リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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お迎え、年下の余裕

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 夜の街に出ると、酔いが思った以上に回っていることに気づいた。

 足元がふらつく。少し冷たい風が吹き抜け、シャツの袖を揺らした。

 繁華街を離れた裏通りは、昼間の喧騒とは違い、静かだった。ちらほらと同じように酔っ払ったサラリーマンが歩いているが、彼らには行く先がある。家族が待つ家か、気の知れた友人がいる飲み直しの場か。

 それに比べて、自分はどうだ。

 行く宛もなく、ただ足を引きずるように歩く。

 ふと、街路樹のそばにあるベンチが目に入った。

「……もう、ここでいいや」

 そう呟くと、ため息混じりに腰を下ろした。

 体が重い。頭もぼんやりする。

 額に手を当てたまま、ゆっくりと目を閉じる。

「はぁー……おっさんはもうダメだな……」

 誰に言うともなく、独り言が漏れた。

 カフェで働き始めて、一ヶ月近くが経つ。最初は戸惑いながらも、少しずつ仕事に慣れ、日々の充実を感じることもあった。

 だが、こうして一人で酒を飲んでいると、どうしようもない現実が押し寄せてくる。

 42歳、独身、元会社員。今はカフェのバイト。

 人生が上向いているとは、とても思えなかった。

 どうせなら、このまま朝までここで寝てしまうのも悪くないかもしれない。

 そう思い始めた矢先、不意に低い声が響いた。

「倉持さん」

 ピクリと肩が跳ねる。

 まさかと思い、ゆっくりと顔を上げると、そこには見慣れた男が立っていた。

「……なんでお前がここに……?」

 蓮は腕を組み、わずかにため息をついている。

「有村さんが、居酒屋で飲んでいると教えてくれました」

「は……?」

「夕方、倉持さんが『たまには飲みに行くか』と言っていたそうですね」

 そう言えば、カフェの休憩中にそんな話をした覚えがある。

 軽い独り言のつもりだったが、有村がそれを聞き流すはずもない。

「あの野郎……余計なことを……」

「むしろ、助かりました」

 蓮はあっさりと言い放つと、修一の隣にしゃがみ込んだ。

「帰りますよ」

「やだね」

「……は?」

「俺はもうここで寝る」

 蓮が一瞬、呆れたように目を細めた。

 修一は腕を組み、ふてくされたように背もたれに寄りかかる。

「お前だってわかってるだろ。俺なんか、もうどうしようもねぇんだよ」

「どうしようもない、とは?」

「42歳で無職になって、嫁にも逃げられて、今はカフェのバイトだぞ。そんなやつが、今さら何を頑張ったところで、どうにもならねぇだろ」

 笑いながら言うつもりだったのに、声が妙にかすれた。

 酔っているせいか、いつもなら口にしない本音がぽろぽろとこぼれる。

 だが、蓮は表情を変えなかった。

「……そんなことを言っても、帰りますよ」

 その言葉と同時に、腕を掴まれる。

 修一は軽く体を引いたが、蓮の力は思った以上に強い。

「おい、待て。俺はまだ……」

「ほら、立ってください」

「お前な、もうちょっと酔っ払いに優しく……」

「優しくしません」

「なんだそれ……」

 蓮は有無を言わせず、修一を引っ張る。

 酔いでふらついた体を支えられながら、半ば引きずられるように歩くことになった。

 街灯の下、夜の風が少しだけ冷たく感じた。

 修一はぼんやりと、それが妙に心地よいことに気づいた。
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