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第2章 『恋なんて、もうしない』
あの時、時計が止まった
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夜九時過ぎ、理玖は自宅マンションの玄関を静かに開けた。
照明のスイッチを押すと、白い蛍光灯がふわりと部屋を照らす。特に飾り気のない空間。生活に必要なものは揃っているが、彩りや個性といったものは少ない。ソファのクッションは灰色、観葉植物はひとつだけ。テーブルの上にも、何も置いていなかった。
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外して、鞄を椅子の背にかける。
その一連の動作も、すでに体に染みついたルーティンだった。
バスルームに向かい、シャワーのスイッチをひねる。
熱めの湯を浴びながら、今日一日の出来事が、頭の中にゆるやかに再生されていく。
大樹の声、笑顔、近い距離。
一言一句に意味を探るつもりはなかったが、気づけば思い出してしまう。あのまっすぐな視線も。自然体のふりをして、どこか踏み込みたがっている気配も。
だが、それらを深く考えることを、理玖はどこかで拒んでいた。
濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングへ戻る。
ソファに腰を下ろし、何気なくテレビをつけたものの、音が頭に入ってこない。ニュース番組のアナウンサーが淡々と話す声だけが部屋に響いている。
ふと、視線が壁際に置かれた棚へと向かう。
そこには、数年前に購入したまま、ずっと使われていない置き時計があった。
針は午後十一時で止まったまま。電池が切れたわけではない。止まったのは、あの日、あの夜だった。
棚の奥から、一枚の写真が出てきた。枠に入れずに、そっと挟んでおいたままのもの。
そこには、かつての恋人が写っていた。仕事帰りに撮った一枚。疲れているはずなのに、彼は笑っていた。
優しい笑顔だった。頼りがいがあって、人当たりがよくて、誰とでもうまくやれる人だった。
だが、それが災いした。
あるプロジェクトで、彼と理玖は同じチームになった。最初は順調だったが、あるときから彼の態度が変わった。
仕事の場面でも、理玖の意見を軽く扱うようになり、仲間の前で彼のことを冗談交じりに茶化すようになった。
その空気に、周囲も同調していった。
理玖は何も言えなかった。職場の関係に私情を持ち込むことが、どれほど面倒を生むか、理解していたからだ。
それでも、ある夜、彼に問いかけた。
「俺のこと、どう思ってる?」
問いに対する答えは、想像していたものとは違っていた。
「理玖って、真面目すぎるんだよな。もっと柔らかくなれたら、周りとも上手くやれるのに」
それは、恋人の言葉ではなかった。
どこか、部下に向けた評価のような、あるいは他人事のような、乾いた響き。
「だから…ごめん。もう、無理だと思う」
最後に交わした言葉は、それだけだった。
別れは一方的だった。何の前触れもなく、すっと切られるように終わった関係だった。
職場にその人がいる限り、気まずさは続いた。周囲の目も、曖昧に濁っていった。
そして理玖は異動を願い出た。今の部署に来たのは、それが理由だった。
以来、恋愛からは距離を置いてきた。
自分がなにかを選んで傷つくのではなく、選ばれずに済むように、最初から距離を置いた。
愛されることに憧れはない。
誰かに必要とされることに、怖さしかない。
理玖は、写真を元の場所に戻す。
止まったままの時計の針に、ほんの一瞬、指先が触れる。動かすことはしない。ただ、そこにあることを確認するように。
時間は流れているはずなのに、心のどこかは、まだあの夜に置き去りのままだった。
外の風が窓を揺らす音が、静かに響く。
理玖は目を閉じて、ソファの背にもたれた。
あれから、何度も春は来た。
花は咲き、街は賑わい、人々は笑っていた。
けれど──
俺の中では、まだ冬だった。
少しの間、誰にも触れられずに、ただ凍てついた時間を抱えていた。
それが壊れるのが、怖かった。
また誰かに期待して、失望するのが怖かった。
理玖は、深く息を吐いた。
暖房の音が低く唸っている。
部屋の空気は十分にあたたかいのに、胸の奥は、どこまでも冷たかった。
