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「内海さん今日何時に帰ってくる?」
俺の番、年上のΩ。首に保護用チョーカーを付けている。
背は低く、色素という色素が薄く、身体は華奢で、儚い印象を与える人。
が、冷めた目で俺を一瞥してふいと顔を逸らしてそのまま出て行く。
同棲して2ヶ月。態度は変わらない。
俺ははーと大きなため息を吐いた。
上京すると同時に親に引っ張られてしたお見合いで内海透さんに会った。
俺、更科いつき、18歳大学生。内海さん、20歳社会人、らしい。
何の仕事をしているかすら知らない。
会った瞬間、これが運命の番か!と胸が高鳴ったのが分かった。
ローズマリーのような香りがぶわっと彼の首から放たれて、抑制剤を飲んでいたのにくらくらした。
αとΩは本能で惹かれあうのでお見合いの時間も普通のそれよりずっと短い。
ないなと思ったらないからだ。
だからお見合い中に何を話したのかすら覚えていない。
終わった後で俺があの人がいいと両親に言うと、
あれよあれよという間に先方と話がついて同棲が決まったのが3月。
そこから内海さんの口から出た言葉は「好きにすれば」「どっちでもいい」「お前に任せる」。
そして同棲初日、部屋に足を踏み入れて最初に言われた、
「生きる上でのパートナーにするなら構わないがおれはお前に恋愛感情はない。
運命の番とかどうでもいい。性行為もしない。
…それが不満なら同棲は解消だ。他のΩでも探してくれ」
というセリフのみ。
そっけないどころではない。
朝早く出る内海さんを見送るために俺は一応早起きするが、
挨拶すら返されずに冷たい視線だけ寄こされる。
会話すらできないのにどうやって番えと?という疑問も当然ながら
普通に人として無視されるのがきつい。
正直αであるだけでこれまでの人生ちやほやされることが多かったのでこんな経験は初めてだ。
極力優しい声で、笑顔で、自然体で、距離感近すぎずに。
「…年下興味なかったりすんのかなぁ…」
まだ薄暗い部屋で閉じ切った玄関を眺めながらぼやく。
ちょっと前まで高校生だった。ガキだと思われてたら仕方がない。
けれど、俺が彼の匂いに反応したとして、相手も同じとは限らないのだろうか。
そうでなくてもそういう便利な仕組みが俺たちには本能として備わっているはずなのに、
それに逆らってまで嫌なら望みは薄い。
これだけ取りつく島もなければ、うなじを噛むなんて夢のまた夢だろう。
俺は肩を竦めて、家を出る時間までもう一度寝ることにした。
---
一応、夕飯は用意しているが手を付けられたことはない。
深夜に帰って来て、無言で上着を脱ぎ、シャワーを浴びて自室にこもってしまう。
ドアをノックして何度か会話を試みたが完全に無視だ。
非常にきれいな顔立ちをしているものの、無表情だとキツくも見えるのが難点で、
機嫌を損ねているのか、それが常なのか判断がつかない。
親に相談すれば心配をかけるのが目に見えているし、
両家経由で内海さんに圧がかかってこれ以上距離が離れるのは勘弁だった。
そういう話を昼食をとりながら大学の友人たちにぼやいたら、
αの悩みだとやいのやいの言われて呆れた。
「からかうなよ。ほんとに困ってんだって」
「同棲までして勝ち組かと思いきや前途多難ですなぁ」
「会話もしてくれないってよっぽどじゃない? お見合いで変なことしたんじゃないの?」
「それなら同棲の話自体断るでしょ。金もしくは体目当てなんだろ」
「からだ、って…」
「Ωのヒートきついって言うもんな。番がいるだけでもだいぶ楽になるって」
好き勝手言われて俺はますます落ち込んだ。
金目当ても悲しいが、体目当ては余計に悲しい。というか、むなしい。
…けど、そんな感じでもないと思うんだよなぁ。
もっと根本的に拒絶されてるっていうか…。
「好きなごはん作ってあげたら?」
「作っても食わない」
「外でデートする約束とか…」
「仕事以外で部屋から出ない」
「会話だけでもって食い下がってみて…」
「挨拶の時点でシャットアウトされてるのにそれより先があるわけがない…」
うーん、と全員が唸った後、
「諦めたら?」
と口をそろえて言われて、それでもあきらめたくないんだよと肩を落とした。
俺の本能が、この人がいいと暴れているから。
部屋の電気がついているうちは内海さんは帰って来ない。
翌日も早く出るのにほとんど寝られないのはかわいそうなので
俺はなるべく早く消灯することにしていた。
恐らく声をかけても嫌がるのは目に見えている。
これまではただでさえ無の好感度をマイナスに振り切らないようにおとなしくしていたが
一緒に暮らしている以上会話をしなければいけないことはある。
ガチャとドアが開く音を聞いて、起きていた俺はベッドから抜け出し、
そっと自室のドアを開けた。
「おかえり」
ガタッと暗闇で影が動いて、玄関扉に体を打ち付けた音がした。
「お、驚かせてごめん。ちょっとだけ話がしたいんだけど…」
息を詰めたような気配がする。
向こうもびっくりしただろうが、俺だって心臓がバクバクいっている。
「…別れ話か? そうでないなら話すことはなにもない」
「別れ話じゃないけど、あの、この状況さ、あんまよくないって内海さんも思ってるでしょ?
