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第1章『その男、笑顔で距離ゼロ』
メモ取り、近すぎ問題
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翌日の朝も、理玖は早めに出社していた。始業前の静かなオフィスが好きだった。まだ誰もいない空間に、自分の呼吸とパソコンの起動音だけが響くこの時間。雑音のない環境に、理玖はわずかに肩の力を抜くことができる。
とはいえ、今日は朝から一仕事が待っていた。大樹を含む新人二人に向けて、現在進行中のクライアント案件について説明する小さなレクチャー。社内研修の一環として、チーム内で随時行っているものだったが、理玖はこういった“教える”役が少しだけ苦手だった。
言葉を選ぶのが億劫になる。無駄なく伝えたいのに、相手がどこまで理解しているか計りかねる場面では、どうしても話が硬くなる。そうなると、自分でも気づかぬうちに無表情になり、結果的に相手を緊張させる。
苦手意識というよりも、自分の性質を理解しているだけだった。
定刻通りに新人二人が会議室に現れ、理玖は最低限の挨拶を済ませて、さっそく説明を始めた。プロジェクターを使いながら、現在進行中の化粧品ブランドのキャンペーン企画の流れを資料とともに解説していく。
いつも通りの調子だった。落ち着いた声で、段取りよく。二人とも静かに聞いていて、頷きながらメモを取っていた。
ただ──
右斜め前の視界に、妙な違和感があった。
気配が近い。異様に。
ちら、と視線を流すと、やはり大樹だった。いつの間にか理玖の座っている席のすぐ横に移動してきていて、肩が触れるか触れないかの位置でノートにペンを走らせている。
…いや、近い。やっぱり近い。
説明の手を止めずに、理玖はぼそりと呟いた。
「…そこ、近くないか?」
大樹は顔を上げると、まるで何の悪気もないようににこりと笑った。
「文字、小さめなので…ちょっと見えにくくて」
理玖は一瞬だけ視線を泳がせ、それから無言で距離をとった。椅子を少し引いて、斜め後ろへ。大樹は悪びれた様子もなく、引き続きメモを取り続けている。
見え透いた言い訳だと思った。プロジェクターの映像は十分なサイズだし、大樹の目つきが悪いわけでもない。
それでも、彼の姿勢は終始まっすぐで、真剣だった。真剣で…やたらと近かった。
説明を再開しながらも、理玖の意識はどうしてもそちらに引っ張られてしまう。
大樹の手元にあるノートには、細かい文字で箇条書きされたメモがびっしりと並んでいた。要点を抜き出すのがうまい。ノートの取り方ひとつ見ても、彼の仕事ぶりの丁寧さがわかる。
…しかし、ところどころ妙な文言が混ざっている。
プロジェクターの画面を切り替える際、偶然にもノートの見出しが視界に入った。
【プレゼン時の主任の声:低めで聞き取りやすい。ちょっとだけやわらかい語尾、安心感ある】
理玖は資料をめくる手を止めかけた。いや、やめよう、気づかないふりをする。
今のは目の錯覚。あるいは聞き間違い、いや読み間違い。そうでなければ、彼は仕事中に何をメモしているんだ。そんなことを記録して何になる。
だが、気になって仕方がない。
理玖が続けて話すうちに、大樹のノートに新たに記された一行が再び目に飛び込む。
【PC画面を見てる時の主任:眼鏡越しに目が細くなる。かっこいい。】
さすがに目をそらした。今度こそ、完全にそらした。
顔には出していないつもりだったが、耳がほんのりと熱を持っている自覚がある。
妙な汗がにじんだ。
これは…ただの“仕事熱心な新人”じゃない。
どこか、ちぐはぐな観察眼。普通の社員が見ているのとは、まるで違う視点で自分を見ている。
それが、落ち着かない。
いや、正確に言うと──見透かされているようで、怖い。
説明が終わると、大樹は立ち上がって丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございました。すごくわかりやすかったです。言葉の選び方も、資料の構成も…なんか全部整ってるって感じで」
「…そうか」
理玖は短く返した。それ以上、どう反応していいのかわからなかった。
大樹はあくまで自然な笑顔で、ノートを胸に抱えて部屋を出て行く。
背筋はまっすぐで、清潔感があって、どこを取っても好青年だった。
…ただし、“普通の新人”であればの話だが。
理玖は会議室にひとり残り、ふうと息を吐いた。
まっすぐすぎる眼差し。あからさまな好意とは違うけれど、好意のような何か。
それをまったく隠さずに、こちらに向けてくるあの態度。
厄介だ。
苦手なタイプではないのが、なお厄介だった。
資料を片付けながら、理玖はふと考える。
彼は何を知りたいのか。なぜ、そんな風に俺を見てくるのか。
そして、なぜ──俺は、それを気にしているのか。
