4 / 77
飲み会という名の地獄
しおりを挟む
夜の帳が下りた頃、佐藤健二は営業カバンを肩にかけたまま、無機質なオフィスの一角に立っていた。
今日の契約件数は一件。目標の三件には程遠い。飛び込み営業はことごとく門前払いをくらい、既存顧客の更新も「検討する」と言われたまま確約が取れなかった。
デスクでスマートフォンを眺めながら、明日のアポイントメントを確認していると、背後から声が飛んできた。
「おい、佐藤。飲み会行くぞ」
振り向くと、営業部長の藤田がネクタイを緩めながら腕を組んでいた。
佐藤の口元がかすかに引きつる。
「すみません、今日はちょっと…」
「は? なんだ、お前。俺の誘いを断るのか?」
藤田の声が一段低くなる。まるで獲物を見つけた肉食獣のような目つきだった。
「いや、そういうわけでは…」
「なら来い。今日の成果がこれじゃあ、話にならねえからな」
有無を言わせない命令口調だった。佐藤は内心でため息をつきながら、営業カバンをデスクに置いた。
「…かしこまりました」
逃げ場はない。
そうして連行されるように、繁華街の居酒屋へと向かうことになった。
店内は騒がしく、喧騒に包まれている。藤田を筆頭に、営業部のメンバーがぞろぞろと個室に入っていく。すでに何度も繰り返された光景だった。
乾杯の音頭とともに、ビールのジョッキが次々と空になっていく。
佐藤はできるだけ静かにしていようと思ったが、そんな考えはすぐに打ち砕かれた。
「おい、佐藤」
向かいに座る先輩の木村が、にやりと笑いながら手に持ったグラスを傾ける。
「お前、営業のくせに酒も飲めねえのか?」
来た、と思った。
「いえ、飲めます」
「なら、ほら。ぐいっといけよ」
木村は笑いながら、日本酒のグラスを佐藤の前に置いた。
「今日は契約一本しか取れてねえんだから、せめて飲んで盛り上げろよ」
周囲の視線が佐藤に集中する。ここで断れば、場の空気が一気に悪くなる。
佐藤は無言でグラスを取り、一息に飲み干した。
アルコールが喉を焼くように流れ込んでくる。日本酒の独特の香りが鼻に抜ける。
「お、やるじゃねえか。ほら、もう一杯」
木村がさっそく次のグラスを差し出してくる。
佐藤は躊躇したが、結局、それも一気に飲み干した。
「おー、いいねえ」
藤田も満足そうに笑っている。
次々と注がれる酒。ビール、日本酒、焼酎、果てには度数の高いウイスキーまで。
胃の中が火を噴きそうだった。それでも、佐藤はひたすら飲み続けた。
飲めば飲むほど、場の空気は和らぐ。自分に対する叱責や嫌味も少なくなる。
無意識のうちに、酒を飲むことが「社交術」として染みついていた。
しかし、体は正直だった。胃のあたりが重く、呼吸が浅くなっていく。
ふと、佐藤は思った。
(俺、何やってるんだろうな…)
契約も取れず、ノルマも達成できず、上司の機嫌を取るために酒を飲み続ける。
これが十年目の営業マンの仕事なのか。
(このスキル、何に活かせるんだよ…)
ふと、スマートフォンの画面を見る。時刻は二十二時半。
終電の時間が気になった。
「藤田部長、そろそろ…」
「おう、佐藤。お前、明日アポあるんだろ?」
「はい」
「なら、もう一軒付き合えよ」
佐藤は口を開きかけたが、結局、何も言えなかった。
結局、二軒目のスナックに連れ込まれた。
気づけば、終電の時間はとうに過ぎていた。
帰る手段はない。
深夜の繁華街で、佐藤はふらつく足取りのまま、溜め息をついた。
財布の中にはタクシーで帰る余裕などない。
仕方なく、カラオケ店のソファで仮眠を取ることにした。
翌朝、薄暗い個室で目を覚ました佐藤は、襟元を整えながら呆然と天井を見つめた。
何のために生きているのか、もう分からなかった。