俺と顔合わせないように朝早く出て、夜遅く帰って来て。
ごはんとか洗濯とかも外で済ませてるみたいだけど普通に大変じゃない?
もう少し負担を減らせるように折り合いをつけたいなと思って…」
「なんでそこまできて別れ話にならないんだよ。おれを囲い込みたいわけ」
鼻で嗤われて違うよと極力穏やかな声で返す。
「内海さんになにか事情があって、同棲の話を引き受けてくれたことは察してる。
だから俺がいることで多少なりともそっちにメリットがあるならそれでいい」
「事情、ねえ。お前にデメリットしかないのに、おれの事情を汲む理由がないな」
「理由はあるよ。俺は内海さんを運命の番だと思ってるから、別れたくない」
そう言うと、内海さんは舌打ちした。
そして小さく吐き捨てる。
「匂いだけで決めやがって。気持ちわりい」
Ωについて調べていると、やはりその特性上、自身やαの「本能」を嫌う者も多いという。
それはそうだ。そこに意志はなにもない。
無意識のうちに、よくわからないうちに、脳みそを溶かされて身を捧げてしまう。
「見るからに苦労も知らなさそうなボンボン。おれはお前みたいなやつ嫌いだね」
「内海さん」
「…1ヶ月したらおれからここを出てく。それまでせいぜい関わってくるなよな」
そう言って彼は自室に入っていった。
しばらく待ったが物音がするくらいでもう一度出てくる気配はない。
俺は息をついて、一か月、と口の中で唱え、眠れないベッドに戻った。
俺の番、年上のΩ。首に保護用チョーカーを付けている。
背は低く、色素という色素が薄く、身体は華奢で、儚い印象を与える人。
が、冷めた目で俺を一瞥してふいと顔を逸らしてそのまま出て行く。
同棲して2ヶ月。態度は変わらない。
俺ははーと大きなため息を吐いた。
上京すると同時に親に引っ張られてしたお見合いで内海透さんに会った。
俺、更科いつき、18歳大学生。内海さん、20歳社会人、らしい。
何の仕事をしているかすら知らない。
会った瞬間、これが運命の番か!と胸が高鳴ったのが分かった。
ローズマリーのような香りがぶわっと彼の首から放たれて、抑制剤を飲んでいたのにくらくらした。
αとΩは本能で惹かれあうのでお見合いの時間も普通のそれよりずっと短い。
ないなと思ったらないからだ。
だからお見合い中に何を話したのかすら覚えていない。
終わった後で俺があの人がいいと両親に言うと、
あれよあれよという間に先方と話がついて同棲が決まったのが3月。
そこから内海さんの口から出た言葉は「好きにすれば」「どっちでもいい」「お前に任せる」。
そして同棲初日、部屋に足を踏み入れて最初に言われた、
「生きる上でのパートナーにするなら構わないがおれはお前に恋愛感情はない。
運命の番とかどうでもいい。性行為もしない。
…それが不満なら同棲は解消だ。他のΩでも探してくれ」
というセリフのみ。
そっけないどころではない。
朝早く出る内海さんを見送るために俺は一応早起きするが、
挨拶すら返されずに冷たい視線だけ寄こされる。
会話すらできないのにどうやって番えと?という疑問も当然ながら
普通に人として無視されるのがきつい。
正直αであるだけでこれまでの人生ちやほやされることが多かったのでこんな経験は初めてだ。
極力優しい声で、笑顔で、自然体で、距離感近すぎずに。
「…年下興味なかったりすんのかなぁ…」
まだ薄暗い部屋で閉じ切った玄関を眺めながらぼやく。
ちょっと前まで高校生だった。ガキだと思われてたら仕方がない。
けれど、俺が彼の匂いに反応したとして、相手も同じとは限らないのだろうか。
そうでなくてもそういう便利な仕組みが俺たちには本能として備わっているはずなのに、
それに逆らってまで嫌なら望みは薄い。
これだけ取りつく島もなければ、うなじを噛むなんて夢のまた夢だろう。
俺は肩を竦めて、家を出る時間までもう一度寝ることにした。
---
一応、夕飯は用意しているが手を付けられたことはない。
深夜に帰って来て、無言で上着を脱ぎ、シャワーを浴びて自室にこもってしまう。
ドアをノックして何度か会話を試みたが完全に無視だ。
