リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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元妻との偶然の再会

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 昼のピークを過ぎたカフェには、穏やかな空気が流れていた。

 店内は静かで、時折コーヒーカップが触れ合う音が響く。

 カウンターの奥でエスプレッソマシンのスチーム音を聞きながら、修一はふっと息をついた。

 気づけば、この仕事にも随分と慣れてきた。

 最初は慣れない接客や細かい作業に戸惑い、ミスばかりしていたが、今では常連客の好みも覚え、自然に動けるようになっている。

 会社員時代とはまるで違う生活。

 だが、不思議と悪くないと感じていた。

「いらっしゃいませ――……」

 入店した客を迎えようと顔を上げた瞬間、修一の声が止まった。

 目の前に立っていたのは、懐かしい――いや、忘れようとしていた顔だった。

 美咲。

 離婚した元妻。

「……久しぶり。元気にしてる?」

 穏やかな笑顔だった。

 それが、かえって修一を動揺させた。

 美咲とは、離婚して以来一度も会っていない。

 最後に顔を合わせたのは、離婚届を提出したあの日。

 もう何年も経つのに、こうして突然目の前に現れると、記憶が鮮やかに蘇る。

「……ああ」

 ぎこちない返事しかできない自分に、内心で舌打ちした。

 美咲は驚いた様子もなく、ゆっくりとメニューを手に取る。

「あなたがカフェで働くなんてね」

 くすっと笑いながら言われ、修一は思わず眉をひそめた。

 嫌味ではない。

 ただ、心底意外そうな声だった。

「……まぁ、いろいろあってな」

 それ以上のことは言えなかった。

 会社が倒産し、無職になり、酒浸りの生活を送ったこと。

 そこから偶然、蓮と再会し、ここで働くことになったこと。

 説明しようと思えばできるが、どれも簡単に言えることではない。

 美咲はそれ以上問い詰めることもなく、軽く頷いた。

「そっか。じゃあ、コーヒーをお願い」

「……ああ」

 メニューを戻し、カウンターに肘をつきながら店内を眺める美咲の姿を見て、修一は少し息を吐いた。

 思っていたよりも、穏やかな再会だった。

 それが妙に拍子抜けだった。

 彼女は、自分の今の姿をどう思っているのだろうか。

 後悔しているのか、それとも――

 そんな考えを振り払うように、修一は黙ってコーヒーを淹れ始めた。
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