リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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心臓、うるさいんだが?

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 洗面所の鏡に映る自分の顔を見て、修一は思わずため息をついた。

 顔が赤い。

 酒のせいなのか、それとも別の理由なのか、判別できない。

 とりあえず冷たい水で顔を洗う。

 だが、流れる水の冷たさとは裏腹に、頭の中はまったく冷えなかった。

「……俺、本当に抱きついてたのか……?」

 小さく呟いてみるが、返ってくるのは水音だけ。

 昨夜の記憶はところどころ曖昧だが、朝目覚めたとき、自分が蓮にぴったりとくっついていたのは紛れもない事実だ。

 そして、蓮のあの余裕たっぷりの微笑み。

 「倉持さんが自分から抱きついてきたんですよ?」

 あの言葉を思い出すたびに、妙な気まずさがこみ上げてくる。

「いやいや、ありえねぇ……たまたまだ……」

 水を止め、顔を拭きながら必死に自己暗示をかける。

 そうだ、酒のせいだ。

 酔っていたから、自分でも気づかないうちに変なことをしただけ。

 だから、深く考える必要はない。

 そう思おうとするのに――

 心臓の音が、やたらとうるさい。

「……なんでこんなにドキドキしてんだ、俺」

 寝起きだからか? いや、違う。

 昨日の酒がまだ残ってるから? それも違う。

 何が違うって、こうして顔を洗っている間も、蓮のことを思い出してしまうのが問題だ。

 朝、目が覚めたときの距離感。

 腕の感触。

 蓮の落ち着いた声と、からかうような微笑み。

 あの余裕の態度が、頭から離れない。

「……俺は、なんでこんなに動揺してるんだ?」

 自分がわからなくなる。

 もう一度、鏡を見つめる。

 やっぱり顔が赤い。

 それが酒のせいなのか、別の理由なのか、もう考えたくなかった。

 部屋を出ると、キッチンで蓮がコーヒーを淹れていた。

 いつものことだが、今朝はやけに絵になる光景に見えてしまう。

「おはようございます」

「あ、ああ……」

 返事がぎこちないのは、まだ動揺が抜けていない証拠だ。

 蓮はいつも通りの表情で、何事もなかったかのようにマグカップを差し出す。

「飲みますか?」

「あ……ああ」

 手を伸ばすと、指先が微かに蓮の手と触れた。

「……っ」

 思わず手を引っ込めそうになったが、なんとか堪える。

 ほんの一瞬触れただけなのに、心臓がまたやかましく鳴った。

「……倉持さん?」

「なんでもねぇよ」

 慌ててカップを受け取り、口をつける。

 熱い。

 コーヒーの温度のせいなのか、自分の顔が熱いのか、もうわからなかった。

 カフェに向かう道すがら、修一はなんとなく蓮との距離を取った。

 いつもは横を歩いているのに、今日は半歩ほど後ろを歩く。

 意識しているつもりはなかったが、そうせずにはいられなかった。

 蓮はそんな修一の様子を察してか、ふっと口角を上げる。

「倉持さん、今日も元気ですね」

「……うるせぇ!!!」

 反射的に怒鳴る。

 蓮は「そうですか?」と悪びれた様子もなく、さらりとかわした。

 こいつ、絶対にわかってて言っている。

 そう確信した瞬間、また心臓が跳ねた。

 修一は目を逸らしながら、唇を噛む。

「……なんだこれ」

 もしかして、俺は――

 蓮を意識し始めているのか?
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