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供給は終わらない、だって恋は続くから
春の風が、廊下の窓をやさしく揺らしていた。
校舎の隅に、まだほんのりと文化祭の名残が香っている。
黒板には「新学期準備」の文字、教師たちの机には新しい名簿と教科書。
けれどこの午後、教室には生徒の姿はほとんどなかった。
そんな中、教室の窓際の席で、悠翔はひとりノートを広げていた。
もう使い古されたそのノートには、びっしりと文字や絵が詰まっている。
初めて「推し」を見つけて震えた日の走り書き、
過去の詩、断片的なモノローグ、尊死案件の記録。
どのページも、そのときの鼓動がそのまま染みついているようだった。
けれど今、彼が新しく書いているのは、どこか違っていた。
文字数は少ない。言葉の熱量も、形も、以前とは違う。
それは誰かに伝えるための詩ではなく、
自分自身のために綴られた「記録」でもなかった。
“好きという言葉の続きは、
たぶん、“一緒にいる”ってことなんだと思う”
小さな声で、書いた文を繰り返して読んでみる。
どこか気恥ずかしくて、でも、ちゃんと自分の気持ちに噓がないと感じた。
そのとき、教室のドアが軋む音と共に、足音が近づいてきた。
顔を上げると、京橋が立っていた。
「また書いてたの?」
「うん。……続き、書こうと思って」
京橋は何も言わず、隣の席に腰を下ろした。
一冊のノートをふたりで覗き込む。
見開きのページの端に並んだ文字を、彼は指先で軽くなぞった。
「俺、これからも君の物語に出ていい?」
悠翔は答えるまで少しだけ間を置いた。
その間に、自分の中のいくつもの思いが静かに並び、言葉になった。
「もう、とっくに出てるよ」
ふたりの間に、言葉が要らなくなるような沈黙が流れる。
黒板の文字も、カーテンの揺れも、今この瞬間には何の意味も持たなかった。
ただここに、ふたりでいるという事実だけが、やさしくそこにあった。
外では、次の春に向けて草の匂いが濃くなっている。
新しい時間が、静かに、けれど確かに動き出していた。
ふたりはそのまま、ノートを閉じた。
過去の供給も、今の共有も、未来のページの余白も、すべて詰まったその一冊を。
悠翔は小さく息を吐いてから、京橋のほうを見た。
いつものように、彼は変わらない表情で、でもどこか誇らしげに微笑んでいた。
まるで、それが答えだったかのように。
チャイムが鳴り、ふたりは立ち上がる。
もうこの教室も、明日には新しい名前のクラスになる。
だけど、この一年で積み重ねた言葉たちは、ちゃんとここに残っている。
そう思ったとき、ふいに悠翔はポケットからスマホを取り出し、
久しぶりに“なにスタ”を開いた。
新しい投稿画面に、短い言葉を打ち込む。
“推しが彼氏になったら、尊死の先に現実があった。”
#共有の供給
#今日も尊死案件
#でも生きてるの、超幸せ
送信を押す。
画面に「投稿されました」の文字が浮かび、すぐにいいねが一つ、また一つと増えていく。
タイムラインの上に、自分の言葉がふわりと浮かんでいた。
それは誰の共感を得るでも、誰かの羨望を集めるでもない、
ただひとつ、自分が“今の自分”として言える精一杯の真実だった。
隣を歩く京橋が、スマホの画面をのぞきこんで、照れたように笑う。
「……おい、それ、ちょっと恥ずかしいって」
「うるさい。俺の供給なんだから、好きに書かせて」
「なるほど。じゃあ、ちゃんと更新してよ?続きも、期待してるから」
ふたりの声が重なって、廊下に少しだけ響いた。
次の春も、その先の季節も、ふたりの物語はきっと続いていく。
なにスタの画面の向こうで、タグは静かに広がり始めていた。
#共有の供給
