79 / 103
元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
ふたりでいる時間に、名前がつかなくなっていく
しおりを挟む
午後の陽射しがカーテン越しに差し込んで、部屋の中に柔らかい光を落としていた。
ソファに並んで座るふたりの間には、決して離れすぎていない距離があった。
けれど、会話はぽつりぽつりとした断片しかなく、流れる時間のなかで徐々に沈黙の割合が増えていった。
休日に会うのは、久しぶりだった。
颯斗の研究室が立て込んでいて、前回の休日は結局すれ違ったまま終わった。
だから今日は、久しぶりに“ちゃんと一緒にいられる日”だった。
本当は、話したいことはいくつもあったはずだった。
最近読んだ本の話や、バイト先でのちょっとしたトラブルのこと。
それに、最近感じていたすれ違いのことも。
けれど、目の前の颯斗は、相変わらず落ち着いていて、
「今朝、研究室からメール来てた。次の課題、また一つ増えそう」
なんて、自然な口調で言ってきた。
それに対して「大変だね」と返す自分がいて、
そこに不自然さはないけれど、どこか本音に届かない感覚が残った。
話が途切れたあと、ふたりはそろってテレビの画面に視線を向けた。
流れていたのは、なんとなくつけたままのバラエティ番組で、
内容に集中していたわけでもなかった。
「これ、前にも観たよね」
悠真が口を開くと、颯斗はうなずいた。
「たぶん、春くらいに。あのときは柴田が来てた日だ」
「……そうだっけ」
会話が弾むわけでもない。
でも、それが不自然だと感じない空気が、逆に苦しかった。
距離をとられているわけじゃない。
態度が冷たいわけでも、嫌われているわけでもない。
なのに、心が遠い。
その感覚が、いちばん言葉にしづらかった。
もう少し前なら、話題がなくても何かしらふたりの間には“熱”があった。
それは笑いだったり、ふとした触れ合いだったり、ふたりだけが分かる空気だったり。
でも今は、それがうまく掴めなかった。
悠真はそっと息を吐いた。
少しだけ姿勢を変え、ソファの背にもたれた。
颯斗の肩とは、数センチだけ離れていた。
その数センチが、今日はやけに遠く感じた。
「最近、疲れてる?」
不意にそう聞いた。
あまり深い意味はなかった。
けれど、それは“何かを話したい”という心の焦りの現れでもあった。
「まあね。でも、そんなもん」
颯斗は短く答えただけだった。
それで会話は終わった。
その返事が冷たいわけではない。
むしろ、いつもの彼の調子そのままだ。
だけど、悠真の胸には小さな波紋が残った。
ああ、これじゃない。
話したいのは、こんな表面的なことじゃない。
でも、じゃあ何を話せばよかったのか、自分でも分からなかった。
ふたりでいれば、それだけで通じるものがあると思っていた。
けれど、通じるものがあるからといって、言葉がいらないわけではなかった。
気づけば、視線だけがテレビに向かっていて、
思考は別の場所にあった。
悠真はそっと目を伏せた。
睫毛の隙間から、ゆっくりとした時の流れを感じる。
ふたりでいるこの時間に、もう“名前”がつかなくなってきている気がした。
恋人らしい会話も、甘いやり取りもなく、ただ並んで座っている。
それが悪いわけじゃない。
でも、何かが少しずつ、静かに剥がれている。
そんな感覚があった。
颯斗は変わらず優しい。
優しさに嘘はないと思う。
でも、その優しさが、何かを測るための壁になっているような気がすることがある。
踏み込みすぎないことで守られている関係。
それは、壊れない代わりに、深まらないという現実を内包していた。
話したいことがあるのに、言葉が見つからない。
ただ、“言わなかった”ことが、“何もない”にすり替わっていく気がして怖かった。
ふと、胸の奥から声が浮かんできた。
——安心と寂しさが、同じ場所に座っているみたいだ。
その言葉だけが、妙にリアルだった。
変わらずそこにあるものが、少しだけ変わってしまっている。
その小さな違和感に気づいてしまった以上、
何かを変えなければ、いずれ取り戻せなくなる気がしていた。
だけど、まだどうしたらいいか分からなかった。
ソファの隣、何も言わずに座る彼の横顔を、
少しのあいだだけ見つめて、また静かに視線を外した。
ソファに並んで座るふたりの間には、決して離れすぎていない距離があった。
けれど、会話はぽつりぽつりとした断片しかなく、流れる時間のなかで徐々に沈黙の割合が増えていった。
休日に会うのは、久しぶりだった。
颯斗の研究室が立て込んでいて、前回の休日は結局すれ違ったまま終わった。
だから今日は、久しぶりに“ちゃんと一緒にいられる日”だった。
本当は、話したいことはいくつもあったはずだった。
