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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
断るって、選択肢にないの?
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カフェの年末は、毎年のことながら混み合う。
忘年会帰りの社会人、冬休みに入った学生、帰省前の一服を求めてくる人々。
ふだんより少し重たいコートと、大きな荷物を抱えた客たちがひっきりなしに出入りする。
悠真は、ホットドリンクのオーダーをいくつもこなしながら、今日何度目かのため息を飲み込んだ。
常連の顔を見てすぐにオーダーを予測し、品切れになりそうな在庫を先回りで補充して、同僚の動線も読みながら動く。
自分が入っていると、確かに店の回転が良くなる。
だからこそ、シフトの穴はすぐ埋まる。
「藤堂くん、ここお願い」「ほんと助かる」
そう言われるたび、無意識のうちに「大丈夫です」と返していた。
今日も、本来は休みだったはずの枠を、気づけば自分が埋めていた。
スマホのスケジュールアプリは、年末までほとんど真っ黒に埋まっている。
それでも断らないのは、断ることの方が、よほど面倒だと思ってしまうからだった。
閉店後の作業を終えて、店の裏口から出ると、空気が一気に冷たくなった。
地面にうっすらと霜が降り、吐く息が白く立ち上る。
「今日も、よく働いたなー」
隣で伸びをしながら言ったのは柴田だった。
大学の同級生で、同じくバイト仲間。
金髪に近い明るめの茶髪と、いつも気楽そうな顔。
けれど、何気ない一言の中に、鋭く核心を突いてくるようなことを平気で言う男だった。
「明日もシフト入ってんの? 年末、詰めすぎじゃね?」
「まあ、抜けたら回らないし」
「……お前さ、断るとか、休むとか、選択肢ないの?」
唐突に、そう言われた。
悠真は、歩きながら苦笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。ただ、頼られてるしさ。迷惑かけたくないっていうか」
「……」
柴田は言葉を返さず、ちらりと悠真を横目で見た。
その視線の重さに気づきながらも、悠真はそれ以上何も言わなかった。
商店街のアーケードに差しかかった頃、小さな屋台の前で足を止めた。
焼き芋の香ばしい甘い匂いが、冬の夜の空気に溶け込んで漂ってくる。
二人とも無言のまま、少しだけ立ち止まる。
「うまそう」
柴田がぽつりとつぶやいた。
「買う?」
「いや、腹は減ってるけど財布が寒い」
冗談交じりのやりとりをしながらも、柴田の視線はどこか真剣だった。
「お前、さ」
再び声が落ち着いたトーンに変わる。
「無理してるって自覚、ある?」
その言葉に、悠真は言葉を返せなかった。
否定しようとして、できなかった。
「なんでも真面目にやるのは、悪いことじゃないけどさ。
引き受けたら、全部“やって当然”って空気になってくるだろ。
それ、けっこう危ないんだよ」
悠真は俯いて、自分の手を見た。
乾燥して、かさついている指先。
最近、紙で手を切った跡がまだ少し赤いまま残っていた。
「自分がやった方が早いって思ってるだろ」
「……思ってる、かも」
それがいけないのかと問われれば、答えに詰まる。
だって実際、自分がやった方が早いのだ。
手間も省けるし、トラブルも防げる。
そのぶん相手に感謝もされる。
なら、やった方がいい。
そう考えてきた。
「俺さ、なんか、そういうのに慣れちゃってんだよな」
悠真がぽつりとこぼす。
「頑張るのがクセになってて、休むっていう感覚がもう、よく分かんない」
柴田はしばらく黙っていた。
煙草でも吸いたげな様子だったが、取り出さずに手をポケットに突っ込んだまま、空を見上げた。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけど」
「うん」
「でも、もしお前が潰れても、誰も“ありがとう”って言わねえぞ。
みんな、“あれ、今日藤堂いないんだ”って思うだけだ」
それは、突き放すような言い方ではなかった。
ただ、現実を静かに突きつけられたようだった。
「……まあ、潰れたくはないかな」
「なら、休めよ」
柴田の言葉は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
焼き芋の香りがまた鼻をかすめる。
冬の夜は、こんなにも静かで、それなのに、どうしてこんなに心がざわつくのだろう。
「……ありがと」
自然と、言葉が出た。
柴田は返事をしなかったが、軽くあごを引いて歩き出した。
悠真はその背を少し遅れて追いかけながら、
笑顔の奥で張りつめていた何かが、少しだけほどけた気がした。
“誰にも迷惑をかけたくない”と笑うその裏で、
“誰も気づいてくれない”という孤独が、ずっと心に横たわっていた。
