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1話・突然始まる監禁生活
しおりを挟む「……フラウ嬢、今なんと言った」
低い声音で尋ねられ、ふるりと身体が震えました。
婚約してから約三年。ほとんど会話らしい会話もなかった私たちが初めて互いの顔を見て、二人きりで話す内容がこんな用件だなんて。
「私との婚約をなかったことにしてください、と申し上げました」
向かいのソファーに腰掛けるリオン様。
彼はネレイデット侯爵家の次男で、私の婚約者。もっとも、その婚約はこれから解消するのですけれど。
何事もなければ、私の貴族学院卒業を待ってリオン様と結婚し、我がヴィルジーネ伯爵家に婿入りしていただく予定でした。
しかし、状況が変わってしまったのです。
事の発端は一週間ほど前。
リオン様のお兄様で、ネレイデット侯爵家の跡取りであるアルド様が出奔したのです。他国の女性に一目惚れをして、家を捨てて追い掛けていってしまわれました。侯爵様はショックを受けており、アルド様の廃嫡は免れないのではないか、とのこと。
後に残るはネレイデット侯爵家の後継問題。アルド様が行方をくらませた今、リオン様が侯爵家を継ぐほかないのです。
……となると、婿入りは不可能。
我がヴィルジーネ伯爵家には私以外に子どもがおらず、婿入りできない御方と結婚するわけにはいきません。
幸い私たちはこれまでの婚約期間中も大して交流しておりませんでしたし、仲が良いどころか他人くらいの冷め切った関係。加えてアルド様の件もありますから、周りにも理解が得られる円満な婚約解消が可能なのです。
リオン様をスッパリ切り捨て、婿入りしてくださる殿方を新たに見つけねばなりません。
さあ、さっさと話を済ませて次へ行きましょう!
──ところが。
「断る」
「えっ!?」
まさか反対されるとは思ってもおらず、私は大きな声をあげてしまいました。咄嗟に口を手のひらで覆い隠し、咳払いをして取り繕います。
「あのですね、リオン様。あなた様はいなくなったお兄様の代わりにネレイデット侯爵家の跡取りとなられるのですよ? でしたら、私とはもう……」
「婚約の解消はしない」
「どーしてですの!」
おっと、また声を荒げてしまいましたわ。
わざわざ王都郊外の別邸まで足を運び、まず当事者同士で意思を確認し合うという段取りを踏んだというのに、一体何が不服なのでしょう。
こうなれば仕方ありません。
「でしたら、父を通じて侯爵様にお話しさせていただきますわ」
最初からそうすべきでした。
名ばかりとはいえ婚約していた間柄だと思い、最後に義理を通そうとした私が愚かでしたわ。
席を立ち、応接室の出入り口へと向かいます。
一刻も早く屋敷に戻り、話をつけなくては。
「……残念だ、フラウ嬢」
扉に手を伸ばそうとした瞬間、目の前にリオン様が立ちはだかりました。背の高い彼を見上げ、思わず足が数歩下がります。だって、とても怖い顔で睨みつけられてしまったんですもの。
鳶色の前髪から覗く緑青の瞳に射抜かれ、私はこれ以上動けなくなってしまいました。
「きゃあっ」
なんと、怯んだ隙にリオン様は私の身体を抱き上げ、荷物のように肩に担いだのです。あまりのことに声も発せずにいると、どこかへ運ばれていきました。応接室から出て廊下を進み、階段を登っていきます。
その間、誰ひとりとしてすれ違いませんでした。別邸とはいえ、大きなお屋敷だというのに。
「え、ちょっと、リオン様!」
連れてこられた先は二階にある客室でした。室内にポイッと放り込まれ、無情にも扉は閉ざされ、廊下側から施錠されてしまいました。
「……うそ」
私、フラウ・ヴィルジーネ、十七歳。
なんと婚約者に監禁されてしまいました。
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