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21 部屋を移せ?

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 いつも通りシャツを着てズボンを履くとようやく人心地ついた。まだイグニスがじっと見ているので、髪のリボンは彼に結んでもらう。但し、「編み込みはやめてください」と最初に注意した上で。

 朝食をとりながら、向かい側の席でイグニスが言う。

「城に戻ったら、おまえの私物は俺の部屋に移せ。俺の私室は二間つづきになっているから、小さいほうの部屋をおまえが使えばいい」

「えっ……そこまでしないといけませんか?」

「俺の部屋は浴室と繋がっている。おまえが風呂に入っているあいだ見張ってやれるし、俺のトレーニングにもなるからな」

(トレーニングって……女嫌いを治すための?)

 しかし入浴が楽になるのは助かるので、ルルシェは「分かりました」と返事をした。

 今日はどうするのかと予定を聞くと、イグニスは「やりたい事は済んだから城に戻る」と言う。やりたい事というのはもしかして、ルルシェの秘密を暴くことだったんだろうか。

 どうして秘密に気づいたのか、なにか失敗でもしていたのかと気になり、ルルシェはシャテーニュに乗りながら王子に話しかけた。

「どうして殿下は僕が女だと気づいたんですか? 僕、なにかヘマでもしたんでしょうか……」

 イグニスだけでなく他の者でも気づくような失敗をしていたら、もう公爵の城に戻るわけにはいかない。いくらイグニスが守ると言ってくれても、他の人間にまで知れ渡ってしまえば隠し通すのは無理だ。
 だがルルシェの不安をよそに、イグニスはにやっと笑いながら答える。

「アリエルの墓参りに行ったとき、おまえが“お兄ちゃん”と呟くのを偶然耳にしたんだ」

「えっ? でもあの時、周りに誰もいなかったと思うんですけど……」

「俺はくすのきに登って隠れていたから見えなかったんだろう。あのひと言がなければ、恐らく一生気づかなかった。安心しろ、他の者はおまえが女だとは思っていない……おまえ、その辺の男よりも強いからな」

「褒めていただき光栄です」

 楠に隠れていたというのは気に食わないが、自分は特に失敗をしていたわけではなかったのだ。ルルシェは胸を撫で下ろし、山道を抜けて速度を上げたイグニスの後を追った。

 途中で文官が用意してくれた昼食をとり、再び二頭の馬で城を目指す。夕方にようやくイグニスの城に到着した。

 城の入り口では侍従たちが並んでイグニスを待っており、疲れたでしょうと言って温かいお茶を用意してくれた。ルルシェもお茶を頂こうと思ったのに、王子は「早く部屋を移せ」とにべも無い。

(殿下の意地悪。同じ部屋になるなら、寝ている間に顔に落書きでもしてやろうかな)

 ルルシェは心中で王子さまの顔に落書きしながら、自分の荷物を移動させた。専用コルセットだけは絶対に見られたくないので、布でくるんで城の廊下を進む。ルルシェの私物は服と数冊の本、そして剣ぐらいだったので荷物は少なかった。

 城の二階にある城主の部屋に行くと、イグニスの命を受けた侍従たちがルルシェ用の寝台を運んでくれていた。礼を伝えて荷物の整理にとりかかる。

 城主の部屋は扉が二重になっており、廊下に出るには二つのドアを通る必要がある。防犯のためなのだろうけど、一つ目のドアが開閉する音で誰かが来たと分かるのは非常に便利だ。特に、ルルシェのような秘密をかかえる者にとっては。

(殿下と同室なのは抵抗があるけど、この部屋はなかなかいいかも)

 自分を納得させ、城主が使っているだだっ広い部屋に入る。がらんとした室内にはあまり家具がなく、中央に置かれた大きな寝台だけが存在を主張していた。イグニスらしい部屋だ。

 寝台の奥のドアは開いていて、ちらりと覗くと浴室だった。風呂から出たらすぐ自分の部屋だなんて、本当に贅沢だ。さすが王子さま。

 浴室のほかにもう一つドアがあり、そこがルルシェ用の部屋らしい。しかし鍵は付いていない。ルルシェは少しガッカリしながら扉を開け、自分の部屋になった場所へ入った。

(どこが小さい部屋なの。すっごく広いんですけど)

 イグニスは「小さいほうの部屋」などと言っていたが、どこが小さいというのか。ルルシェが今まで使っていた部屋の数倍は広い。王子の認識はおかしいと思う。

 大きな衣装棚があったけれど、荷物が少ないからいちばん下の段だけで間に合った。しかもスカスカだ。この巨大な衣装棚の隙間をなくすにはどれだけの服が必要になるのだろう……五人ぐらいで一緒に使えばいいかもしれない。

「ルルシェ卿、晩餐ですよ」

「あっ、はい」

 侍従の一人が呼びに来てくれた。ルルシェは彼と一緒に城の廊下を進む。

「やはりルルシェ卿が殿下の側近で本決まりですね。部屋まで移されたのですし」

「えっ? ええ……そう、ですね……?」

(なにそれ、そんな風に思われてんの?)

 動揺しているルルシェに彼は言葉を続ける。

「殿下の剣に――いえ、仕事ぶりについて行けるのはあなただけです。これからもよろしくお願いします」

「は、はあ。頑張り、ます……」

(ああ、やっぱり殿下とやる剣の鍛錬は皆いやなんだな)

 確かにあの馬鹿力で毎朝ガンガン打ち込まれるのは寿命が縮むような恐怖である。いっそ、騎士と合同で訓練したらいいのにとルルシェも思っているのだが。

(本決まりなんて冗談じゃない。周りの人がどれだけ誤解しようと、僕はいつか必ずスタレートンに戻ってみせる!)

 ルルシェは決意を新たにし、きりりとした表情で晩餐の席に着いた。周囲の者にはまるで「側近として生きていく」という意思を固めたように見え、だからこそルルシェが女性だと気づく者は誰もいなかった。
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