Treasure of life

月那

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【3】Astrophyllite

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 近くにいた三年生男子に声を掛けると、訝しげに眉根を寄せられた。
「……ちょっと、待ってろ」

 そんなにおかしいかな、自分がここにいるのは、と翔が不思議に感じる。
 ネクタイさえ外しているから、翔が二年であることもわからないハズなのに、まるで“なんでヨソの二年がここにいるんだ?”と具体的に訝っているようで。

「おーい、皇。楠本がなんか、呼んでるぞ」

 当たり前に名指しされ、驚く。
 え? なんで? カッターシャツに名前なんか、書いてねーぞ?
 しかも二年だとナめられないよう、努めて堂々としていたつもりなのに。

「うわ、まじか。すげーな……」
 言いながら近づいてきたのは、色黒でガタイのいい男で。
 自分と身長こそ殆ど変わらないが、恐らく筋肉のせいで体重はきっと多いだろうと思った。
 まるで彬とは印象が違うけれど、並ぶときっとうまく収まるのだろうと思えるのは、その顔が何故か優しそうな雰囲気でしかも整っているせい。

 ふにゃふにゃと笑いながら、
「楠本翔。俺に、何か用?」
 きっちりつるっとフルネームで呼ばれて、まじまじと皇を見た。

「なんで俺の名前、知ってんの?」
「うっわ。天然だ」
「はあ?」
「このガッコで、おまえの名前知らないヤツなんかいねーよ、ばーか」
 よりにもよって、ばか、なんて言われてムっとする。

「ま、いいや。可愛いから許しちゃるよ。で、何? わざわざこんなトコまで来て」
「……俺、んな有名なの?」
 愕然として問うと、皇はけらけら笑い始めた。
「生徒会やってて、何ゆっちゃってんのかね? ほんと、可愛いなー翔って」
 言われて。そう言えば彬も、生徒会だから知っていると言ってたことを思い出した。

 この学校、生徒会なんてお飾りみたいなものだから、会長こそいろんなイベントに噛んで忙しく活動しているが、他の役員なんてその手伝いをしているだけなので、翔としては自分が校内に知れ渡っている自覚なんて全然ない。

「まあ、いいや。佐伯皇。俺はあんたに川添彬についていろいろ聞きたいんだ」
「皇でいいよ。あー……彬について、ね。別に何でも話してやるけどさ。ただ俺、この後バイト入ってんだわ」
 バイト。
 確かに、そうだな、と納得する。
 工業科で部活をしていない者はほぼ百パーバイトしているから。

「あー。そっか、そりゃ邪魔、できねーな」
「夜、遅くてもいいなら、全然いいけど?」
「何時?」
「十時まで。優等生くんはもう寝る時間?」
 ニヤりと嗤って言われ、
「あいにく、優等生くんは勉強してるんでね」
 同じように嗤って返した。
「じゃ、ライン教えろよ。連絡すっから」

「……ま、いっか」ちょっとだけ逡巡するけれど、連絡手段は必要で。
「電話番号とどっちがいんだよ」
「どっちでもいいよ。てか、ラインでいいよ」

 喋りながらスマホでライン交換して。
 でも全然イヤじゃなかった。
 不思議と話しやすい。
 工業科の人間と接触することなんて殆どないが、いつだって遠巻きに見られ、逃げられ、確実に一歩引いているのがわかるから、翔としてもそれが当たり前だと思っていて。
 なのに、皇は普通に話しているし、自分に対して軽くふざけてくるから、それがなんだか心地よかった。

 彬と仲がいいからか、とふと気づく。
 “特選科”にしては、彬や自分は恐らく異質なのだろうことはわかっている。
 でもそれは親しくならないとわからないことで。
 きっと皇は、彬と深い繋がりがある、と翔は確信していた。

「じゃ、バイト終わったら連絡する」
 皇以外の者は皆、完全に自分から遠ざかっていたけれど、皇がそう言って手を振り、自分から離れて行くと彼には人が集まっているようだった。

 もう用が終わったから、と、とっとと工業科を後にして。
 皇の人間性。に感じたのは。
 噂では、結構ヤバい連中と付き合いがあり、タバコや飲酒は普通に嗜んでいると聞いた。
 それだけでも“優等生”な翔にしてみれば“不良”じゃないか、と思ったけれど、今話をしてみた相手からはそんな素行の悪さなんて全然感じなくて。

 偏見も混じっていたのかもしれない、と翔は反省する。
 工業科だから、と、ある種のフィルターをかけた状態で話をする人間がいるから、そこには悪意が入る。
 でも翔としてはできる限り偏見なんて持ちたくないと思ってる。
 だって自分こそが“特選科”というフィルターで偏見を受けているのだから。
 それを不快に感じているからこそ、他人に“フィルター”をかけたくなくて。

 でも。
 特選科特有の上下関係をほぼ無視している態度は、ある程度先輩後輩を重んじる体育会系の人間にしてみればきっと不快なのだろうと。
 今日、三年に対して挑むような態度でいた自分を反省する。
 それこそが“特選科”の偏見を助長しているのだろうから。

 結局遅刻して補講の教室にそっと入りながら、翔は勉強じゃないけれど一つ学習したのだと今日の体験を振り返っていた。
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