オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています

ああ、なんか恋人っぽいな、これ

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会計を済ませたあと、ふたりはゆっくりと店の引き戸をくぐった。

夜の博多の空気は、ほんのり湿気を含んでいて、  
鍋であたたまった身体には少しひんやりとして気持ちよかった。  
通りには提灯の明かりが揺れていて、遠くから聞こえる笑い声が、町の穏やかさを運んできていた。

「……腹いっぱいやな」  
榊がぼそりとつぶやく。

「……ですね」  
陽翔も、思わず小さく笑う。

「ちょっと歩きます? すぐ戻るのも、もったいないですし」

「おお、ええな。動かんと消化せんわ」  
榊は首筋を軽くさすりながら、歩き出した。

ふたりの歩幅は、いつもより自然に揃っていた。  
仕事終わりに並んで歩くことは何度もあったけれど、  
見慣れない街を、こうしてふたりきりで歩くのは、どこか特別だった。

道路の端に立つ街灯が、ふたりの影を舗道に長く伸ばす。  
近くの屋台からは、炭火で焼かれる串の匂いが漂ってきて、  
空腹は満たされたはずなのに、もう一度食べたくなるような気がした。

「課長、あの屋台見てください。地元の人、めっちゃ並んでる」  
「あれ、人気やな。ようテレビでも映っとるやつちゃうか?」  
「そうなんですか? ……ちょっと並びたいですね」  
「いや、お前、どこに入るつもりや。腹いっぱい言うたばっかりやろ」

そんな軽口を交わしながら、ふたりは歩く。  
日常の延長のようでいて、  
どこか“異なる日常”がそこにはあった。

(旅先で、ふたりでごはん食べて、くだらない話して……)  
(ああ、なんか恋人っぽいな、これ)

陽翔は、ふいにそう思った。

恋人ではあるけれど、  
ふたりとも仕事に向き合う時間のほうが長くて、  
家ではなんとなく生活が混ざり合って、  
「好き」とか「愛してる」とか、そういう言葉を改めて口にすることも少ないまま。

でも、こうやって見知らぬ街のネオンの下を並んで歩いていると、  
ようやく自分たちが“ふたりでいる”ということの実感が、  
ゆっくり、じんわりと、心の奥に染みこんでくる気がする。

榊は、何も気づいていないように前を向いたまま歩いていた。  
けれど、たまに信号で立ち止まるときや、  
横断歩道を渡るとき、陽翔のほうをちらりと見る仕草があって、  
そのたびに胸がほんの少しだけ高鳴る。

「……風、気持ちいいですね」

「せやな。春の夜って感じやな」

「課長、酔い、残ってないですか?」

「もうちょい残ってるな」  
「……正直すぎません?」

「陽翔は?」

「俺は……残ってないです。けど、なんかずっとふわふわしてる気がします」

「ふわふわ?」

「うまく言えないですけど……こうして、知らない街を、課長と並んで歩くのって、  
なんか変な感じするんです。夢みたいっていうか、日常じゃないっていうか」

「非日常ってやつか」  
「はい。そうです」  
「……ええやん、たまには。日常ばっかりやと、つまらんしな」

その言葉に、陽翔は少しだけ目を細めた。

課長がこういうときに言う“ええやん”は、たいてい肯定の合図だ。  
だいたいは適当なようで、ちゃんと寄り添ってくれていることが、  
ふたりで過ごした時間の中で、だんだんわかるようになってきた。

並んで歩く足音が、ぴたりと揃う。  
誰にも気を使わずに、ふたりでいられる時間。  
それは、日常では決して感じられない、静かな贅沢だった。

やがて、ホテルの明かりが遠くに見えてきた。  
ふたりの影が少し短くなる。

「……戻りますか」

「うん。シャワー浴びたら、早めに休もか。明日も朝からやしな」

「ですね」

言葉のやりとりは、淡々としていた。  
けれど、ふたりの心の距離は、確かにほんの少しだけ、近づいていた。

ホテルのロビーに入ると、エレベーターのボタンを押す榊の背中が見えた。  
その肩越しに、ほんの少し酔いが残ったような甘い空気が漂っている気がして、  
陽翔は思わず息をのんだ。

この夜が、どこまで続くのかはわからないけれど、  
今この瞬間だけは、誰にも邪魔されない場所にふたりきりだった。
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