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自己中なアタオカ令嬢に襲来されました
しおりを挟む護衛の私兵を引き連れ、意気揚々と宿屋に入り込むディアナ嬢。
「ローガン様ぁ、あなたのディアナが参りましたわよぉ♡ あたくしに会うためにわざわざ遠く離れた領地まで来てくださった癖に逃げ出すなんて。ひさしぶりだから照れてらっしゃるのかしら?」
ギシ、ギシ、と階段を軋ませながら、ディアナ嬢は二階へと上がってきた。宿屋は貸し切り状態で、空き部屋の扉はすべて開け放たれている。二階の廊下の突き当たり、この宿屋で一番上等な部屋の扉だけはキッチリ閉まっている。
「まあ、他の客は一人もいないのね」
念のため私兵に空き部屋も確認させているのだろう。ゆっくり廊下を進みながら、ディアナ嬢はクスクスと楽しげに笑っている。
「うふふふふ。ローガン様の意図が読めましてよ。わざわざこんな寂れた町の宿に泊まるなんて、と思いましたけど、すべてはあたくしのためでしたのね!」
ディアナ嬢の笑い声とヒールが床板を叩く音が廊下に響いている。徐々に近付き、とうとう奥の部屋の前まで辿り着いた。
「あたくしと愛し合うため、人払いをなさってくださったのね! あたくしの屋敷ではお父様や使用人がいますもの。でも、この宿なら誰にも気兼ねはいりませんわ! あの邪魔くさい側近の男や護衛の兵もみな別の宿に追いやって、やっと、やっっと二人きりになれますのね!」
笑い声はとうとう高笑いになり、二階だけでなく宿屋中に反響していた。
「扉を開けなさい」
「はっ」
私兵に命じて扉を開けさせるディアナ嬢。
部屋の中央には扉に背を向けて立つ一人の青年の姿がある。馬で移動していたからか、髪はストールで覆い隠されている。王族を示す模様が細かく刺繍された上衣を羽織っていた。
「ローガン様ぁ!」
ディアナ嬢が駆け寄り、青年の背に抱きついた。これからめくるめく甘い夜が繰り広げられると信じて疑わない彼女は、自分が抱きついている青年の顔を覗き込んだ。
「ひっ!」
「人の顔を見て驚かないでください」
ディアナ嬢がローガン様だと思い込んで抱きしめた青年の正体は私だ。
「ローガン様はどちらですの!?」
「ここにはいらっしゃいませんよ」
ディアナ嬢を誘き寄せるため、髪を隠して借りた上衣を羽織り、王太子だと偽って宿屋を丸ごと貸し切ったのである。もちろん、ローガン様は安全な場所で他の護衛兵に守られながら身を隠している。
この場にいるのは私とディアナ嬢、私兵二人のみ。
「おまえは昔からあたくしの邪魔ばかりして!」
先ほどまでの態度から豹変し、きつく吊り上がった目で私を睨み、怒鳴りつけるディアナ嬢。
黙っていれば美しい令嬢なのだが、言動がおかし過ぎて残念な結果になってしまっている。以前は他に縁談があったらしいが、自分は未来の王妃なのだと言い張って断ったという。最近では誰からも見向きされない完全な行き遅れ物件と化していた。
「そろそろローガン様のことを諦めていただけませんか。これ以上なにかされるようでしたら相応の対処をせねばなりません」
とりあえず説得を試みるが、ディアナ嬢は聞く耳を持たない。癇癪を起こして近くにあった椅子を蹴り飛ばし、その場で床を踏み鳴らし始めた。
「あああああたくしに指し図するつもり? なんて無礼な! あたくしはローガン様の婚約者で未来の王妃になる女よ! アンタなんか不敬罪で牢にぶち込んでやるわ!」
発狂して捲し立てる姿に、彼女が連れてきた私兵二人も困惑の表情を浮かべている。日頃から付き従っていても、ここまでの狂乱状態は初めて見たのだろう。普通に引いている。
私は貴族学院時代に見たことがあるが、久々に見てもやはり引く。このような女がローガン様の隣に立つなど有り得ないし認められないと改めて思う。
「そこの兵、悪いことは言わないから大人しく退け」
一応忠告したのだが、彼らはアヴェリシア侯爵に雇われている身。例えディアナ嬢自身に対する忠義はなくても侯爵家にはある。簡単に裏切るようでは侯爵家の私兵にはなれない。
「なにをしているの! この男を始末して!」
「は、はっ!」
怒り狂ったディアナ嬢に命令され、私兵の二人が腰の剣を鞘から引き抜いた。細身の長剣だ。屋外ならともかく、ここは室内。長い武器を振り回すには向かない場所である。
「さっさと殺しなさい! 早く!」
思うように動けない私兵を叱りつけながら、ディアナ嬢は窓際の机に置かれていた陶器製の水差しを投げつけてきた。私が避けると、水差しは床に叩き付けられ、粉々に砕け散った。
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