リスタート・オーバー～人生詰んだおっさん、愛を知る～

中岡　始

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カフェの仕事にも馴染んで

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　カップに注がれたコーヒーの香りが、ふわりと店内に広がる。

　夕方のピークが過ぎ、カフェ『Lotus』は落ち着いた空気に包まれていた。

　修一はカウンター越しに客へコーヒーを差し出しながら、小さく息をつく。

「いつもありがとうございます」

　自然と口をついた言葉に、自分でも少し驚いた。

　最初の頃はぎこちなく、客の顔すらまともに見られなかったのに。

　今では注文を受けるのも、コーヒーを淹れるのも、特に意識せずこなせるようになった。

　常連客の一人である年配の女性が、微笑みながらカップを受け取る。

「倉持さん、すっかりここの人ですね」

「……まぁな」

　照れくさそうに答えると、女性は楽しげに笑い、席へ戻っていった。

　カウンターの奥でコーヒー豆を挽いていた蓮が、その様子を見ながら静かに微笑む。

「馴染んできましたね」

「……別に、そういうつもりはねぇよ」

「でも、さっきの返事、まんざらでもなさそうでしたよ？」

「うるせぇ」

　バツが悪くなり、修一はさっさとカウンターの片付けに取りかかる。

　だが、心のどこかで納得していた。

　カフェの仕事が、嫌じゃなくなっている。

　それどころか、常連客との何気ないやりとりも、決して悪いものではないと感じていた。

　修一が昔やっていた営業の仕事とは違う。

　だが、客と向き合い、一杯のコーヒーを提供する。

　そういう仕事も、案外悪くないのかもしれない――

　そんなことを考えていると、閉店の時間が近づいてきた。

　客が少しずつ帰り、店内が静かになる。

　蓮は時計を見てから、ふと修一に声をかけた。

「少し歩きませんか？」

「……あ？」

「夜風が気持ちよさそうですし」

　さらっと言いながら、蓮はカウンターの上の鍵を手に取る。

　修一は少し迷ったが、断る理由もない。

「……まぁ、別にいいけど」

　結局そう返し、エプロンを外して蓮のあとを追った。

　シャッターを下ろし、カフェの灯りが落ちる。

　そして二人は、ゆっくりと夜の街へ歩き出した。

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