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毎日来る新人、狙いが不自然
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午後三時を少し回ったころ、阿波座凛は一息つくようにして眼鏡を外した。
書類の束を手元で揃えながら、視線を落とす。
ぴたりと並べられた精算報告書と、それに添付された領収書の数々。
提出者の署名を目で追った瞬間、ふいに言葉が漏れた。
「……また来たのか」
声に出すつもりではなかった。
だが、すぐ隣の席にいた今里が、敏感に反応する。
「え、またって?」
凛は言葉を濁すように、ファイルを静かに閉じた。
書類の左上に貼られていた付箋には、くっきりとした字で“谷町”の名前。
今週だけで、これで四回目だった。
しかも、書類の不備はもうほとんどない。
むしろ最近の申請は正確で、指摘すべき箇所も少ない。
にもかかわらず、彼は毎日のように、決まった時間に、同じような書類と差し入れを持って経理カウンターに現れる。
今日もまた、遠目から見てもわかる軽やかな足取りで、光は経理部のフロアに入ってきた。
シャツの第一ボタンを外し、ネクタイはゆるく下げている。
手にはクリアファイルと、紙袋がひとつ。
「こんにちはー。阿波座チーフ、ちょっとお時間いいですか?」
明るい声。くしゃっとした笑顔。
それらはすべて、何度も見慣れたものだったはずなのに、今日の凛の目にはどこか“計算された自然さ”のように映った。
「……提出書類?」
「はい、精算です。あと、これ。新商品のプリン、差し入れです」
光は紙袋から小さなパックを取り出すと、丁寧に保冷バッグごと凛の前に置いた。
中には、ガラス容器に入ったベリーソース付きのミルクプリンが二つ。
「凛さん、甘いのいけましたよね?」
「……問題ありませんが。なぜ、これを?」
「なんとなく、です」
光は肩をすくめて笑った。
その笑顔に嘘はなかったが、それでも凛は、心の奥に引っかかるものを感じていた。
タイミングが合いすぎている。
部内で比較的手が空く時間帯。凛がカウンターに顔を出す確率の高い曜日。
提出物の種類も、なぜか毎回違う内容で、どれも“経理の対応が必要”なギリギリのラインを保っている。
「……ミスもないのに、なぜ毎日来る?」
思わず口をついて出たその言葉は、誰に向けたわけでもなかった。
だが、すかさず背後から今里の声が飛んでくる。
「そりゃあ“用”が違うんじゃない?ね、チーフの顔見に来てるんでしょ」
凛は小さく振り返り、今里を見た。
いつものように軽い調子で笑っているが、瞳の奥は悪戯めいて鋭い。
「……業務時間中にくだらない冗談は控えてください」
「冗談じゃなかったら?」
凛は何も答えず、書類に目を戻した。
だが、その目の動きだけが、いつもより明らかに落ち着きを欠いていた。
書類を受け取る手がわずかに遅れ、プリンのパックを受け取る指先も、普段のような躊躇いのなさはなかった。
自分の中で、徐々に膨らんでいく違和感があった。
理性的に処理しようとすればするほど、それは曖昧な形で残り続ける。
なぜ光は、これほどまでに自分に接触してくるのか。
しかも、ただの軽口や社交辞令ではなく、観察したうえで狙いすましたような言動ばかりだ。
まるで“分析された自分”に合わせて行動されているような感覚。
それが、凛の中のあるスイッチを押しそうになっていた。
「書類は、確認後に経理システムに入力しておきます。問題があれば連絡します」
「了解です。じゃあ、よろしくお願いします。プリン、冷蔵庫に入れてくださいね」
「……わかりました」
光は軽く手を振りながら、フロアを後にした。
その背を見送る凛の目は、わずかに細められていた。
残されたプリンの入った袋を見下ろしながら、彼は心の中で問いかける。
これは偶然の積み重ねなのか。
それとも…明確な意図をもった接近なのか。
凛の眉間に、深く考えるような皺が寄った。
彼は静かに立ち上がり、プリンを手にして給湯スペースへ向かった。
