俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始

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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です

藤堂くんって、彼女いないんだよね?

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その日、講義が始まる数分前の教室は、特有のざわつきをまとっていた。  
早めに着いた学生たちが適当な席に座り、新しく買ったノートを広げたり、スマホをいじったりしている。  
窓際の席に座っていた悠真は、まだ見慣れない教室の風景をぼんやり眺めていた。

季節はようやく春を抜け、気温は上がり始めていた。  
教室に入ってくる風が少しだけぬるくて、それがこの大学生活が“本当に始まってしまった”ことを感じさせた。

「藤堂くん」

突然、自分の名前を呼ばれた。  
視線を上げると、ドア近くに立つ女子学生がいた。  
肩までの黒髪を揺らして、さりげない笑顔を浮かべている。

見覚えがあった。  
文学系のゼミに顔を出したときに数人で話した、上級生のひとり。  
名前は……確か、朝倉。

「ちょっと、いい?」

声のトーンは柔らかいが、はっきりとした目線が迷いなく悠真を射抜いていた。  
断る理由も見つからず、悠真はノートを閉じて立ち上がる。

「はい。何か…?」

「ん、別に深い意味はないんだけどさ。気になったから聞いてみようと思って」

教室の前方にある掲示スペースの横へと連れていかれた。  
周囲からは微妙に距離のある場所。  
そこに立つと、朝倉先輩がふっと笑った。

「藤堂くんって、彼女いないんだよね?」

唐突だった。

瞬間、思考が一瞬止まり、すぐに冷静さを装って笑みを浮かべる。  
だが、内心ではひどく動揺していた。

(……来たか)

「えっと……」

一拍置いて、口を開く。  
だが、続く言葉が出てこなかった。

「いる」と言えば、当然相手は身を引くだろう。  
でも、それを言えば自然と「誰と?」という話になって、名前が出る。  
そこから颯斗の話になり――今の“静かな関係”に波風が立つ。

一方、「いない」と言えば、それはそれで誤解を招く。  
言い方を誤れば、“フリー”という情報がひとり歩きする。

どちらも選べなかった。

「んー、まあ……いないっていうか、そういう話、あんまり得意じゃないんですよね」

そう言って、やんわりと笑ってごまかした。  
笑顔の輪郭を作りながら、胸の奥では警報が鳴っていた。

(これは、完全に“狙える枠”に入ったな)

朝倉先輩は、その答えに不満げでもなく、逆にほっとしたように笑った。

「そっか、なんか分かる気がする。そういう感じするもんね」

「……そうですか?」

「うん。落ち着いてるし、大人っぽいし、そういうのって意外と隙があるって思われやすいんだよ」

何気ないように見える言葉に、悠真は小さくうなずいた。  
だが、頭の中ではすでに対応策を考え始めていた。

(この感じだと、ゼミ周辺でも確実に噂になる。しかも“狙っていい枠”って印象が広がる)

(まずいな。静かに過ごしたいのに、これじゃ高校時代の再来だ)

(対応優先度としては――)

思考が完全に、社畜モードになっていた。  
懐かしいほどにロジカルで、冷静に優先順位をつけていく脳の使い方。  
いつ、どこで、誰と話すべきか。どう伝えれば過剰に期待させず、かつ傷つけないか。

ふと、朝倉先輩が身を乗り出してきた。

「ちなみに、うちの文学サークル、まだ新入生歓迎してるから。藤堂くんも、よかったら来てみて」

「……考えておきます」

軽く会釈をして、足早にその場を離れた。  
教室に戻る途中、後ろから「じゃあねー」と手を振られる。  
それが何気ないものであるほどに、悠真の肩には静かに重みがのしかかった。

席に戻ると、教室の雰囲気が少しだけ変わっているように感じた。  
朝倉先輩と話していた様子を見ていた学生たちが、何やらひそひそと話している。

「朝倉さん、藤堂くん狙ってる?」

「えー、早くない?」

「でも、彼女いないっぽいって話だよ」

悠真は目を閉じ、深く息を吐いた。

(言わなきゃよかったのか。いや、言ってもめんどくさくなるだけだし)

どちらを選んでも、正解はなかった。  
だからこそ、曖昧なままにした。  
けれど、その曖昧さが引き金になるのも分かっていた。

(……こういうとき、どうすればいいんだ)

答えは出ない。  
ただ、ひとつ確かなのは――この大学でもまた、騒がしい日々が始まりそうだということだった。  

そして、それが颯斗との関係に、どんな影を落とすのか――  
悠真には、まだ想像がつかなかった。  

ただ、胸の奥にふつふつと、言いようのない焦りが湧き始めていた。
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