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国王陛下のライフはもうゼロです
しおりを挟む自分には次期国王となる資格はない、とローガン様が発言したことで会議室内は静まり返った。
確かに、アヴェリシア侯爵が登場してからひと言も発していない。過去に負わされた心的外傷のせいとはいえ、何年も引き摺っている自分を情けなく思っているのかもしれない。誰も責めてはいないが、婚約者を定めればその令嬢の人生を背負うことになる。この状態では無理だと考えているのだろう。
「殿下、そんなに思い詰めなくても。貴方様が誰よりも国政に関心を持ち、向き合ってくださっていると我らは知っております。次期国王は貴方様しか考えられません」
宰相や私の父である内務大臣シュタルク侯爵が必死になって説得を試みるが、ローガン様は頑として首を縦には振らない。そして、更に自分が次期国王に相応しくない理由を述べ始めた。
「……実は、俺は女性が怖いのだ。身内ならともかく、年頃の令嬢に対しては近付くだけで体が硬直してしまう。こんなザマで婚約などできると思うか?」
数年前、王族の居住区内にあるローガン様の私室にディアナ嬢が侵入したことがあった。彼女はローガン様の寝台で全裸となり、何も知らずに部屋に入ってきたローガン様を襲ったのだという。すぐに警備兵が駆け付けて事なきを得たが、よほど恐ろしい目に遭われたようだ。私は当時王国軍で修行しており、後になって父から事件の話を聞いた。
若い女性に対する恐怖が消えない限り、ローガン様には結婚して世継ぎをもうけるという国王の義務が果たせないのだ。
「……やっぱり死罪にしておくか」
虫も殺せぬ穏やかな表情で国王陛下がぽつりと呟き、宰相が力強く頷いた。
原因となったアヴェリシア侯爵とディアナ嬢がどうなろうと、ローガン様の心の傷がすぐに癒えるということはない。
「とりあえず婚約者云々はまたの機会に話し合うとして、今回はこの辺りで解散致しましょうか」
司会進行役の宰相が場を仕切ろうとしたが、再びローガン様が異議を唱えた。
「いや、せっかく重臣が揃っているのだからこの場で言わせてもらう。俺は王位を継がない。気に食わなければ国外追放にでもしてくれて構わない」
王位継承権第一位である王太子が「継がない」とはっきり宣言した。
「殿下、なぜ結論を急ぐのですか!」
「あと数年経てば気持ちも落ち着くはずです!」
「お考え直しください」
大臣を始めとした重臣たちが引き留めるが、ローガン様の意思は揺らがない。次期国王に期待する周囲の期待と圧力により、ローガン様はずっと悩み苦しんできた。誰よりもそばにいた私にはわかる。
「……あまり言いたくはなかったが仕方ない。みなが納得する理由を言おう」
なにを言われるのか、と一同がごくりと息を飲む。緊張が会議室内に満ちていた。
「俺は……」
ローガン様が発言しようとした口を手で塞ぎ、私はニコリと笑んでみせた。彼に発言させてばかりではいられない。なぜならば、ローガン様が王位継承権を放棄したがる原因は私にあるのだから。
「これ、ヴァイン! 殿下に失礼だぞ」
「すみません父上。ですが、私も無関係というわけではありませんので」
いきなりローガン様に触れた私に対し、怒りを露わにする父。この場には国王陛下もいる。我が子が王太子に対して失礼な態度を取れば叱るのは親の務め。至極当然の話だ。
しかし、私の次の発言を聞いたらそれどころではなくなるはずだ。
「実は、私がローガン様を『女が抱けない体』にしてしまいました。この場を借りてお詫び申し上げます」
父の目が飛び出し、顎が外れんばかりの大きさに開いた。他の重臣たちも似たような顔になっている。
例外はアミル様とステイン先輩だけだ。二人は「あーあ」と肩をすくめている。
「な、なん、なんという不敬……!」
震える声を絞り出すようにして父が呻いた。真実であれ虚偽であれ、王族に対して不敬極まりない発言だと私も自覚している。
だからこそ発言したのだ。
私は断罪されたい。シュタルク侯爵家の跡取りという立場を捨てたいのだ。小さな悪事はすべて揉み消されてきたが、今度ばかりはどうにもなるまい。最悪死罪になるかもしれないが構わない。
そう思っていたのだが。
「ねえ、もう大事な会議は終わったんでしょ? お父様はここにいるのかしら」
緊迫した空気をブチ壊したのはミレーナ殿下だった。貴族学院での授業を終え、その足で王宮の行政区までやって来たらしい。学院の制服姿のまま、会議室の入り口から中を覗き込んでいる。
「み、ミレーナ。どうしたのじゃ」
ヨロヨロとした足取りで国王陛下がミレーナ殿下に歩み寄る。跡取り息子のとんでもない話にショックを受けたせいで目は虚ろだ。気持ちを紛らわせるべく、愛娘のミレーナ殿下の話に耳を傾けた。
しかし。
「あのね、わたし、同じクラスのルイン君とお付き合いすることになったの! 将来結婚しようって話になったから、お父様には教えておこうと思って」
王太子殿下が男に抱かれ、王女殿下に彼氏ができた。国王陛下はその場で膝をつき、崩れ落ちてしまわれた。
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