オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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恋の相手はたったひとりでいい~ヨレヨレ課長とエリート部下、恋人になったあとがいちばんむずかしい

エピローグ 俺たち、ちゃんと恋人してます

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朝の光が、カーテン越しにやわらかく部屋を満たしていた。  
ベランダに干されたシャツが、風にゆれる音がかすかに響いている。  
キッチンからはコーヒーの香り。  
トースターの軽い音と、マグカップを置く小さな音。  
慌ただしくも、穏やかな朝の風景が、今日も当たり前のように繰り返されていた。

洗面所の鏡の前で、榊がネクタイを締めている。  
背筋を伸ばし、ゆっくりと結び目を整える。  
けれど、その手つきにはどこか寝起きの名残があって、ネクタイはわずかに傾いていた。

陽翔はその様子を廊下から見て、クスッと笑った。

「課長、ちょっと曲がってます」

榊が鏡越しに目を向ける。

「……まじか」

近づいた陽翔が、そっと榊の前に立ち、指先でネクタイの結び目を持ち直す。  
ほんのわずかの角度の違いを、慣れた手つきで整えていく。  
顔を近づけすぎないように意識しているつもりでも、距離は自然と縮まっていた。

榊は、じっと陽翔の手元を見つめながら、ふいに呟いた。

「……ありがとな、陽翔」

その声が、どこか照れを含んでいて、陽翔はふと手を止める。  
顔を上げると、榊の目とまっすぐにぶつかった。  
朝の光を受けて、その瞳がほんの少し柔らかく見えた。

「どういたしまして」

そう返して、陽翔は小さく笑った。  
言葉にしなくても、いまのふたりには通じるものがある。  
けれど、たまにはこうして名前を呼んでくれると、やっぱりうれしい。

駅までの道を、いつものように少し間を空けて歩く。  
すれ違う人の中に、自分たちを知る誰かがいるかもしれないから、  
会社の最寄り駅では別々の改札を通る。  
オフィスビルのロビーも、少し時間差で入る。

それでも、ふたりの間にはちゃんとした関係があるということを、陽翔は何よりもわかっていた。

社内の空気はいつもと変わらない。  
パソコンの起動音、電話のベル、誰かが書類をめくる音。  
そういった日常の中で、ふと顔を上げた瞬間だった。

部署の反対側、書類を手に立ち上がった榊と、視線が合った。

ほんの一瞬。  
だけど、それだけで胸がふっと軽くなった。

榊は何気ない表情で視線を戻したが、その目元にはかすかな笑みがあった気がした。  
陽翔もまた、自然と口元がゆるむのを止められなかった。

パソコンの画面に視線を戻しながら、陽翔は心の中で思った。

――バレても、いいや。  
俺たち、ちゃんと恋人だから。

誰に言わなくても、自分たちが知っていればそれでいい。  
言葉にしなくても、そこにあるものは、確かに“愛”と呼べるものだった。

そして、それは日々の中で少しずつ形になっていく。  
名前を呼び合い、生活を重ね、視線を交わすたびに、深まっていく絆。

小さな恋の始まりが、今では確かな日常になっている。

コーヒーの香り、曲がったネクタイ、目が合った瞬間の笑み。  
どれもが、ふたりの“恋人らしさ”を形づくっていた。

陽翔は心の中で静かに誓う。  
この関係を、これからも大切に育てていこうと。

隣にいるのが、あの人でよかった。  
そう思える毎日が、ここにある。

【完】
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