Treasure of life

月那

文字の大きさ
上 下
28 / 101
【2】Malachite

11

しおりを挟む
「釣れたよ」
 特別講義の後、視聴覚室を出た瞬間背後からそんな声がかかり、翔が振り向いた。
「なる。イイコだね」

 頭に血が上る。
 けれど、彬の何も裏のない風を装った自然な声に、ぐっとそれを抑え込む。
 彬の空気に、飲まれてたまるか、という気持ちで。
「……ああ、イイコだよ。だから、何?」
 あえて、自然に、返す。

 冷静に、冷静に。そんな呪文を頭の中で唱えながら。

「俺ん名前出してしょーさんに話しかけてみ、だって」
 ちょっと高めの鼻にかかった声。
 そんな、成親の声マネなんてするから、どうしようもなく腹が熱くなる。
 ぎり、と奥歯を噛みしめた。
 絶対に、ノらない。ノるもんか!

「なる、ヒマなんだって。今度、一緒に遊ぼって約束しちゃったよ」
 くふくふと、成親がふざけて甘く笑う様子、までマネするから。
「……っおまえ、顔、貸せ」
 つい、言ってしまう。

 大丈夫、話をするだけだ。
 冷静に、成親が自分のモノだと、話して聞かせてやる、と。
 翔の低い声に、彬は「いいよ、いくらでも」とさらりと答えた。

 連れ立って新校舎を出る。
 口は、開かないけど。
 翔は頭の中で、どうやって彬を成親から遠ざけるかだけ考えていた。

「しょおくん、俺んちくる?」
 なのに、彬が軽い口調でそんなことを言うから。
「は?」
「ウチでなるのこと、いっくらでもノロケたら? 俺んち、ガッコから近いし。この時間なら誰もいないからゆっくり話せるよ?」
「ふざけてろ。敵のホームにのこのこ出向くばかがいるかよ?」
「家だけに? うまいことゆーねえ」

 完全に、年下のこの男の掌中にいるのが、気に入らない。

「しょおくん、そんなに俺のこと気に入らない?」
「ああ、気に入らないね」
「じゃあ、しょおくん。なるより先に、仲良くなろうよ、俺たちが」
 本当にふざけたことを言うから、翔は彬の目を見た。

「おまえ、何? 友達が欲しいわけ?」
「しょおくん、なるとおんなじこと、言うねえ」
「はあ?」
「友達なら、欲しいよ。しょおくんみたいに可愛いお友達」

 何が言いたいか、さっぱりわからなくて眉根を寄せる。
 もう、彬といたらしかめっ面しかできない。

「このガッコの連中、基本的につまんねーんだよ」
 目を逸らした彬が、そう言って。
「なんだか知んねーけど、わけのわかんねー特権階級なんかがあっから。めんどくさくてしょーがねえ」

 不思議な感覚だった。
 今まで散々聴いてきたきた彬の声と、色が違ったから。

「だからさ。なるっていいじゃん」
「やめろ」
「なるがダメなんだったら、しょおくんが俺のオトモダチになってよ」
 初めて“年下”みたいな声を、聴いたような気がして。

「俺が……俺がいれば、なるには近付かない……のか?」
 彬の腕を掴んで、正面からその目を見た。
 人を煽るだけ煽っておいて、喧嘩腰でしか見せなかった彬の目の奥に、一筋の翳りが見えたから。

「なるじゃ、なくても」
「そうだね。誰でもいいわけじゃない。なると引き換えなら、しょおくんが欲しいね」
 なるじゃなくても誰だっていいじゃないか、と言いたかったけれど。
 翔の“成親”が、どれだけ他の誰の代わりにもならないくらい魅力的なのかを、他の誰でもない自分が、自分こそが知っているから。
 彬がその魅力に気付いているとすれば、きっと彬にとっても、他の誰も成親の代わりにはなれない。

「……なるに、近付かないと、約束できるか?」
 言うと、彬はニヤリとまた悪い顔をした。

「それは条件次第だね」
「条件?」
 耳元に顔を寄せてきた。

「しょおくんのこと、抱かせてよ」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

弱みを握られた僕が、毎日女装して男に奉仕する話

BL / 完結 24h.ポイント:965pt お気に入り:10

破れた恋の行き先は

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:129

復讐のために生贄になった筈が、獣人王に狂愛された

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:319

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:234

処理中です...