最近読んだ本の話や、バイト先でのちょっとしたトラブルのこと。
それに、最近感じていたすれ違いのことも。
けれど、目の前の颯斗は、相変わらず落ち着いていて、
「今朝、研究室からメール来てた。次の課題、また一つ増えそう」
なんて、自然な口調で言ってきた。
それに対して「大変だね」と返す自分がいて、
そこに不自然さはないけれど、どこか本音に届かない感覚が残った。
話が途切れたあと、ふたりはそろってテレビの画面に視線を向けた。
流れていたのは、なんとなくつけたままのバラエティ番組で、
内容に集中していたわけでもなかった。
「これ、前にも観たよね」
悠真が口を開くと、颯斗はうなずいた。
「たぶん、春くらいに。あのときは柴田が来てた日だ」
「……そうだっけ」
会話が弾むわけでもない。
でも、それが不自然だと感じない空気が、逆に苦しかった。
距離をとられているわけじゃない。
態度が冷たいわけでも、嫌われているわけでもない。
なのに、心が遠い。
その感覚が、いちばん言葉にしづらかった。
もう少し前なら、話題がなくても何かしらふたりの間には“熱”があった。
それは笑いだったり、ふとした触れ合いだったり、ふたりだけが分かる空気だったり。
でも今は、それがうまく掴めなかった。
悠真はそっと息を吐いた。
少しだけ姿勢を変え、ソファの背にもたれた。
颯斗の肩とは、数センチだけ離れていた。
その数センチが、今日はやけに遠く感じた。
「最近、疲れてる?」
不意にそう聞いた。
あまり深い意味はなかった。
けれど、それは“何かを話したい”という心の焦りの現れでもあった。
「まあね。でも、そんなもん」
颯斗は短く答えただけだった。
それで会話は終わった。
その返事が冷たいわけではない。
むしろ、いつもの彼の調子そのままだ。
だけど、悠真の胸には小さな波紋が残った。
ああ、これじゃない。
話したいのは、こんな表面的なことじゃない。
でも、じゃあ何を話せばよかったのか、自分でも分からなかった。
ふたりでいれば、それだけで通じるものがあると思っていた。
けれど、通じるものがあるからといって、言葉がいらないわけではなかった。
気づけば、視線だけがテレビに向かっていて、
思考は別の場所にあった。
悠真はそっと目を伏せた。
睫毛の隙間から、ゆっくりとした時の流れを感じる。
ふたりでいるこの時間に、もう“名前”がつかなくなってきている気がした。
恋人らしい会話も、甘いやり取りもなく、ただ並んで座っている。
それが悪いわけじゃない。
でも、何かが少しずつ、静かに剥がれている。
そんな感覚があった。
颯斗は変わらず優しい。
優しさに嘘はないと思う。
でも、その優しさが、何かを測るための壁になっているような気がすることがある。
踏み込みすぎないことで守られている関係。
それは、壊れない代わりに、深まらないという現実を内包していた。
話したいことがあるのに、言葉が見つからない。
ただ、“言わなかった”ことが、“何もない”にすり替わっていく気がして怖かった。
ふと、胸の奥から声が浮かんできた。
——安心と寂しさが、同じ場所に座っているみたいだ。
その言葉だけが、妙にリアルだった。
変わらずそこにあるものが、少しだけ変わってしまっている。
その小さな違和感に気づいてしまった以上、
何かを変えなければ、いずれ取り戻せなくなる気がしていた。
だけど、まだどうしたらいいか分からなかった。
ソファの隣、何も言わずに座る彼の横顔を、
少しのあいだだけ見つめて、また静かに視線を外した。
51
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが
松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。
ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。
あの日までは。
気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。
(無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!)
その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。
元日本人女性の異世界生活は如何に?
※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。
5月23日から毎日、昼12時更新します。
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる