俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始

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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です

誰かを思い出すことで、ぎりぎり“今”にいる

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ベンチに腰を下ろした瞬間、背中から冷えが這い上がってきた。

夕方の空は、もはや夜の顔を見せかけていて、それでも完全には暗くなりきらない曖昧な色をしていた。  
グレーと藍のあいだに滲んだ光が、空の奥にぼんやりと広がっている。  
その下で、街灯の明かりだけが、自分の居場所をはっきりと照らしていた。

公園の一角。木々に囲まれた古い木製のベンチ。  
そこに座る悠真の姿は、どこか景色に溶け込んでいて、通り過ぎる人がいれば、気づかずに通り過ぎてしまうだろうと思えた。

今日は誰とも話したくなかった。  
でも、誰かといたいわけでもなかった。  
だから、この場所を選んだ。  
誰にも触れられず、でも完全にひとりにならない場所。

鞄を足元に置き、両手で紙コップのコーヒーを包み込む。  
冷めかけたそれは、もはやぬるさしか伝えてこなかった。  
それでも何かを握っていたくて、手放せなかった。

スマートフォンを取り出す。  
ロックを解除し、トークアプリを開く。  
颯斗の名前が上のほうに表示されていた。  
無意識にそこをタップして、トーク画面を開いた。

「今、大丈夫?」  
「ちょっと話せる?」  
そんなメッセージを打ちかけて、数文字入力しては消していた。  
送らないまま閉じて、また開いて。  
それを何度繰り返したか、もう分からなかった。

画面を見下ろしながら、小さく息を吐く。  
白くはならなかったけれど、胸の奥に積もったものは、息だけでは解けてくれなかった。

考えれば考えるほど、自分の中の言葉が曖昧になっていった。  
なにがしんどいのか、どうして今日こんなに呼吸が浅いのか、説明できるだけの材料が集まらなかった。  
ただ、朝からずっと薄く身体が重くて、  
誰かに見られている気がして、誰にも見られたくなかった。  
それだけだった。

コートの襟を引き寄せて、肩をすぼめる。  
小さな木の葉が風に揺れて、頭上で微かに擦れる音がした。

なんで、こんなにしんどいんだろう。  
たかが模擬面接。たかが就活の一歩目。  
他の学生たちがやっているように、自分も同じように進めばいいだけのことなのに。

“強みはなんですか”“努力した経験を教えてください”  
その問いが、自分の中に鋭く突き刺さっていた。

答えられなかったわけじゃない。  
でも、答えようとした瞬間に頭の中に響いたのは、  
前の人生で無数に繰り返した評価表の言葉や、上司の指摘や、  
自分で自分を納得させるために何度も繰り返した“自己肯定”のフレーズだった。

「真面目に仕事をすること」「責任感を持って最後までやり遂げること」  
それを誇りにしてきた。そうすることでしか、自分の価値を示せなかった。  
けれど、その結果として待っていたのは、倒れたまま誰にも看取られず、  
あっさりと終わってしまった日々だった。

今の自分は、やり直せているんだろうか。

スマホの画面が、暗転して自動的にロックがかかる。  
反射した画面のなかに、自分の顔がぼんやり映っていた。  
目の下に少しだけ影がある。頬の輪郭がややこわばっている。  
それでも、ただ“疲れている”ようにしか見えないその顔に、  
自分が抱えているすべては映っていなかった。

ふいに、曖昧な空の色を見上げる。  
淡く滲んだ雲が、風に流れていく。  
どこへ行くのか分からないその流れを、何も考えずにただ目で追った。

「なんで、今の俺は“生きてる”って言えるんだろう」

小さな声で、つぶやいた。  
誰にも聞かれないように。  
自分の耳にだけ届くように。

“生きてる”という言葉の重みが、胸の奥で静かに響いた。  
呼吸をしている。  
ご飯を食べて、誰かと話して、勉強して、笑って、眠って——  
けれど、それだけで“生きている”と言えるのかどうか、分からなかった。

過去の自分は、ただ働いていただけだった。  
それは、生きていたとは言えなかった。  
そして今も、自分はまた“正しいこと”ばかりを選びそうになっている。

間違えないように。  
迷惑をかけないように。  
誰かに嫌われないように。  
そうやって形を整えることで、命の形をなぞっているだけだった。

風が少し強く吹いて、木の葉がぱらりと肩に落ちた。  
軽く払って、悠真はスマホをもう一度手に取った。  
画面をタップし、再びトーク画面を開く。  
それでも、文字を打つことはしなかった。

送れなかった。  
今はまだ、何を言えばいいか分からなかった。  
ただ、名前を見ているだけで、少しだけ冷たさが和らいだ気がした。

ひとりでいたかった。  
でも本当は、ひとりでいたくなんてなかった。  
ただ、誰かといるには、言葉が足りなかった。  
それだけだった。
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