転生したら異世界最強ホストになってました〜お客様の“心”に寄り添う接客、始めます

中岡 始

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過労死。そして、異世界へ

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 深夜一時。オフィスの天井に取り付けられた蛍光灯は、無機質な白い光を放ち続けている。  

 佐藤健二はパソコンの画面を見つめながら、かすかに瞬きをした。まぶたが重い。頭の奥が鈍く痛む。  

 デスクには空になった缶コーヒーが二本転がっていた。その隣には、書類の束。契約書、見積書、プレゼン資料。どれも明朝の会議に必要なものだった。  

 今日もまた、まともに帰宅できなかった。  

 終電を逃し、タクシーで帰る余裕もなく、そのままオフィスに居残っている。最近ではこれが日常になっていた。  

 画面に映るプレゼン資料のスライドを何度も見直す。数値の確認、誤字脱字のチェック。しかし、頭がぼんやりとしてきて、細かいところまで意識が回らない。  

 背後の時計をふと見上げた。長針が一を指している。  

「はは…」  

 声にならない笑いが漏れた。  

 何が面白いわけでもない。ただ、自分が今、何をしているのかが分からなくなった。  

 スマートフォンが机の上で震える。ディスプレイには上司の名前が表示されていた。  

 佐藤は反射的に出た。  

「はい、佐藤です」  

「お前、まだ会社か?」  

「はい」  

「明日、朝一で会議な。お前の案件、説明しろよ」  

 低く冷たい声が鼓膜に響いた。  

 佐藤は無意識のうちに背筋を伸ばしていた。  

「かしこまりました」  

「それと、今月の売上、どうなってんだ?」  

「…まだ目標には届いていません」  

「知ってるよ。だから聞いてんだ」  

 電話の向こうで、ため息の音が聞こえた。  

「お前さぁ、営業なんだから、売上くらい作れよな。ノルマ達成できなかったらどうなるか、分かってるよな?」  

「…はい」  

「明日の会議でまともな報告ができなかったら、どうなるかも、な?」  

 続く言葉を待つ間、喉がひどく渇いた。  

「期待してるぞ」  

 通話が切れる。  

 佐藤はスマートフォンを机の上に置いたまま、しばらく動けなかった。  

(俺の休日はどこへ消えたんだ…)  

 今週も休日出勤が確定した。来週も、その次の週も変わらないだろう。  

 もう何カ月、まともに休んでいないだろうか。  

 椅子の背もたれに身を預け、天井を見上げる。  

 社会人になったばかりの頃は、こうではなかったはずだった。仕事を頑張れば、それなりの報酬が得られると思っていた。成績を上げれば、評価されると信じていた。  

 だが、現実は違った。  

 どれだけ働いても、給与はほとんど変わらず、評価も上がらない。増えるのは仕事量とプレッシャーだけ。上司からの叱責に耐え、理不尽なクレームを処理し、飲み会で無理やり酒を飲まされる。  

 この十年、何か変わったことがあっただろうか。  

 ふと、窓の外に目を向けた。  

 東京の夜空は、街の明かりに染められ、星の光はほとんど見えなかった。  

(俺の人生、こんなもんか…)  

 誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりとつぶやいた。  

 その瞬間、頭の奥で何かが途切れた気がした。  

 視界がぼやける。  

 手足が異様に重い。  

 息を吸おうとしたが、肺がうまく機能していないようだった。  

 心臓がゆっくりとした鼓動を打つ。  

 指先から力が抜け、ペンが床に落ちる音が遠くに聞こえた。  

 それすら、どうでもよかった。  

(このまま…寝てしまいたい)  

 まぶたが閉じる。  

 光が遠のく。  

 何もかもが、静かになっていった。  

 次に目を覚ましたとき、佐藤の目の前には、見たことのない青い空が広がっていた。  
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