自分でも答えの出ない問いが、静かに胸の内に沈んでいった。
とはいえ、今日は朝から一仕事が待っていた。大樹を含む新人二人に向けて、現在進行中のクライアント案件について説明する小さなレクチャー。社内研修の一環として、チーム内で随時行っているものだったが、理玖はこういった“教える”役が少しだけ苦手だった。
言葉を選ぶのが億劫になる。無駄なく伝えたいのに、相手がどこまで理解しているか計りかねる場面では、どうしても話が硬くなる。そうなると、自分でも気づかぬうちに無表情になり、結果的に相手を緊張させる。
苦手意識というよりも、自分の性質を理解しているだけだった。
定刻通りに新人二人が会議室に現れ、理玖は最低限の挨拶を済ませて、さっそく説明を始めた。プロジェクターを使いながら、現在進行中の化粧品ブランドのキャンペーン企画の流れを資料とともに解説していく。
いつも通りの調子だった。落ち着いた声で、段取りよく。二人とも静かに聞いていて、頷きながらメモを取っていた。
ただ──
右斜め前の視界に、妙な違和感があった。
気配が近い。異様に。
ちら、と視線を流すと、やはり大樹だった。いつの間にか理玖の座っている席のすぐ横に移動してきていて、肩が触れるか触れないかの位置でノートにペンを走らせている。
…いや、近い。やっぱり近い。
説明の手を止めずに、理玖はぼそりと呟いた。
「…そこ、近くないか?」
大樹は顔を上げると、まるで何の悪気もないようににこりと笑った。
「文字、小さめなので…ちょっと見えにくくて」
理玖は一瞬だけ視線を泳がせ、それから無言で距離をとった。椅子を少し引いて、斜め後ろへ。大樹は悪びれた様子もなく、引き続きメモを取り続けている。
見え透いた言い訳だと思った。プロジェクターの映像は十分なサイズだし、大樹の目つきが悪いわけでもない。
それでも、彼の姿勢は終始まっすぐで、真剣だった。真剣で…やたらと近かった。
説明を再開しながらも、理玖の意識はどうしてもそちらに引っ張られてしまう。
大樹の手元にあるノートには、細かい文字で箇条書きされたメモがびっしりと並んでいた。要点を抜き出すのがうまい。ノートの取り方ひとつ見ても、彼の仕事ぶりの丁寧さがわかる。
…しかし、ところどころ妙な文言が混ざっている。
プロジェクターの画面を切り替える際、偶然にもノートの見出しが視界に入った。
【プレゼン時の主任の声:低めで聞き取りやすい。ちょっとだけやわらかい語尾、安心感ある】
理玖は資料をめくる手を止めかけた。いや、やめよう、気づかないふりをする。
今のは目の錯覚。あるいは聞き間違い、いや読み間違い。そうでなければ、彼は仕事中に何をメモしているんだ。そんなことを記録して何になる。
だが、気になって仕方がない。
理玖が続けて話すうちに、大樹のノートに新たに記された一行が再び目に飛び込む。
【PC画面を見てる時の主任:眼鏡越しに目が細くなる。かっこいい。】
さすがに目をそらした。今度こそ、完全にそらした。
顔には出していないつもりだったが、耳がほんのりと熱を持っている自覚がある。
妙な汗がにじんだ。
これは…ただの“仕事熱心な新人”じゃない。
どこか、ちぐはぐな観察眼。普通の社員が見ているのとは、まるで違う視点で自分を見ている。
それが、落ち着かない。
いや、正確に言うと──見透かされているようで、怖い。
説明が終わると、大樹は立ち上がって丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございました。すごくわかりやすかったです。言葉の選び方も、資料の構成も…なんか全部整ってるって感じで」
「…そうか」
理玖は短く返した。それ以上、どう反応していいのかわからなかった。
大樹はあくまで自然な笑顔で、ノートを胸に抱えて部屋を出て行く。
背筋はまっすぐで、清潔感があって、どこを取っても好青年だった。
…ただし、“普通の新人”であればの話だが。
理玖は会議室にひとり残り、ふうと息を吐いた。
まっすぐすぎる眼差し。あからさまな好意とは違うけれど、好意のような何か。
それをまったく隠さずに、こちらに向けてくるあの態度。
厄介だ。
苦手なタイプではないのが、なお厄介だった。
資料を片付けながら、理玖はふと考える。
彼は何を知りたいのか。なぜ、そんな風に俺を見てくるのか。
そして、なぜ──俺は、それを気にしているのか。
自分でも答えの出ない問いが、静かに胸の内に沈んでいった。
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******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
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