裏切りの代償

揺れる会議室

一方その頃、ネクサスラボの会議室では、冷たい緊張が張り詰めていた。

「次のリリースを2週間前倒しします。営業部と技術部門には対応をお願いします」

藤崎優美の声が響くと、ホワイトボードに記されたスケジュールを見つめる営業部と技術部門のスタッフたちの表情が曇った。その場にいた西岡誠は、口を一文字に結びながら資料に目を落とした。優美の無理な提案に、会議室の空気が一瞬で重くなる。

「ちょっと待てよ」

沈黙を破ったのは西岡だった。営業部の若手エースとして実績を上げてきた彼は、優美と同期入社だ。かつてはライバルとして切磋琢磨していた二人だったが、今では険悪な空気が漂っている。

「このタイミングでスケジュールを前倒しするなんて無茶だろう。クライアントへのフォローも進んでいないし、現場が混乱するだけだ」

彼の冷静だが鋭い指摘に、会議室の視線が彼と優美に集中した。

「無茶ってどういう意味？」

優美は眉をひそめ、資料を閉じる。その態度には、自分の指示を否定されたことへの不快感が隠しきれていない。

「今の段階で仕様を変更してリリースを早めたら、クライアントの要望に応えられないどころか、プロジェクトそのものが失敗しかねない」

西岡は毅然とした口調でそう続けた。その背後では、営業部や技術部門のメンバーたちが無言で彼を支持するかのような視線を送っている。

「現場の都合ばかりを優先していたら、プロジェクトは進まないんです」

優美の声が少し震えた。その言葉に、会議室の空気が一層冷え込む。誰も口を開かないまま、重い沈黙が場を支配した。

「進まないのは、リーダーが現場を見ていないからだろう」

西岡が静かに言い放つと、会議室は完全に凍りついた。彼の声には怒りが込められているが、それを冷静に抑え込む緊張感があった。

「そんな態度でいいと思っているの？」

優美が反撃するが、その声には力がなかった。彼女の視線が西岡を睨みつけるが、西岡は怯むことなく視線を返す。

「現場を見ないまま指示を出して、責任を取らないリーダーがいるから、現場が混乱するんだ」

その言葉が、優美のプライドを真っ向から打ち砕いた。彼女は口を開こうとしたが、何も言い返せず、視線をそらす。

***

会議が終わると、営業部と技術部門のスタッフたちは一斉に会議室を後にした。廊下に出た西岡は、同期の営業部スタッフと短く言葉を交わした。

「今日は言い過ぎたかもしれない」

「いや、あれで良かったんだよ。みんな、藤崎さんのやり方にはうんざりしてる」

同期の一人がそう答えると、西岡は短く頷いた。だが、その表情には満足感はなく、むしろ疲労感が漂っていた。

（藤崎がリーダーでいる限り、この混乱は続くだろう）

そう心の中で呟きながら、廊下を歩き去った。

***

一方、会議室に残された優美は、手元の資料を乱暴に閉じ、苛立ちを隠しきれない様子でスマートフォンを取り出した。

「尚紀さん、会議で問題がありました。少し相談に乗ってもらえますか？」

メッセージを送信し、椅子に座り込む。かつては同じ立場だった西岡に公然と批判されたことが、優美のプライドを深く傷つけていた。

（あんな同期に私のやり方をとやかく言われるなんて）

優美はそう思いながら、怒りを抑えられない様子で会議室を後にした。その足取りには、かつての自信は見られず、どこか不安定さが漂っていた。

***

その夜、尚紀のデスクには優美からの報告が届いていた。尚紀は資料に目を通し、ため息をつく。

「西岡か……また余計なことを言ったな」

そう呟きながらも、尚紀は優美を庇うための言葉を考え始めた。彼女が失敗すれば、二人の関係が疑われるだけでなく、自分の立場も危うくなる。それだけは避けたかった。

「彼女を信じてほしい。これも会社の成長のためなんだ」

尚紀はそう自分に言い聞かせながら、翌日の会議で社員たちを納得させるための準備を進める。だがその背後では、社内の不満が静かに膨らみ続けていた。