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国境の砦の老朽化は予想以上に酷いものです
しおりを挟む翌朝、身支度と食事を終えてから階下の司令官室に向かう。キッチリした軍服を着込んだアミル様が私たちを出迎えてくれた。
「では、予定通り砦の視察を。案内はアタシが務めさせていただきます」
「感謝する、イリスティーン卿」
「とんでもない。では早速参りましょう」
決まった経路を巡回する班、砦で周囲を警戒する班にわかれ、任務、休息、鍛錬の三交代制となっている。
宿舎横の鍛錬場では各々が素振りをしたり走り込みをしたり手合わせなどをして体を鍛えている。厩舎を覗けば、巡回に出ているからか半数の馬がいなくなっていた。馬の世話も基本的に兵士の仕事だが、定期的に近隣の町から職人が来て馬具の調整などをしてくれる。ちょうどこの日も職人が来ており、鞍や鐙を修理しているところだった。
周辺を見終わった後はいよいよ砦だ。入り口の木製扉は分厚くてかなり重い。蝶つがい部分が錆びているのか歪んでいるのかわからないが、私がいた当時から使いづらかった。先導するアミル様が片手で軽々開閉しているため、その辺りがまったくローガン様に伝わっていない。
石造りの砦は円筒形で、四階+屋上がある。すれ違えないほど狭い階段があり、狭いがゆえに明かりも灯せない。ローガン様は暗がりの階段を苦労して上がり、各階を見て回った。
見張りのための建物のため、窓と兵士が座る椅子くらいしか設備がない。窓にはガラスはなく、容赦なく雨風が入ってくる。水捌けも悪いので、部屋の隅にはカビが生えていた。これも私がいた時から変わらない。
最上階の屋上は見晴らしが良い代わりに吹きっさらしだ。腰の高さの壁があるため落下の危険はないが、天気が悪い時や寒い日はつらい。見張りが常駐しており、私たちが見に行った時も望遠鏡を片手に仕事をしていた。ローガン様は興味深々で、望遠鏡を借りて遠くの景色を見るなどした。
「あれが隣国の砦か」
「よく見えますでしょう?」
「こちらから見えるということは、あちらからも見えるということだな」
「はい。ですから、大きな動きがあればあちらに刺激を与えることになりかねません」
隣国との関係は良好だが、下手に刺激するとどうなるかはわからないという。アミル様が砦の建て直しに消極的な理由はこのせいだろう。国境で大掛かりな工事を行えば、攻め込むための準備かと疑われかねない。現に、国境を挟んで少し離れた場所に隣国の砦がある。急に工事が始まれば何事かと思われるだろう。
「だが、砦の老朽化はなんとかせねばならん」
「内側を補強するだけなら遠くから見ても気付かれません。アタシはそれでいいと思いますけどねェ」
建て替えか補強工事かで議論するローガン様とアミル様の会話を聞きながら、見張りの兵士が死んだ目をして遠くを眺めていた。過酷な環境で心が折れかけているようだ。私もそうだったから気持ちは痛いほど理解できる。
しかし、案内役であるアミル様自身が過酷な環境をものともしない頑強な人間であることが災いし、ローガン様に切迫した状況が伝わりにくくなっている。歴戦の猛者ならともかく新入り兵士にはキツいのだと、どこかでわかっていただかねば。
一応私も砦で任務にあたった経験がある。現役の兵士に代わって要望を述べても問題ないだろう。
「ローガン様。屋上に屋根というか、風除けを設置してはいかがでしょうか。夜は冷えますし、雨や雪の日もありますし」
「ふむ、確かに」
一度見張りに入れば交代まで数時間は居続けねばならない。せめて雨風が凌げればかなり楽になるはずだ。
「簡素な造りではすぐに壊れますよ。以前木製の傘を取り付けたけど、結局強風で飛ばされてしまいましたからねェ」
屋上は地表より風が強い。砦が木造ではなく石で造られている理由は強風対策でもある。重ければ飛ばされる心配はないからだ。そして、石造りのため後から柱を建てる余地がない。地面ならば穴を掘って柱の根元を埋めて動かないようにできるが、石の床には後付けの建造物は置くことしかできない。
「ま、見張りには気の毒だけど、忍耐力を鍛える修行だと思ってもらうしかないかと」
「うーむ、難しい問題だ」
砦の視察はこんな感じで終了した。細々とした修繕箇所はすべて私がメモしている。あとは兵士たちの意見も聞きつつ、最終的な判断はローガン様とアミル様に託すことにした。
宿舎に戻り、アミル様と別れて二階の客室へと戻る。
「どうでしたか、砦に登ってみた感想は」
「なかなか興味深かった。確かに古かったな」
「なんせアミル様と同い年の施設ですからねえ」
本人の前では決して言えない軽口を叩いて笑い合う。
「しかし、老朽化は無視できんな。俺は建造物には詳しくないのだが、雨風にさらされていれば、たとえ石でも劣化するのではないか?」
「石自体は問題なくても、隙間を埋めている漆喰や骨組み部分はまずいと思います」
「せめて途中の階の窓には開閉式の雨戸くらいは取り付けたほうがいいだろうな」
「ええ。ぜひ」
ローガン様は砦の現状をよく理解してくださっている。建て直しか補強工事のどちらに転んだとしても良い方向に進むと思う。
「あとは兵士たちの要望を聞くだけですね。ベリーニ隊長に確認してきましょうか」
私がそう言うと、先ほどまで笑顔だったローガン様が急に表情を硬くした。
なにか気に障ることでもあったのだろうか。
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