それを、何も言わずに見ていた誰かが、今日はほんの少しだけ触れてくれた。
それだけで、救われることがあるのだと、悠真ははじめて知った。
忘年会帰りの社会人、冬休みに入った学生、帰省前の一服を求めてくる人々。
ふだんより少し重たいコートと、大きな荷物を抱えた客たちがひっきりなしに出入りする。
悠真は、ホットドリンクのオーダーをいくつもこなしながら、今日何度目かのため息を飲み込んだ。
常連の顔を見てすぐにオーダーを予測し、品切れになりそうな在庫を先回りで補充して、同僚の動線も読みながら動く。
自分が入っていると、確かに店の回転が良くなる。
だからこそ、シフトの穴はすぐ埋まる。
「藤堂くん、ここお願い」「ほんと助かる」
そう言われるたび、無意識のうちに「大丈夫です」と返していた。
今日も、本来は休みだったはずの枠を、気づけば自分が埋めていた。
スマホのスケジュールアプリは、年末までほとんど真っ黒に埋まっている。
それでも断らないのは、断ることの方が、よほど面倒だと思ってしまうからだった。
閉店後の作業を終えて、店の裏口から出ると、空気が一気に冷たくなった。
地面にうっすらと霜が降り、吐く息が白く立ち上る。
「今日も、よく働いたなー」
隣で伸びをしながら言ったのは柴田だった。
大学の同級生で、同じくバイト仲間。
金髪に近い明るめの茶髪と、いつも気楽そうな顔。
けれど、何気ない一言の中に、鋭く核心を突いてくるようなことを平気で言う男だった。
「明日もシフト入ってんの? 年末、詰めすぎじゃね?」
「まあ、抜けたら回らないし」
「……お前さ、断るとか、休むとか、選択肢ないの?」
唐突に、そう言われた。
悠真は、歩きながら苦笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。ただ、頼られてるしさ。迷惑かけたくないっていうか」
「……」
柴田は言葉を返さず、ちらりと悠真を横目で見た。
その視線の重さに気づきながらも、悠真はそれ以上何も言わなかった。
商店街のアーケードに差しかかった頃、小さな屋台の前で足を止めた。
焼き芋の香ばしい甘い匂いが、冬の夜の空気に溶け込んで漂ってくる。
二人とも無言のまま、少しだけ立ち止まる。
「うまそう」
柴田がぽつりとつぶやいた。
「買う?」
「いや、腹は減ってるけど財布が寒い」
冗談交じりのやりとりをしながらも、柴田の視線はどこか真剣だった。
「お前、さ」
再び声が落ち着いたトーンに変わる。
「無理してるって自覚、ある?」
その言葉に、悠真は言葉を返せなかった。
否定しようとして、できなかった。
「なんでも真面目にやるのは、悪いことじゃないけどさ。
引き受けたら、全部“やって当然”って空気になってくるだろ。
それ、けっこう危ないんだよ」
悠真は俯いて、自分の手を見た。
乾燥して、かさついている指先。
最近、紙で手を切った跡がまだ少し赤いまま残っていた。
「自分がやった方が早いって思ってるだろ」
「……思ってる、かも」
それがいけないのかと問われれば、答えに詰まる。
だって実際、自分がやった方が早いのだ。
手間も省けるし、トラブルも防げる。
そのぶん相手に感謝もされる。
なら、やった方がいい。
そう考えてきた。
「俺さ、なんか、そういうのに慣れちゃってんだよな」
悠真がぽつりとこぼす。
「頑張るのがクセになってて、休むっていう感覚がもう、よく分かんない」
柴田はしばらく黙っていた。
煙草でも吸いたげな様子だったが、取り出さずに手をポケットに突っ込んだまま、空を見上げた。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけど」
「うん」
「でも、もしお前が潰れても、誰も“ありがとう”って言わねえぞ。
みんな、“あれ、今日藤堂いないんだ”って思うだけだ」
それは、突き放すような言い方ではなかった。
ただ、現実を静かに突きつけられたようだった。
「……まあ、潰れたくはないかな」
「なら、休めよ」
柴田の言葉は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
焼き芋の香りがまた鼻をかすめる。
冬の夜は、こんなにも静かで、それなのに、どうしてこんなに心がざわつくのだろう。
「……ありがと」
自然と、言葉が出た。
柴田は返事をしなかったが、軽くあごを引いて歩き出した。
悠真はその背を少し遅れて追いかけながら、
笑顔の奥で張りつめていた何かが、少しだけほどけた気がした。
“誰にも迷惑をかけたくない”と笑うその裏で、
“誰も気づいてくれない”という孤独が、ずっと心に横たわっていた。
それを、何も言わずに見ていた誰かが、今日はほんの少しだけ触れてくれた。
それだけで、救われることがあるのだと、悠真ははじめて知った。
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