ローズマリーと犬

無名

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Side I 8

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身体が泥のように重い。
動けない。喉が渇く。足りない。


平日、いつもならとっくに起きている時間だ。
今日も大学はある。起きなければ。
透さんは料理をしない。
これまでキッチンのある環境で暮らしていないからそれはそうだ。
食事をどうしていたのかと聞けばスーパーで適当におにぎりとかパンとか…と言っていて
栄養面で不安を覚え、なるべくバランスのいい食事を作るよう心掛けていたかいもあり、
最近は心配なほど細かった体が少し柔らかくなってきていた。
それを見て私が育てました!とまた気持ち悪がられそうなことを思う。
口にしなければいいのだ。伝わらなければないのと同じだから。
…ああ、それで、なんだっけ。そう、朝ごはんを、彼のために作らなければ。

真綿で喉を絞められるようなじわじわとした苦しみが続いている。
日が経つほどにどころではなく、時間を経ることにひどくなっている。


コンコンと控えめにドアがノックされた。
ローズマリーの強い匂いがする。
俺たちの部屋にはそれぞれ鍵がついていて、
最近は自室に籠るときは必ず内側から施錠するようにしていた。
だからもしノブをひねられたとしてもこの部屋に彼は入れない。


「いつき、起きてるか? 今日大学あるんじゃねぇの。遅刻するぞ」


もぞりとスマホを見ると、あと30分で家を出る時間だ。
今支度をすれば通常通りに家を出られるだろう。


「いつき」
「…ちょっと、具合悪くて。クーラーで風邪ひいたかも。今日は寝てるよ。
 ありがとう、透さん」


声は震えていないだろうか。
変に帯びた熱を見抜かれていないだろうか。
酸素の足りない頭で考えるが、透さんは気にした様子もなく、
そうかゆっくり休めよと言ってさらりとそこから離れたようだった。
足音が遠ざかるのがわかった。
熱い息を吐いて、俺は枕元にあったペットボトルと抑制剤をたぐりよせる。

だめかも、と思った。

このままだと、俺は壊れる。
俺が壊れるだけならまだしも酷い手の出し方をしてしまうかもしれない。
なんとかして、彼に出て行ってもらおうと思った。
気が引けるけど、うちの親に相談したら人づてにいい物件を紹介してもらえると思う。
それでなんとか…。

透さんが仕事に行く。玄関のドアの閉まる音。
以前はこの音が酷く気持ちを落ち込ませたものだったが、
今はああこれで手を出さずに済むと思う安心材料になっていた。
人の心は変わるというものだが異常な急展開だと思った。
俺は自室の鍵を開けて、リビングへと続く廊下をぺたぺたと歩いた。
熱い。冷たいものが飲みたい。

ふと、それに気づいて足を止める。
炊飯器が動いてる。おかゆモードで。
ダイニングテーブルの上には俺の茶碗と箸としゃもじが置いてあって、
俺はそれを見てへなへなと足の力が抜けた。


──早く、手放そう。俺なんかの傍にいていいわけがない。


あの人が独りで生きて、或いはだれかほかのαと番になって幸せになるかはわからないが、
少なくとも俺と一緒にいるよりはいい。

目頭が熱くなる。鼻の奥がつんとする。
俺は自室に戻ってスマホを手に取り、父親に電話をした。
Ωが住めるアパートはないかと聞くために。
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