オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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ヨレヨレ課長とエリート部下、出張先でも恋人しています

エピローグ 恋人だから、出張先でもちゃんと恋人だった

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空港の搭乗口付近は、思ったよりも静かだった。

午前の便が一段落したのか、待合の椅子には人がまばらで、天井の高い空間には、時折アナウンスの声が反響するだけだった。陽翔と榊は、並んで窓際のソファに腰を下ろしていた。

外には、滑走路の向こうに広がる青空と、出発を待つ飛行機たち。旅の終わりを告げるその光景は、どこか名残惜しさと安心の両方を呼び起こす。

榊は、紙コップのコーヒーを片手に持ちながら、カップの縁に唇を軽く寄せていた。もう一方の手は膝の上に置かれていて、指先にわずかな緊張が残っているようにも見えた。

陽翔は、自分のカップを両手で包みながら、無言でその横顔を眺めていた。

昨夜、そして今朝――  
ふたりは確かに、いつもとは違う時間を過ごした。  
でも、だからといって“特別なこと”をしたという実感はなかった。  
ただ、いつもよりほんの少し、近づいただけ。

それが嬉しかった。  
それだけで、十分だった。

榊がふと、ぽつりと呟いた。

「……なんか、帰るの惜しいな」

その声は、いつもの調子よりも少しだけ掠れていた。  
まるで誰に言うでもなく、ただ自分の中で漏れたような音。

陽翔は少し驚きながらも、口元をほころばせた。

「……そうですか?」

「うん。仕事は終わったし、家は静かやろ。……なんか、ぽっかり空く気ぃするわ」

陽翔はコーヒーを一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。  
コーヒーの苦味が口の中に残る。  
けれど、それが嫌ではなかった。

「でも、帰ったら淹れますよ。ふたり分」

榊が目を向ける。

「コーヒー?」

「はい。ちゃんと挽いたやつ、最近ハマってるんで」

榊は、視線を少しだけ逸らしてから、軽く笑った。

「……ええな、それ」

「でしょ」

その会話の終わりに訪れた沈黙は、気まずさとは無縁のものだった。

ちょうどいい、間だった。

しばらくして搭乗のアナウンスが流れ、ふたりはゆっくりと立ち上がる。

機内は、窓際に陽翔、通路側に榊。行きと同じ並び。

座ってからも、特に会話はなかった。

けれど、離陸を待つ間の沈黙は、どこか安らぎを含んでいた。

榊が少しだけ身体を傾け、窓の外を見ながら、首をすこし横に倒す。  
陽翔はその動きに合わせて、自分の肩をわずかに寄せた。

ほんの少し、頭が触れる。

榊が驚くでもなく、そのまま身を預けてきた。

それだけで、胸の奥にじんわりと何かが広がっていく。

寄り添うことは、言葉の代わりになる。  
何も言わなくても伝わるものがあると、改めて思う。

機体がゆっくりと動き出し、滑走路へと向かっていく。

陽翔は目を閉じて、呼吸を整える。  
榊の髪が、わずかに肩に触れていた。

その温度が、心地よかった。

出張という非日常の時間は、もうすぐ終わる。

明日からは、またいつもどおりの毎日が始まる。  
同じ家で、同じ時間に起きて、出社して、仕事をして、疲れて帰って、またふたり分の夕飯を囲む。

でも、そういう日々があるからこそ、今日のこの旅に意味があったのだと思う。

陽翔は、そっと心の中で呟いた。

たまには、ふたりで旅も悪くない。

ふたりきりの時間が、少しの揺らぎや不安を確かめて、そっと埋めてくれる。

それが“恋人”という関係の持つ力なのかもしれない。

榊が、肩に少しだけ体重を預けてくる。

陽翔はそのまま、身を任せた。

どちらからともなく目を閉じ、機体が空へと浮かび上がる感覚だけを静かに受け止めた。  
窓の外の景色が遠ざかっていくのを見届ける代わりに、寄り添うその肩の重さを抱きしめるように。

旅は終わる。

でも、ふたりの関係は、終わらない。

むしろ、ここからまた続いていく。

これまでと変わらない日々の中で、少しずつ変わっていく想いを乗せながら。  

そんな確かな気持ちを胸に、陽翔は、そっと目を閉じた。

【続く】
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