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王太子と貸し切り大浴場で入浴しました
しおりを挟むローガン様を連れて階下の大浴場へと向かう。階段を降りると正面に食堂があり、ちょうど夕食時で賑わっていた。そのまま前を通り過ぎて廊下を進み、突き当たりの扉の前に立って振り返る。
「こちらが宿舎の大浴場です。どうぞ」
「うむ」
扉を開けると脱衣所がある。着替えを置き、脱いだ服をかごに入れ、手拭いだけを持って奥の引き戸を開ける。むわっとした熱気に全身を包まれ、一瞬視界が奪われた。ローガン様の手を引き、まずは洗い場へと案内する。
「湯舟に浸かる前に髪と体を洗ってください。備え付けのものがありますが、一応普段お使いの洗髪剤も持参しております」
「せっかくだから、兵士たちと同じものを使わせてもらおう」
「では、こちらをどうぞ」
洗い場の椅子に座らせ、桶に汲んだ湯と洗髪剤を差し出す。私も隣に座り、数年ぶりに兵士用の洗髪剤を使ってみた。香料が一切使われていない、泡立ちもイマイチな品である。これは出費を削っているわけではなく、兵士が無頓着過ぎて誰からも改善要求が出ないからずっと同じものを仕入れているだけなのだが。
果たしてローガン様はどんな反応をするのか。
「ふむ、まあ悪くないな」
意外にも、兵士用の質素な無香料洗髪剤は好評だった。
「いつものやつは匂いがキツいと思わないか? 気になるから、毎回匂いが薄くなるまで湯で洗い流していたのだ」
「でしたら別のものに変えるよう侍女に指示したら良いではないですか」
「そうは言っても、あれを選んだのはミレーナなのだ。もし勝手に変えたと知られたら怒るだろう」
なるほど、妹であるミレーナ様が選んでくれた品だから多少の不満があっても使い続けていたのか。王宮内でこんな話をしたら、侍女からミレーナ様の耳に入る可能性がある。ここは遠く離れた国境の砦。私しかいない場所だからこそ本音を言えたのだろう。
髪と体を洗い終え、湯舟に浸かる。大浴場の浴槽は木製で、十人くらいなら一度に入れるほどの広さがある。並んで肩まで浸かると、ローガン様が天井を見上げて笑った。
「空が見える造りとは、なかなか良いものだな」
「天気の良い時は窓を開けて換気するんです。締め切っていると湯気でなにも見えなくなりますから」
「湯が熱すぎるせいだろう」
「ですね」
風呂の湯は外にある大きな釜で沸かしているのだが、風呂当番の兵士によって温度にかなりバラつきがある。適温にするには水を足さねばならない。
「おまえは長期休みのたびに王都を離れ、こういった場所で過ごしていたのだな」
しばらく熱い湯に耐えていると、ローガン様がぽつりと呟いた。
「他にも色々な場所に行きましたよ。アミル様が連れて行ってくださるところならどこへでも」
「イリスティーン卿とは長い付き合いなのか」
「ええ。貴族学院入学前から気にかけていただいております。私に剣を教えてくれたのはアミル様なんですよ」
高位貴族の跡取り息子など王国軍の兵士からしたら迷惑な存在でしかない。下手に扱えば首が飛ぶ。だが、アミル様は自ら厳しく指導し、分け隔てなく扱ってくださった。おかげで周りが同情して仲間に加えてくれたという経緯がある。
「だからヴァインは強いのだな!」
屈託なく笑うローガン様に、私は口元をゆるめた。
家のことから逃げたい一心で鍛えてきた剣の腕を、ローガン様は必要としてくれている。褒めてくれる。無駄ではなかったのだと思わせてくれる。私がどれだけ救われているか、ローガン様は知っているのだろうか。
「ヴァイン、顔が赤いな」
「ローガン様こそ」
「熱いからな」
「そろそろ上がりますか」
大浴場には二人しかいない。誰も水を足さないものだから湯が熱さを増すばかり。さすがに耐えきれなくなり、私たちは湯舟から出た。
「水をかぶってから出るか」
「風邪をひいてしまいますよ」
「では湯を混ぜるとしよう」
腰に手拭いを巻き、木桶の水に少し湯を足してぬるめ、頭からかぶる。気持ち良さそうに目を細める姿にドキリとした。
体の関係を持ってからというもの、どうもローガン様が可愛らしく見えて仕方がない。私ほどではないが鍛えられていて筋肉質な体をしている。ちゃんと成人男子の体つきをしているのだが、妙に色気を感じてしまう。
宿舎で生活している時、他の兵士の裸を見てもなんとも思わなかったというのに。
「サッパリした。ヴァインも……って、おい!」
手渡された木桶に冷たい水をくみ、勢いよくかぶった。煩悩まみれの己を律するために浴びたのだが、効果は期待できそうにない。
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