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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
たとえば、住む場所の話をしようか
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週末の午後、カフェのテーブルに向かい合って座ったふたりは、それぞれアイスカフェラテと紅茶を手にしていた。
気取った内装でもなければ、特別な空気を纏った場所でもない。
けれど、こういう何気ない時間の中でしか生まれない会話があると、悠真は最近よく思う。
「……でさ、もし就職がこのあたりじゃなくなったら、引っ越しも考えなきゃいけないよなって」
アイスカフェラテをかき混ぜながら、ふと悠真が言った。
何気ないようでいて、言葉の端に少しだけ熱を乗せて。
「うん、まあ、そりゃそうだな」
颯斗も自然に相槌を返す。
特に驚く様子もなく、話題を続けるように頷いた。
「そしたらさ、どのあたりがいいんだろ。職場とか大学院に通いやすい場所って、けっこうバラバラじゃない?」
「駅近は便利だけど、家賃高いしな」
「ちょっと離れても静かな場所の方が、俺は好きかも」
そう言いながら、颯斗は窓の外を眺める。
歩道には買い物帰りの人たちがちらほら行き交い、花粉を運ぶ風がカーテンを揺らしていた。
「俺は……家から最寄り駅まで、徒歩10分以内がいいな。雨の日に傘さして走るの嫌だから」
「わかる」
その言葉に、ふたりして笑い合った。
些細なこと。でも、こういう“どうでもいい希望”が重なっていくのが、未来の形なんだと思う。
「通勤と通学、どっち優先するかだよな」
「お前、どのへんに就職希望出してんの?」
「まだ完全には決めてないけど、都内の福祉系とか、地域サポート系の仕事、ちょっと興味ある」
「そっか。じゃあ電車は避けられなさそうだな。俺の研究室、たぶん継続で今の大学か、近隣の国立になると思う」
「なら、間とって……京王線とか?」
「ああ、あり」
ふたりの会話はまるでパズルを組むように、ぽつぽつと情報を出し合い、噛み合っていく。
間違っても“同棲”という言葉は出さない。
けれどその前提は、どちらも自然に共有している。
そういう感覚が、なんだかとても心地よかった。
「あとさ、家事って分担する? それとも得意な方がやる?」
「お前、家事得意だったっけ」
「まあまあ。洗濯と掃除は慣れてる。料理は……レシピ見れば」
「俺、逆。料理は好きだけど掃除はサボりがち」
「じゃあバランスいいじゃん」
「……ほんとだな」
ふたりして笑って、テーブルの端に置いたグラスが、カランと音を立てる。
「休みの日って、どうしたい? 俺、たぶん週末はゴロゴロしてたい派なんだけど」
「俺は……午前中は引きこもって、午後に外出って感じが理想かも」
「それって一番理想的じゃん。インドアとアウトドアの中間」
「そういうの、お前となら成立する気がする」
ふと口にした颯斗の一言に、悠真の手が少しだけ止まった。
それは、冗談でも気まぐれでもなく、ただ静かに置かれた確信だった。
「……そう思ってもらえるの、なんか嬉しいな」
小さく呟いてから、悠真は紅茶に口をつけた。
その甘さがいつもよりやわらかく感じたのは、たぶん空気のせいだった。
この会話が、未来を決定づけるものではない。
実際に一緒に住むことになったら、想像と違うこともあるだろうし、ぶつかることだってあるかもしれない。
けれど、そういう可能性も全部ひっくるめて、話せていること自体が、今はただ嬉しかった。
「……なんか、こうやって話してると、未来ってそんなに遠くない気がしてくるな」
「なあ、悠真」
名前を呼ばれて、自然と目を向ける。
颯斗の視線はまっすぐだった。
でも、そのまっすぐさにはプレッシャーがなかった。
「こういう話、もっとしていこうな。大事にしたいから」
その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
少しだけ視線を逸らして、けれどすぐに戻して頷く。
「……うん。俺も、そう思ってる」
