転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

文字の大きさ
7 / 67

家族のいる朝ごはん

しおりを挟む
階段を降りると、ふわりと焼きたてのパンの香りが漂ってきた。バターが溶ける香りと、うっすら甘いスクランブルエッグの匂い。どこか懐かしいようで、でも明らかに“知らない”家庭の匂いだった。

「悠翔ー、起きたー?」

台所から声が聞こえた。女性の明るく、柔らかな声。間の抜けたようなイントネーションに、胸の奥が妙にざわついた。心当たりがない。だが、自分に向けられているのだとわかる。

階段を降りきると、木目のやさしいダイニングに出た。陽の光が大きな窓から差し込んでいて、テーブルの上にはすでに朝食が並んでいた。トーストが二枚、サラダにはトマトとレタスが鮮やかに盛られ、スクランブルエッグにはパセリがかかっている。

その横には、湯気の立つコーヒーカップとミルクの入ったグラス。そして、新聞を片手に広げた中年の男性がソファに座っていた。優しげな笑顔でこちらを見るその男性が、自分の“父親”だと察するのに時間はかからなかった。

「あ、悠翔。おはよう」

「……おはようございます」

言いながら、自分でも驚くくらい自然に言葉が出た。

父親は新聞から目を離し、少し目を細めた。日焼けの跡が残る、働き者の手がカップを包んでいる。

「今日から新学期か。楽しみか?」

何でもない会話のようだったが、その言葉に悠翔の喉がふいに詰まりかけた。

「う、うん……たぶん」

自分でも頼りない返事だと思ったが、父は「そっか」と頷いて、また新聞に視線を戻した。

母親がトースターから新しいパンを取り出し、皿に置いてこちらへ運んでくる。エプロン姿のその後ろ姿は、どこかで見たことがあるような気がした。けれどそれは前世の記憶ではない。たぶん、誰かが描いた“理想の家族像”のような、そんな印象だった。

椅子に腰を下ろすと、目の前に広がる光景が胸にじわじわと迫ってくる。

トーストの焼き目はちょうどいい色で、バターが角に溶けかけていた。サラダにはドレッシングが均等にかかっていて、スクランブルエッグはふわふわだった。水の入ったグラスの気泡が、光を受けてきらきらしている。

そういえば、こんなにちゃんと用意された朝ごはんを食べるの、いつ以来だろう。

前世の朝は、コンビニのパンを口に押し込みながら家を出ていた。時間がない、余裕がない、気持ちのゆとりもなかった。温かい朝の光に包まれて食卓を囲む、なんて時間はどこにもなかった。

「ちゃんと全部食べなよー、今日から2年生なんだから」

母の声に、悠翔は思わず顔を上げる。そこには、どこまでも自然な笑顔があった。

疑いもなく、心配もなく、ただ“我が子”を見つめるまなざし。

…ああ、自分は、この世界で“息子”として生きてるんだ。

その事実が、じんわりと胸に染み込んでくる。まるで温かいお湯に指先を浸しているような、ふとした安心感に包まれた。

「いただきます」

手を合わせて言うと、両親もほぼ同時に口を動かした。

朝食を食べながらも、心のどこかでまだ信じられないような気持ちが渦巻いていた。  
けれど、目の前のこの“日常”が、それを現実として証明している。

トーストを一口かじる。カリッと音がして、バターの香りが口いっぱいに広がった。

「……おいしい」

つい漏らした言葉に、母が嬉しそうに笑った。

「よかった。マーガリンじゃなくてバターにして正解だったかな」

そのやりとりのどこかに、悠翔はまた目頭が熱くなるのを感じていた。

ああ、そうか。

こんな朝、前世では知らなかったんだ。  
こんなふうに、ちゃんと自分のために作られた朝ごはん。  
誰かに名前を呼ばれて、笑いかけられて、座る席があって…  
それが、こんなにも心を満たしてくれるものだとは、思っていなかった。

「なんだろ……」

心の中でぽつりとつぶやく。

「…こんな穏やかな朝、前世では知らなかったな」

そう思った瞬間、ようやく、少しだけ涙がこぼれそうになった。

けれど、泣くのはもったいないと思った。  
今は、この朝のひとときを、ちゃんと目に焼きつけておきたかった。

自分は、今、この世界で“生きている”。  
そして、たしかに“愛されている”。

それだけで、もう十分だった。  
新しい人生の始まりは、思っていたよりずっと優しくて、温かかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

処理中です...