オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています

“帰りたい”の先にある場所

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部屋の中は、まだ朝が来るには少しだけ早い静けさに包まれていた。

カーテンの隙間から差し込む光が、天井にゆらゆらとした影を作っている。ホテル特有の匂いと、ベッドのシーツの肌ざわり。日常とはどこか違うはずの場所で、それでも今、陽翔は不思議と落ち着いていた。

榊とふたりで並んで横になって、もうどれくらい時間が経っただろうか。

昨夜は、たしかに身体を重ねた。言葉は少なかったけれど、触れ合うぬくもりの中で、たしかな気持ちを確かめ合った。朝を迎えたいま、その記憶が温度のように身体の奥に残っている。

言葉にしなくても伝わるものがある。

それは間違いない。

けれど、それでもやっぱり、今は言葉が欲しかった。

隣で榊が視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。

「……最近な、どこ行っても“帰りたい”って思うんや」

突然の言葉に、陽翔は小さく瞬きをした。

仕事が立て込んでいたからだろうか。疲れているのだろうか。

「家に?」と、ごく自然に聞き返した。

榊はすぐには答えなかった。

その代わりに、ふっと小さく笑って、首を横に振った。

「ちゃうねん。“家”っていうか……“お前のとこ”に、や」

陽翔の胸が、わずかに締めつけられた。

何気なく投げられたように聞こえた言葉だった。けれど、その言葉の奥にあった感情の重みは、すぐに理解できた。

“帰りたい”という言葉の先に、自分がいる。

それは、誰かにとって“居場所”になっているということだった。

榊にとって、ただの家では意味がなかった。ひとりでいる部屋ではなく、陽翔のいる空間。それが“帰る場所”になっている。

「……それ、なんかずるいですね」

陽翔は、少しだけ照れたように言った。

榊が苦笑する。

「なんでや」

「そんなこと言われたら、期待するじゃないですか。俺がちゃんと、“帰りたくなる場所”になれてるんかなって、思ってしまう」

「なれてるよ」

榊は即答した。

声に迷いはなかった。曖昧な笑いもなかった。ただ、まっすぐに陽翔を見ていた。

「仕事でどれだけうまくいってても、外で誰と会っても、ふとした瞬間に思うんや。『早よ帰りたいな』って」

「ほんで、そのとき思い浮かぶのが……部屋やなくて、お前なんや」

言い終えた榊の声は、いつになく素直で、どこか柔らかさを含んでいた。

陽翔は視線を落とし、榊の胸元にそっと顔を寄せた。

鼓動の音が聞こえる。静かに、一定のリズムで、穏やかに。

「それ、ほんとに言ってます?」

「言ってる」

「あとで、忘れたりしません?」

「せえへん。……お前のそういうとこ、ちょっと面倒くさいって思うけど、好きやしな」

そのひと言に、くすぐったさと嬉しさが入り混じった。

陽翔は、声にならない笑いをこぼしてから、小さく呟いた。

「……じゃあ、これからも、帰ってきてください」

「ん?」

「俺のとこに。疲れたときも、嬉しかったときも、何でもない日も」

「……ああ。帰るよ」

榊は腕を伸ばして、陽翔の背をゆっくりと撫でた。

肩を抱くようにして、より近くに引き寄せる。

ベッドの中で、ふたりの距離はもうほとんどなかった。

けれど、それでもまだ少しだけ隙間がある気がして、陽翔は自分から身体を榊に預けた。

寄り添うというよりも、もたれかかるように。

それでも榊は、何も言わずに受け止めてくれた。

それが嬉しくて、安心できて、思わず目を閉じた。

ああ、こういう時間が、“帰る”ってことなんだな。

単に住んでいる場所に戻ることじゃない。

大事な人の側に、自分の場所があること。

その人が、安心して戻ってこられる場所であること。

それが、帰る場所。

榊にとって、それが自分だと言ってくれたことが、なによりも嬉しかった。

言葉にしてくれて、ありがとう。

そう思ったまま、陽翔は榊の胸に顔をうずめた。

ベッドの外では、朝が少しずつ進んでいた。

けれど、ふたりの間に流れる時間は、まだ夜のぬくもりを残していた。

その温度がしばらく消えないことを願いながら、陽翔は小さく息を吐いた。榊の香りが、胸の奥まで沁み込んでくるようだった。
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