猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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夜の音

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 眠れそうにない夜だった。

 蒼井陽向あおいひなたはベッドに寝転がったまま、スマホをぼんやりとスクロールする。SNSのタイムラインには、クラスメイトが楽しそうに撮った写真や、どうでもいいような流行りの動画が流れてくる。適当に眺めているうちに、次第に目が疲れてきた。

 「……なんかダルいな。」

 ぽつりとつぶやき、スマホを枕元に放り投げる。

 時計を見ると、もうすぐ夜中の十二時になろうとしていた。

 部屋の中はしんと静まり返っている。隣の両親の寝室からも物音ひとつ聞こえない。昼間はうるさく鳴いていた外の虫の声も、いつの間にか消えていた。

 ── コン……コン……

 ふいに、小さな音が聞こえた。

 最初は気のせいかと思った。けれど、しばらくすると──

 カリカリ……コン……

 「……ん?」

 今度ははっきりと聞こえた。

 陽向はベッドの上で上半身を起こし、音のする方に耳を澄ます。
 気のせいじゃない。何かが確かに、ガラスを叩いている。

 「……なんだ?」

 少し気味が悪かったが、半ば面倒くさそうに立ち上がる。寝る前にホラー映画を見たわけでもないのに、妙に胸の奥がざわつく。

 ベランダの方へ近づき、カーテンをそっとめくる。

 ── そこには、一匹のキジトラ猫がいた。

 じっとこちらを見つめている。

 まるで、最初からずっとそこにいたかのように。

 「……は?」

 不意に心臓が跳ねた。

 猫は暗闇の中、ほとんど動かない。ただ、その細長い瞳だけが、陽向を静かに見つめ続けていた。

 ── コツ、コツ……

 猫は、ガラスを叩いた。

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