非常にきれいな顔立ちをしているものの、無表情だとキツくも見えるのが難点で、
機嫌を損ねているのか、それが常なのか判断がつかない。
親に相談すれば心配をかけるのが目に見えているし、
両家経由で内海さんに圧がかかってこれ以上距離が離れるのは勘弁だった。
そういう話を昼食をとりながら大学の友人たちにぼやいたら、
αの悩みだとやいのやいの言われて呆れた。
「からかうなよ。ほんとに困ってんだって」
「同棲までして勝ち組かと思いきや前途多難ですなぁ」
「会話もしてくれないってよっぽどじゃない? お見合いで変なことしたんじゃないの?」
「それなら同棲の話自体断るでしょ。金もしくは体目当てなんだろ」
「からだ、って…」
「Ωのヒートきついって言うもんな。番がいるだけでもだいぶ楽になるって」
好き勝手言われて俺はますます落ち込んだ。
金目当ても悲しいが、体目当ては余計に悲しい。というか、むなしい。
…けど、そんな感じでもないと思うんだよなぁ。
もっと根本的に拒絶されてるっていうか…。
「好きなごはん作ってあげたら?」
「作っても食わない」
「外でデートする約束とか…」
「仕事以外で部屋から出ない」
「会話だけでもって食い下がってみて…」
「挨拶の時点でシャットアウトされてるのにそれより先があるわけがない…」
うーん、と全員が唸った後、
「諦めたら?」
と口をそろえて言われて、それでもあきらめたくないんだよと肩を落とした。
俺の本能が、この人がいいと暴れているから。
部屋の電気がついているうちは内海さんは帰って来ない。
翌日も早く出るのにほとんど寝られないのはかわいそうなので
俺はなるべく早く消灯することにしていた。
恐らく声をかけても嫌がるのは目に見えている。
これまではただでさえ無の好感度をマイナスに振り切らないようにおとなしくしていたが
一緒に暮らしている以上会話をしなければいけないことはある。
ガチャとドアが開く音を聞いて、起きていた俺はベッドから抜け出し、
そっと自室のドアを開けた。
「おかえり」
ガタッと暗闇で影が動いて、玄関扉に体を打ち付けた音がした。
「お、驚かせてごめん。ちょっとだけ話がしたいんだけど…」
息を詰めたような気配がする。
向こうもびっくりしただろうが、俺だって心臓がバクバクいっている。
「…別れ話か? そうでないなら話すことはなにもない」
「別れ話じゃないけど、あの、この状況さ、あんまよくないって内海さんも思ってるでしょ?
俺と顔合わせないように朝早く出て、夜遅く帰って来て。
ごはんとか洗濯とかも外で済ませてるみたいだけど普通に大変じゃない?
もう少し負担を減らせるように折り合いをつけたいなと思って…」
「なんでそこまできて別れ話にならないんだよ。おれを囲い込みたいわけ」
鼻で嗤われて違うよと極力穏やかな声で返す。
「内海さんになにか事情があって、同棲の話を引き受けてくれたことは察してる。
だから俺がいることで多少なりともそっちにメリットがあるならそれでいい」
「事情、ねえ。お前にデメリットしかないのに、おれの事情を汲む理由がないな」
「理由はあるよ。俺は内海さんを運命の番だと思ってるから、別れたくない」
そう言うと、内海さんは舌打ちした。
そして小さく吐き捨てる。
「匂いだけで決めやがって。気持ちわりい」
Ωについて調べていると、やはりその特性上、自身やαの「本能」を嫌う者も多いという。
それはそうだ。そこに意志はなにもない。
無意識のうちに、よくわからないうちに、脳みそを溶かされて身を捧げてしまう。
「見るからに苦労も知らなさそうなボンボン。おれはお前みたいなやつ嫌いだね」
「内海さん」
「…1ヶ月したらおれからここを出てく。それまでせいぜい関わってくるなよな」
そう言って彼は自室に入っていった。
しばらく待ったが物音がするくらいでもう一度出てくる気配はない。
俺は息をついて、一か月、と口の中で唱え、眠れないベッドに戻った。
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