会話をしながら、未来がふたりの手の届く場所に降りてくる。
今日のこの話は、たぶん数年後になっても、どこかに残っているだろう。
そう思える何かが、確かにここにあった。
気取った内装でもなければ、特別な空気を纏った場所でもない。
けれど、こういう何気ない時間の中でしか生まれない会話があると、悠真は最近よく思う。
「……でさ、もし就職がこのあたりじゃなくなったら、引っ越しも考えなきゃいけないよなって」
アイスカフェラテをかき混ぜながら、ふと悠真が言った。
何気ないようでいて、言葉の端に少しだけ熱を乗せて。
「うん、まあ、そりゃそうだな」
颯斗も自然に相槌を返す。
特に驚く様子もなく、話題を続けるように頷いた。
「そしたらさ、どのあたりがいいんだろ。職場とか大学院に通いやすい場所って、けっこうバラバラじゃない?」
「駅近は便利だけど、家賃高いしな」
「ちょっと離れても静かな場所の方が、俺は好きかも」
そう言いながら、颯斗は窓の外を眺める。
歩道には買い物帰りの人たちがちらほら行き交い、花粉を運ぶ風がカーテンを揺らしていた。
「俺は……家から最寄り駅まで、徒歩10分以内がいいな。雨の日に傘さして走るの嫌だから」
「わかる」
その言葉に、ふたりして笑い合った。
些細なこと。でも、こういう“どうでもいい希望”が重なっていくのが、未来の形なんだと思う。
「通勤と通学、どっち優先するかだよな」
「お前、どのへんに就職希望出してんの?」
「まだ完全には決めてないけど、都内の福祉系とか、地域サポート系の仕事、ちょっと興味ある」
「そっか。じゃあ電車は避けられなさそうだな。俺の研究室、たぶん継続で今の大学か、近隣の国立になると思う」
「なら、間とって……京王線とか?」
「ああ、あり」
ふたりの会話はまるでパズルを組むように、ぽつぽつと情報を出し合い、噛み合っていく。
間違っても“同棲”という言葉は出さない。
けれどその前提は、どちらも自然に共有している。
そういう感覚が、なんだかとても心地よかった。
「あとさ、家事って分担する? それとも得意な方がやる?」
「お前、家事得意だったっけ」
「まあまあ。洗濯と掃除は慣れてる。料理は……レシピ見れば」
「俺、逆。料理は好きだけど掃除はサボりがち」
「じゃあバランスいいじゃん」
「……ほんとだな」
ふたりして笑って、テーブルの端に置いたグラスが、カランと音を立てる。
「休みの日って、どうしたい? 俺、たぶん週末はゴロゴロしてたい派なんだけど」
「俺は……午前中は引きこもって、午後に外出って感じが理想かも」
「それって一番理想的じゃん。インドアとアウトドアの中間」
「そういうの、お前となら成立する気がする」
ふと口にした颯斗の一言に、悠真の手が少しだけ止まった。
それは、冗談でも気まぐれでもなく、ただ静かに置かれた確信だった。
「……そう思ってもらえるの、なんか嬉しいな」
小さく呟いてから、悠真は紅茶に口をつけた。
その甘さがいつもよりやわらかく感じたのは、たぶん空気のせいだった。
この会話が、未来を決定づけるものではない。
実際に一緒に住むことになったら、想像と違うこともあるだろうし、ぶつかることだってあるかもしれない。
けれど、そういう可能性も全部ひっくるめて、話せていること自体が、今はただ嬉しかった。
「……なんか、こうやって話してると、未来ってそんなに遠くない気がしてくるな」
「なあ、悠真」
名前を呼ばれて、自然と目を向ける。
颯斗の視線はまっすぐだった。
でも、そのまっすぐさにはプレッシャーがなかった。
「こういう話、もっとしていこうな。大事にしたいから」
その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
少しだけ視線を逸らして、けれどすぐに戻して頷く。
「……うん。俺も、そう思ってる」
会話をしながら、未来がふたりの手の届く場所に降りてくる。
今日のこの話は、たぶん数年後になっても、どこかに残っているだろう。
そう思える何かが、確かにここにあった。
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