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先輩の我が儘に付き合うのは後輩の義務です
しおりを挟む宿舎の二階、ローガン様が使用している客室の隣に個室が並んでいる。そのうちの一つがステイン先輩の部屋だ。
「まあ適当に座れよ」
「はあ」
そう言われても、部屋の中には寝台と窓際に置かれた小さな机と丸椅子しかない。仕方なく、私は丸椅子に、ステイン先輩は寝台に腰を下ろした。
「隊長専用の個室には初めて入りました」
「オレも今年隊長になって初めて入ったんだよ。狭いが、大部屋に比べたら天国だぜ」
「同室のいびきや寝言で起こされずに済むから?」
「その通り!」
ガハハと豪快に笑うステイン先輩。ローガン様の前で見せる態度とは違い、馴染みのある振る舞いを懐かしく感じた。
「オマエ、王太子サマの前じゃ静かなもんだな。昔は扱いづらいガキだったのに猫かぶりやがって」
「あの頃は私も幼かったので……アミル様やステイン先輩たちにはご迷惑をおかけしました」
「若い時は色々あるさ。貴族の坊ちゃんも平民と変わらねえんだなーとは思ったよ」
数年ぶりに二人だけで話をするとなると、やはり腹の探り合いになる。どこまで踏み込むべきか、どこまでなら許されるかを互いに確かめ合う。差し障りのない話題など、共通の知り合いの近況くらいなものだろう。
「そういえば、フィガロ先輩は? 先ほどは見かけませんでしたが、別の場所に配属されたんですか」
世話になった先輩の名前を挙げると、ステイン先輩は急に黙り込んだ。どうやら差し障りがあったらしい。
「フィガロの奴は怪我で辞めたんだ。今は田舎に帰って家業を手伝ってる」
「……そうでしたか」
国境の砦は安全な場所とは言い難い。隣国との境い目は野盗などのならず者集団が行き来する場でもある。我が国で罪を犯した者が他国へ逃亡、またはその逆も然り。巡回を怠れば、ならず者が拠点を構えることもある。国内の治安維持のためにひと役買っている。
任務中に負傷する兵士は珍しくないが、引退するほどの怪我は滅多にない。
「新入りをかばったんだよ。アイツらしいだろ」
「フィガロ先輩ならやりそうです」
「ほんとバカだよな。ま、フィガロに怪我させた奴はブッ潰しておいたけどな」
「目に浮かぶようですね」
懐かしい話をするはずが、妙にしんみりした空気になってしまった。ふと、話の流れで昔のことを思い出した。
「私も数えきれないくらいかばってもらってましたよね。ステイン先輩にも、フィガロ先輩にも」
「当たり前だろ」
「それは私がシュタルク侯爵家の跡取りだからですか」
王国軍でお世話になったばかりの頃、私は自暴自棄になっていた。後先考えずに突っ込んだり、自分の実力を過信して格上の相手に挑んだり。その度に先輩がたが体を張って止めてくれていた。未熟な私が大きな怪我をせずに済んだのは、守ってくれる存在がいたからだ。貴族の嫡男という私の立場を考慮した上での行動だったのではないかと思うこともあった。
私の問いに、ステイン先輩はしばらく真顔で黙り込んだ後、プーッと吹き出した。
「生きるか死ぬかの時に損得勘定なんかできるかよ。目の前で可愛い後輩が危ない目に遭ってたら、誰だって勝手に体が動くもんさ」
ケラケラ笑いながら膝を叩くステイン先輩。目尻から涙がにじむほど笑われてしまい、複雑な気持ちになる。
「……可愛い後輩でしたか? 私。すごく生意気な子どもだったと思うんですけど」
「ああ、クッソ生意気だった。なんべん殴ってやろうかと思ったことか」
「やっぱり」
「殴りたくなるくらい可愛いってことさ。生まれや育ちとか関係ねえよ」
ステイン先輩の言葉は私の心をあたたかくしてくれた。家から離れた場所で、たった一人で生きているつもりでいたが、周りに守られていたのだと改めて実感した。貴族だからではなく、単なる後輩の一人として扱ってもらえたことが嬉しかった。
「久々に話ができて良かったです」
「オレもだよ。元気にやってるようで安心した」
再会直後は少しぎこちなくなってしまった。だが、腹を割って話してみれば、ステイン先輩は当時も今も変わらない頼れる先輩のままだった。
「では、私はそろそろ……」
話したいことはひと通り話した。椅子から立ち上がりかけた時、ステイン先輩の手が私の手首を掴んで止めた。
「まあ待てよ。急いで戻らなくてもいいだろ」
「ですが、ローガン様が」
「王太子サマは先に寝てるんじゃねえか?」
「そうかもしれませんが」
無理やり振りほどく理由はない。再び椅子に座り直した私を見て、ステイン先輩は満足そうに口角を上げた。
「なあ、いいだろ。付き合えよ」
「……困ります」
ステイン先輩は私に顔を寄せ、執拗に誘ってくる。普段は良い人なのだが、こうなると非常に厄介だと思い出した。砦にいた時に何度も誘われ、付き合わされてきた。
「私は明日も仕事なんですよ」
「オレも休みじゃないが、久々に会ったんだ。オマエくらいなんだよ、オレを満足させてくれるのは」
頷かなければ解放しないと言わんばかりに私の手首を掴む手に力がこめられた。抵抗するより従ったほうが後々楽だと体に叩き込まれている。
「……わかりました。では、少しだけ」
「そうこなくちゃな!」
渋々承諾すると、ステイン先輩はパッと笑顔を見せた。そして、寝台の下に手を突っ込んでなにかを取り出した。
「オマエだけなんだよ、この酒が飲める奴は!」
「そりゃそうでしょうよ」
差し出された物は一本の酒瓶だった。ステイン先輩の一番好きな銘柄で、酒精とクセが強いので誰も受け付けない。唯一私だけが普通に飲むことができるので、昔はステイン先輩の晩酌によく付き合わされた。翌日が非番の場合は文字通り浴びるほど飲まされたものだ。おかげで酒に強くなったのだが。
「一杯だけですよ!」
「わかったわかった」
一杯だけと約束したにも関わらず、ステイン先輩はひと瓶空けるまで私を解放してくれなかった。
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