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第7章『僕じゃダメですか』
一緒にいたいと思った
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風が冷たかった。
頬に触れた瞬間、乾いた空気が肌をさらっていく。
歩道の隅にたまった落ち葉がわずかに転がり、街灯の下でかさりと音を立てた。
会社帰りの夜道。
普段ならまっすぐ駅へ向かうはずの道を、理玖は少しだけ遠回りした。
大樹の後ろ姿を、少し前から追っていた。
何度も声をかけようとして、喉の奥で飲み込んだ。
けれど、それでも今夜は、伝えなければならない気がしていた。
「あのさ」
ようやく出た言葉は、思ったよりも軽かった。
その声に、大樹は足を止めた。振り返らず、少しだけ肩越しに理玖を意識したようだった。
理玖は、追いつくように歩み寄り、横に並ぶ。
「この前の話、ちゃんと聞いたよ」
言葉を切りながら、理玖は自分の胸の奥を探る。
どの言葉を選べば、きちんと伝わるのか。どこまで話すべきなのか。
正解がわからないまま、それでも口を開く。
「正直に言う。俺は、まだ怖い」
吐き出した瞬間、胸の奥で何かがきしんだ。
けれど、同時に少しだけ軽くなる。
「もう一度、失うのが怖いんだ。俺が何かを渡したときに、その全部を持っていかれるのが」
大樹は黙って聞いていた。
足を止めたまま、風の中でじっと立っていた。
「でも……お前といると、少しずつ、前を向くことができる。ちゃんと立っていられるって、思えるんだ」
一歩、理玖が前に出る。
けれど、その先にある何かをつかむには、まだ足りなかった。
「だから、俺…一緒にいたいって、思った」
声が震えそうになる。
でも、言い終えるまで、目を逸らすことはしなかった。
それでも、大樹の表情を見るのが怖くて、目の端で確認するにとどめる。
大樹は、ふっと微笑んだ。
どこまでも静かで、あたたかい笑みだった。
「主任が怖いままでも、俺はちゃんといますよ。そこに、いますから」
穏やかにそう言って、大樹はほんの少しだけ距離を縮めた。
理玖は、手が動きそうになるのを自覚した。
このまま手を伸ばせば、きっと彼はそれを受け止めてくれる。
それでも、指先は動かなかった。
胸の奥で何かがせき止める。
過去の記憶か、自分への疑念か、それとも未来への恐れか。
それははっきりとはしなかった。
それでも、大樹は何も言わなかった。
責めることも、焦ることも、期待を押しつけることも。
ただ、そっと自分の首に巻いていたマフラーの端を解き、理玖の手元へと差し出した。
その端を、ゆっくりと理玖の手に触れさせる。
言葉はなかった。
それでも、その仕草が何より雄弁だった。
理玖はその布地を指先でそっとつまむ。
あたたかい。
人の体温がしっかりと染みついたその感触に、胸がじんとしみた。
手を繋ぐ代わりに、互いの温度を繋ぐようなその距離が、今はちょうどよかった。
無理に触れようとしないこと。
それでも、傍にいること。
大樹は、そういう人だった。
目を伏せたまま、理玖はその布を離さなかった。
もう一歩が踏み出せない。
けれど、今の俺でも、誰かに想われている──
そう思えた夜が、少しだけ、あたたかかった。
頬に触れた瞬間、乾いた空気が肌をさらっていく。
歩道の隅にたまった落ち葉がわずかに転がり、街灯の下でかさりと音を立てた。
会社帰りの夜道。
普段ならまっすぐ駅へ向かうはずの道を、理玖は少しだけ遠回りした。
大樹の後ろ姿を、少し前から追っていた。
何度も声をかけようとして、喉の奥で飲み込んだ。
けれど、それでも今夜は、伝えなければならない気がしていた。
「あのさ」
ようやく出た言葉は、思ったよりも軽かった。
その声に、大樹は足を止めた。振り返らず、少しだけ肩越しに理玖を意識したようだった。
理玖は、追いつくように歩み寄り、横に並ぶ。
「この前の話、ちゃんと聞いたよ」
言葉を切りながら、理玖は自分の胸の奥を探る。
どの言葉を選べば、きちんと伝わるのか。どこまで話すべきなのか。
正解がわからないまま、それでも口を開く。
「正直に言う。俺は、まだ怖い」
吐き出した瞬間、胸の奥で何かがきしんだ。
けれど、同時に少しだけ軽くなる。
「もう一度、失うのが怖いんだ。俺が何かを渡したときに、その全部を持っていかれるのが」
大樹は黙って聞いていた。
足を止めたまま、風の中でじっと立っていた。
「でも……お前といると、少しずつ、前を向くことができる。ちゃんと立っていられるって、思えるんだ」
一歩、理玖が前に出る。
けれど、その先にある何かをつかむには、まだ足りなかった。
「だから、俺…一緒にいたいって、思った」
声が震えそうになる。
でも、言い終えるまで、目を逸らすことはしなかった。
それでも、大樹の表情を見るのが怖くて、目の端で確認するにとどめる。
大樹は、ふっと微笑んだ。
どこまでも静かで、あたたかい笑みだった。
「主任が怖いままでも、俺はちゃんといますよ。そこに、いますから」
穏やかにそう言って、大樹はほんの少しだけ距離を縮めた。
理玖は、手が動きそうになるのを自覚した。
このまま手を伸ばせば、きっと彼はそれを受け止めてくれる。
それでも、指先は動かなかった。
胸の奥で何かがせき止める。
過去の記憶か、自分への疑念か、それとも未来への恐れか。
それははっきりとはしなかった。
それでも、大樹は何も言わなかった。
責めることも、焦ることも、期待を押しつけることも。
ただ、そっと自分の首に巻いていたマフラーの端を解き、理玖の手元へと差し出した。
その端を、ゆっくりと理玖の手に触れさせる。
言葉はなかった。
それでも、その仕草が何より雄弁だった。
理玖はその布地を指先でそっとつまむ。
あたたかい。
人の体温がしっかりと染みついたその感触に、胸がじんとしみた。
手を繋ぐ代わりに、互いの温度を繋ぐようなその距離が、今はちょうどよかった。
無理に触れようとしないこと。
それでも、傍にいること。
大樹は、そういう人だった。
目を伏せたまま、理玖はその布を離さなかった。
もう一歩が踏み出せない。
けれど、今の俺でも、誰かに想われている──
そう思えた夜が、少しだけ、あたたかかった。
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