照明のスイッチを押すと、白い蛍光灯がふわりと部屋を照らす。特に飾り気のない空間。生活に必要なものは揃っているが、彩りや個性といったものは少ない。ソファのクッションは灰色、観葉植物はひとつだけ。テーブルの上にも、何も置いていなかった。
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外して、鞄を椅子の背にかける。
その一連の動作も、すでに体に染みついたルーティンだった。
バスルームに向かい、シャワーのスイッチをひねる。
熱めの湯を浴びながら、今日一日の出来事が、頭の中にゆるやかに再生されていく。
大樹の声、笑顔、近い距離。
一言一句に意味を探るつもりはなかったが、気づけば思い出してしまう。あのまっすぐな視線も。自然体のふりをして、どこか踏み込みたがっている気配も。
だが、それらを深く考えることを、理玖はどこかで拒んでいた。
濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングへ戻る。
ソファに腰を下ろし、何気なくテレビをつけたものの、音が頭に入ってこない。ニュース番組のアナウンサーが淡々と話す声だけが部屋に響いている。
ふと、視線が壁際に置かれた棚へと向かう。
そこには、数年前に購入したまま、ずっと使われていない置き時計があった。
針は午後十一時で止まったまま。電池が切れたわけではない。止まったのは、あの日、あの夜だった。
棚の奥から、一枚の写真が出てきた。枠に入れずに、そっと挟んでおいたままのもの。
そこには、かつての恋人が写っていた。仕事帰りに撮った一枚。疲れているはずなのに、彼は笑っていた。
優しい笑顔だった。頼りがいがあって、人当たりがよくて、誰とでもうまくやれる人だった。
だが、それが災いした。
あるプロジェクトで、彼と理玖は同じチームになった。最初は順調だったが、あるときから彼の態度が変わった。
仕事の場面でも、理玖の意見を軽く扱うようになり、仲間の前で彼のことを冗談交じりに茶化すようになった。
その空気に、周囲も同調していった。
理玖は何も言えなかった。職場の関係に私情を持ち込むことが、どれほど面倒を生むか、理解していたからだ。
それでも、ある夜、彼に問いかけた。
「俺のこと、どう思ってる?」
問いに対する答えは、想像していたものとは違っていた。
「理玖って、真面目すぎるんだよな。もっと柔らかくなれたら、周りとも上手くやれるのに」
それは、恋人の言葉ではなかった。
どこか、部下に向けた評価のような、あるいは他人事のような、乾いた響き。
「だから…ごめん。もう、無理だと思う」
最後に交わした言葉は、それだけだった。
別れは一方的だった。何の前触れもなく、すっと切られるように終わった関係だった。
職場にその人がいる限り、気まずさは続いた。周囲の目も、曖昧に濁っていった。
そして理玖は異動を願い出た。今の部署に来たのは、それが理由だった。
以来、恋愛からは距離を置いてきた。
自分がなにかを選んで傷つくのではなく、選ばれずに済むように、最初から距離を置いた。
愛されることに憧れはない。
誰かに必要とされることに、怖さしかない。
理玖は、写真を元の場所に戻す。
止まったままの時計の針に、ほんの一瞬、指先が触れる。動かすことはしない。ただ、そこにあることを確認するように。
時間は流れているはずなのに、心のどこかは、まだあの夜に置き去りのままだった。
外の風が窓を揺らす音が、静かに響く。
理玖は目を閉じて、ソファの背にもたれた。
あれから、何度も春は来た。
花は咲き、街は賑わい、人々は笑っていた。
けれど──
俺の中では、まだ冬だった。
少しの間、誰にも触れられずに、ただ凍てついた時間を抱えていた。
それが壊れるのが、怖かった。
また誰かに期待して、失望するのが怖かった。
理玖は、深く息を吐いた。
暖房の音が低く唸っている。
部屋の空気は十分にあたたかいのに、胸の奥は、どこまでも冷たかった。
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******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
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