今日の契約件数は一件。目標の三件には程遠い。飛び込み営業はことごとく門前払いをくらい、既存顧客の更新も「検討する」と言われたまま確約が取れなかった。
デスクでスマートフォンを眺めながら、明日のアポイントメントを確認していると、背後から声が飛んできた。
「おい、佐藤。飲み会行くぞ」
振り向くと、営業部長の藤田がネクタイを緩めながら腕を組んでいた。
佐藤の口元がかすかに引きつる。
「すみません、今日はちょっと…」
「は? なんだ、お前。俺の誘いを断るのか?」
藤田の声が一段低くなる。まるで獲物を見つけた肉食獣のような目つきだった。
「いや、そういうわけでは…」
「なら来い。今日の成果がこれじゃあ、話にならねえからな」
有無を言わせない命令口調だった。佐藤は内心でため息をつきながら、営業カバンをデスクに置いた。
「…かしこまりました」
逃げ場はない。
そうして連行されるように、繁華街の居酒屋へと向かうことになった。
店内は騒がしく、喧騒に包まれている。藤田を筆頭に、営業部のメンバーがぞろぞろと個室に入っていく。すでに何度も繰り返された光景だった。
乾杯の音頭とともに、ビールのジョッキが次々と空になっていく。
佐藤はできるだけ静かにしていようと思ったが、そんな考えはすぐに打ち砕かれた。
「おい、佐藤」
向かいに座る先輩の木村が、にやりと笑いながら手に持ったグラスを傾ける。
「お前、営業のくせに酒も飲めねえのか?」
来た、と思った。
「いえ、飲めます」
「なら、ほら。ぐいっといけよ」
木村は笑いながら、日本酒のグラスを佐藤の前に置いた。
「今日は契約一本しか取れてねえんだから、せめて飲んで盛り上げろよ」
周囲の視線が佐藤に集中する。ここで断れば、場の空気が一気に悪くなる。
佐藤は無言でグラスを取り、一息に飲み干した。
アルコールが喉を焼くように流れ込んでくる。日本酒の独特の香りが鼻に抜ける。
「お、やるじゃねえか。ほら、もう一杯」
木村がさっそく次のグラスを差し出してくる。
佐藤は躊躇したが、結局、それも一気に飲み干した。
「おー、いいねえ」
藤田も満足そうに笑っている。
次々と注がれる酒。ビール、日本酒、焼酎、果てには度数の高いウイスキーまで。
胃の中が火を噴きそうだった。それでも、佐藤はひたすら飲み続けた。
飲めば飲むほど、場の空気は和らぐ。自分に対する叱責や嫌味も少なくなる。
無意識のうちに、酒を飲むことが「社交術」として染みついていた。
しかし、体は正直だった。胃のあたりが重く、呼吸が浅くなっていく。
ふと、佐藤は思った。
(俺、何やってるんだろうな…)
契約も取れず、ノルマも達成できず、上司の機嫌を取るために酒を飲み続ける。
これが十年目の営業マンの仕事なのか。
(このスキル、何に活かせるんだよ…)
ふと、スマートフォンの画面を見る。時刻は二十二時半。
終電の時間が気になった。
「藤田部長、そろそろ…」
「おう、佐藤。お前、明日アポあるんだろ?」
「はい」
「なら、もう一軒付き合えよ」
佐藤は口を開きかけたが、結局、何も言えなかった。
結局、二軒目のスナックに連れ込まれた。
気づけば、終電の時間はとうに過ぎていた。
帰る手段はない。
深夜の繁華街で、佐藤はふらつく足取りのまま、溜め息をついた。
財布の中にはタクシーで帰る余裕などない。
仕方なく、カラオケ店のソファで仮眠を取ることにした。
翌朝、薄暗い個室で目を覚ました佐藤は、襟元を整えながら呆然と天井を見つめた。
何のために生きているのか、もう分からなかった。
0
あなたにおすすめの小説
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる