Sugar and salt

月那

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Sugar and salt

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「あたし、しつこい男って嫌いよ」
 甲高い声。
かなり興奮していると思われる妹のそんな台詞に迎えられ、ただいまと言いかけた時田稔ときたみのるは少しだじろいだ。
 電話に夢中になっている妹には敢えて声を掛けず、冷房の程良く利いたリビングルームを通り抜け、続くダイニングを越えてキッチンへ。
冷蔵庫から冷たい麦茶をグラスに注ぎ、再びリビングへと戻る。
ジャケットをソファの背もたれにばさりと掛けて座り、一息吐くと漸く妹が稔の存在に気付いたみたいで。
カップボードの前に座り込んでお喋りを続けていた彼女はこっちを振り返ると、
「じゃあ、また明日学校でね」
とにこやかに言って電話を切った。
「おかえり」
「ただいま」
 夕刊を広げていた稔の向かい側にちょこんと腰掛けて、彼女が微笑む。
「着替えないの?」
「これ読んだら風呂入ってくる」
 言ってネクタイを緩めた。
もう日は沈んでいたが、七月の暑気は時間を問わずそれを空気に残しており、シャツはかなり汗まみれだ。
クールビズが謳われる昨今ではあるが、本社会議となるとそうも言ってられないわけで。
自動車通勤とは言えそこは真夏。
冷房の効果はそこまで期待できない。
「美穂ちゃん?」
「うん」
 夕刊には軽く目を通すだけ。
どうせ大した記事はない。最近はいつもそうだ。
政治家と金融機関の癒着や、政府のその不始末。
つまらないそれから目を離し、かわいい妹へと意識を移す。
「なかなか、激しいこと言ってたね」
「やだ、聴いてたの?」
「聞こえてきたの。有美の声は高いからね。玄関先でも十分聞こえてきたよ」
 少し脹れた有美に笑って見せる。
妹に甘い自分はちゃんと自覚しているつもりだ。
天然がかったゆるいウエーブの髪は色素が薄くやや茶色をしていて、かわいらしい造作をした顔を綺麗に縁取っている。
左右の髪を三つ編みにして後ろで白いリボンを結わえるという、稔からしてみればえらく手の込んでいると思われる髪型も、腰までの長いそれに丁度良いアクセントとなっていて、身内の贔屓目を差し引いても十分に美少女と言えるだろう。
そんなかわいい彼女を甘やかさないでいられる男がいるなら教えて欲しいくらいである。
「この間ね、クラスの男子に告白されたの。でも有美はタイプじゃないし、ただ、クラスメイトだからそれって友達でしょ? うまくやっていかないと嫌な子のイメージ付いちゃうし、そんなの有美やだし、お友達として、って断ったのよ」
 どうやら、友人に話しただけでは足りないらしく、水を向けると立板の上を水が流れるように有美が語る。
「したらね、そんなの嫌だって言うの。もう、何度も何度も言ってるのに、聞いてくれないし。で、何かっていうと有美の側にいたがるの。ちょっとウザいよねー、って美穂と話してんだけど、全然気付かないし。あったまきちゃう。なんかさ、だんだん嫌いって感情まで湧いてくるってゆーか、生理的嫌悪ってヤツ? そんなのまで感じ始めちゃったわけなの」
 八つ当たりするかのように手に持ったクッションをぎゅっと絞りながら言う。
「……ったく、最近の小学生は」
 稔は大きくため息を吐きながら呟いた。
「何よ、有美もう六年生よ。十分大人なの」
 少なくとも俺が小学生の頃は、こんな台詞なんて吐いちゃーいなかったはずだ。
 とはいえ。 
こんなに生意気な彼女を、それでも愛おしく思っているのは確かなのではあるが。
「純粋なのは男の方だよなあ」
「は? 何か言った?」
「いいえ、何も。で? その彼にははっきり言ったの? あなたなんて嫌いよって」
「やーね、そんなわけいかないって。世の中そんなに簡単に片なんて付かないんだから」
 何故に小学生にそんなことを言われねばならないのだろうか。
この口調、恐らく母親仕込みであろう。
何といっても家庭と仕事を両立させると意気込んで、有美が小学校に入った途端、かつて努めていたフラワーアレンジメントの教室へと通い始め、今ではその道では名の通る教師となっている女性である。
有美の血は完全に彼女から受け継がれたものだろう。
「はっきりそんなこと言っちゃったら、クラスでのあたしの立場なくなっちゃう。ただでさえあたしはかわいいから女の子の反感買いやすいんだよ。男子にモテるってゆーの、今のあたしには苦痛でしかないんだから」
 それを自分で言うか? 思わず頭を抱え込みそうになったが、これ以上聞いていても怖くなるだけだと考え、はいはいと適当にあしらうと、
「俺風呂入ってくるわ」
 その場を退散したのだった。
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