それは、きっとまだ誰も知らない、新しい愛のかたちだった。
【完】
校舎の隅に、まだほんのりと文化祭の名残が香っている。
黒板には「新学期準備」の文字、教師たちの机には新しい名簿と教科書。
けれどこの午後、教室には生徒の姿はほとんどなかった。
そんな中、教室の窓際の席で、悠翔はひとりノートを広げていた。
もう使い古されたそのノートには、びっしりと文字や絵が詰まっている。
初めて「推し」を見つけて震えた日の走り書き、
過去の詩、断片的なモノローグ、尊死案件の記録。
どのページも、そのときの鼓動がそのまま染みついているようだった。
けれど今、彼が新しく書いているのは、どこか違っていた。
文字数は少ない。言葉の熱量も、形も、以前とは違う。
それは誰かに伝えるための詩ではなく、
自分自身のために綴られた「記録」でもなかった。
“好きという言葉の続きは、
たぶん、“一緒にいる”ってことなんだと思う”
小さな声で、書いた文を繰り返して読んでみる。
どこか気恥ずかしくて、でも、ちゃんと自分の気持ちに噓がないと感じた。
そのとき、教室のドアが軋む音と共に、足音が近づいてきた。
顔を上げると、京橋が立っていた。
「また書いてたの?」
「うん。……続き、書こうと思って」
京橋は何も言わず、隣の席に腰を下ろした。
一冊のノートをふたりで覗き込む。
見開きのページの端に並んだ文字を、彼は指先で軽くなぞった。
「俺、これからも君の物語に出ていい?」
悠翔は答えるまで少しだけ間を置いた。
その間に、自分の中のいくつもの思いが静かに並び、言葉になった。
「もう、とっくに出てるよ」
ふたりの間に、言葉が要らなくなるような沈黙が流れる。
黒板の文字も、カーテンの揺れも、今この瞬間には何の意味も持たなかった。
ただここに、ふたりでいるという事実だけが、やさしくそこにあった。
外では、次の春に向けて草の匂いが濃くなっている。
新しい時間が、静かに、けれど確かに動き出していた。
ふたりはそのまま、ノートを閉じた。
過去の供給も、今の共有も、未来のページの余白も、すべて詰まったその一冊を。
悠翔は小さく息を吐いてから、京橋のほうを見た。
いつものように、彼は変わらない表情で、でもどこか誇らしげに微笑んでいた。
まるで、それが答えだったかのように。
チャイムが鳴り、ふたりは立ち上がる。
もうこの教室も、明日には新しい名前のクラスになる。
だけど、この一年で積み重ねた言葉たちは、ちゃんとここに残っている。
そう思ったとき、ふいに悠翔はポケットからスマホを取り出し、
久しぶりに“なにスタ”を開いた。
新しい投稿画面に、短い言葉を打ち込む。
“推しが彼氏になったら、尊死の先に現実があった。”
#共有の供給
#今日も尊死案件
#でも生きてるの、超幸せ
送信を押す。
画面に「投稿されました」の文字が浮かび、すぐにいいねが一つ、また一つと増えていく。
タイムラインの上に、自分の言葉がふわりと浮かんでいた。
それは誰の共感を得るでも、誰かの羨望を集めるでもない、
ただひとつ、自分が“今の自分”として言える精一杯の真実だった。
隣を歩く京橋が、スマホの画面をのぞきこんで、照れたように笑う。
「……おい、それ、ちょっと恥ずかしいって」
「うるさい。俺の供給なんだから、好きに書かせて」
「なるほど。じゃあ、ちゃんと更新してよ?続きも、期待してるから」
ふたりの声が重なって、廊下に少しだけ響いた。
次の春も、その先の季節も、ふたりの物語はきっと続いていく。
なにスタの画面の向こうで、タグは静かに広がり始めていた。
#共有の供給
それは、きっとまだ誰も知らない、新しい愛のかたちだった。
【完】
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