リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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蓮、お前は一切引かないのか!?

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 バックヤードの空気は妙に静かだった。

 客足が落ち着き、一息つける時間帯。店内は有村に任せて、修一は休憩がてら缶コーヒーを片手にバックヤードの壁にもたれていた。

 しかし、頭の中は少しも休まらない。

 蓮の視線が、さっきから気になって仕方がなかった。

 背後にいる蓮の気配を意識しないようにしながら、修一は口を開く。

「なあ、お前」

「なんですか?」

 返事はいつも通り落ち着いたものだった。

 だが、それが逆に不安を煽る。

「昨日のあれ……冗談だったって言わねぇか?」

 探るような声になった。

 もし蓮が「そうですよ、冗談でした」とでも言えば、これまでの妙な空気も全部なかったことにできる。

 仕事の合間の悪ふざけだった、酒の席の冗談みたいなもんだったと。

 そうやって終わらせるつもりだった。

 だが、蓮はすぐに答えた。

「冗談だったら、こんなに追いかけませんよ」

 修一の背筋が凍った。

 缶コーヒーを持つ手に、じんわりと汗がにじむ。

「……お前な」

 蓮は歩み寄ってくる。

 気づけば距離が縮まっていた。

「何か?」

 修一は一歩、後ずさる。

 だが、バックヤードは狭い。

 数歩下がっただけで、もう壁際に追い詰められた。

 逃げ場がない。

 蓮はそれをわかっていて、ゆっくりと詰めてくる。

「……おい、近ぇよ」

「そうですか?」

 ほんの数十センチの距離。

 蓮の穏やかな表情は変わらない。

 だが、その目は確実にこちらを逃がさないと言っていた。

 冗談だろう、冗談だろう、と修一は頭の中で繰り返した。

 しかし、この状況でそれを信じるのは無理があった。

 蓮は本気だ。

 何を言おうと、何をしても、この男は絶対に引かない。

 その確信が、修一の中にじわりと染み込んでくる。

 心臓の音が、やけにうるさく感じた。
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