冷蔵庫を開ける手が、いつもより慎重だったのは、単なる気のせいではなかった。
書類の束を手元で揃えながら、視線を落とす。
ぴたりと並べられた精算報告書と、それに添付された領収書の数々。
提出者の署名を目で追った瞬間、ふいに言葉が漏れた。
「……また来たのか」
声に出すつもりではなかった。
だが、すぐ隣の席にいた今里が、敏感に反応する。
「え、またって?」
凛は言葉を濁すように、ファイルを静かに閉じた。
書類の左上に貼られていた付箋には、くっきりとした字で“谷町”の名前。
今週だけで、これで四回目だった。
しかも、書類の不備はもうほとんどない。
むしろ最近の申請は正確で、指摘すべき箇所も少ない。
にもかかわらず、彼は毎日のように、決まった時間に、同じような書類と差し入れを持って経理カウンターに現れる。
今日もまた、遠目から見てもわかる軽やかな足取りで、光は経理部のフロアに入ってきた。
シャツの第一ボタンを外し、ネクタイはゆるく下げている。
手にはクリアファイルと、紙袋がひとつ。
「こんにちはー。阿波座チーフ、ちょっとお時間いいですか?」
明るい声。くしゃっとした笑顔。
それらはすべて、何度も見慣れたものだったはずなのに、今日の凛の目にはどこか“計算された自然さ”のように映った。
「……提出書類?」
「はい、精算です。あと、これ。新商品のプリン、差し入れです」
光は紙袋から小さなパックを取り出すと、丁寧に保冷バッグごと凛の前に置いた。
中には、ガラス容器に入ったベリーソース付きのミルクプリンが二つ。
「凛さん、甘いのいけましたよね?」
「……問題ありませんが。なぜ、これを?」
「なんとなく、です」
光は肩をすくめて笑った。
その笑顔に嘘はなかったが、それでも凛は、心の奥に引っかかるものを感じていた。
タイミングが合いすぎている。
部内で比較的手が空く時間帯。凛がカウンターに顔を出す確率の高い曜日。
提出物の種類も、なぜか毎回違う内容で、どれも“経理の対応が必要”なギリギリのラインを保っている。
「……ミスもないのに、なぜ毎日来る?」
思わず口をついて出たその言葉は、誰に向けたわけでもなかった。
だが、すかさず背後から今里の声が飛んでくる。
「そりゃあ“用”が違うんじゃない?ね、チーフの顔見に来てるんでしょ」
凛は小さく振り返り、今里を見た。
いつものように軽い調子で笑っているが、瞳の奥は悪戯めいて鋭い。
「……業務時間中にくだらない冗談は控えてください」
「冗談じゃなかったら?」
凛は何も答えず、書類に目を戻した。
だが、その目の動きだけが、いつもより明らかに落ち着きを欠いていた。
書類を受け取る手がわずかに遅れ、プリンのパックを受け取る指先も、普段のような躊躇いのなさはなかった。
自分の中で、徐々に膨らんでいく違和感があった。
理性的に処理しようとすればするほど、それは曖昧な形で残り続ける。
なぜ光は、これほどまでに自分に接触してくるのか。
しかも、ただの軽口や社交辞令ではなく、観察したうえで狙いすましたような言動ばかりだ。
まるで“分析された自分”に合わせて行動されているような感覚。
それが、凛の中のあるスイッチを押しそうになっていた。
「書類は、確認後に経理システムに入力しておきます。問題があれば連絡します」
「了解です。じゃあ、よろしくお願いします。プリン、冷蔵庫に入れてくださいね」
「……わかりました」
光は軽く手を振りながら、フロアを後にした。
その背を見送る凛の目は、わずかに細められていた。
残されたプリンの入った袋を見下ろしながら、彼は心の中で問いかける。
これは偶然の積み重ねなのか。
それとも…明確な意図をもった接近なのか。
凛の眉間に、深く考えるような皺が寄った。
彼は静かに立ち上がり、プリンを手にして給湯スペースへ向かった。
冷蔵庫を開ける手が、いつもより慎重だったのは、単なる気のせいではなかった。
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