経験があるのは、全て朱音の努力(という名の放任)の賜物である。
「おまえ、ダンナさんとは今でも仲良いのか」
「ラブラブに決まってんじゃん!」
我が子を抱きながら朱音は自信満々に答えた。
「その、……ダンナさんが出張とかでいない時とか、一人じゃ眠れない、とか……そういうことあるか?」
「は? 爆睡ですけど???」
即答され、龍之介は顔を引きつらせた。
底抜けに明るい妹だ。そんな悩みとは無縁に決まっている。しかし、他にこんな話が出来る相手がいないのだから仕方ない。
「今は二、三時間置きにこの子に起こされちゃうから爆睡できないけどさあ、子ども産む前も別にそんなことなかったよ~」
「そ、そうか」
「なになに? なんでそんなこと聞くの?」
「えー……知り合いにそういう人がいて、なんでかなと思って」
「もう結婚してるひと?」
「いや、同居……同棲してるだけ」
まさか自分のことだとは言えない。下手をすればバレてしまいそうで、龍之介は言葉を選んだ。
「んー。それってさあ、相手との関係に自信ないだけじゃない?」
「自信?」
「そ! 一緒にいる時は大丈夫なのに離れてると眠れないなんて、要は不安が大き過ぎて落ち着かないってことよ」
「な、なるほど」
「単なる同棲じゃなくて、婚約とか結婚とか、関係が確定しちゃえば多少マシになるんじゃないかなあ」
「……関係を、確定」
その言葉には妙に説得力があった。
確かに、龍之介と謙太の関係は友人の枠をとうに超えているが恋人でもなく、ましてや家族でもない。どちらかが拒絶すればすぐにでも終わる。
──だから、側にいないと安心出来ない。
「またね龍兄。あんま考え過ぎないようにね~!」
「あ、ああ」
妹と甥っ子をマンションのエントランスで見送り、姿が見えなくなるまで手を振る。
踵を返したところで先程別れ際に言われた言葉の意味を理解し、龍之介は恥ずかしさで死にそうになった。
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