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主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)―関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話
そのひとこと、出るときは出てしまう
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「この資料、全体の構成はいいと思うけど……もう少し事例入れてもええかもな」
声のトーンは自然で、押しつけがましさもない。佐倉がそう言うと、瀬戸はこくりとうなずいて資料に赤を入れていく。
社内の小会議室。新人研修の一環として、瀬戸が担当するクライアント向けの提案書をレビューしているところだった。進行は滞りなく、予定よりも順調だった。佐倉としてはそれだけでも十分安心していたのに、何をどう間違えたか、口が勝手に動いてしまった。
「まあ、上手くいくとは思うけどな。知らんけど」
言った瞬間、自分で自分の言葉に反応してしまう。
あ、と心の中で小さく叫んで、佐倉は思わず目を伏せた。
関西弁。しかも、無意識。つい油断するとこれだ。
普段の佐倉は“標準語モード”で通している。関西から転勤してきた当初こそ、アクセントが抜けきらずに苦労したが、一年も経てばだいぶ馴染んでいた。上司として後輩を指導する立場でもある今、なるべく言葉には気を遣っていたつもりだった。
だけど、ふと気を抜いたときに出てしまうのは、やっぱり“地”だった。
「知らんけど」。それは、責任逃れともユーモアとも取れる、曖昧な緩衝句。けれど、東京で使うには少しばかり浮いてしまう。だからこそ、佐倉はいつも慎重だった。
けれど今日、瀬戸の前でその言葉が出てしまった。
やってもうた。
この言葉を聞いて、どう反応されるだろう。笑われるだろうか、からかわれるだろうか。ふと視線を上げると、瀬戸が手を止めてこちらを見ていた。
無表情に近い顔だが、ほんのわずかに口元が緩んでいる。目の奥に、どこか柔らかな光が宿っているように見えた。
「……」
なんでもないように見えて、何かを感じている。そんな空気を、佐倉は察してしまった。
あかん。バレた。そう確信したとき、なんだか背中がむず痒くなった。
「……続き、やるか」
そう言って体勢を戻しながらも、内心はざわついていた。
無意識に出てしまった“知らんけど”に、自分でも気づいていないほどの色が乗っていたのかもしれない。油断したとはいえ、どうしてこんなにも反応が気になるのか。
あの表情。わずかな笑み。
(……なんや、あれ)
けれど、瀬戸はそれ以上何も言わなかった。さっきと同じように、資料に視線を落とし、再びチェックを始めている。
あの笑みは、否定じゃなかった。
からかいでもなかった。
ただ、そこにあったのは、まるで「知ってるよ」と言わんばかりの、静かな肯定だった。
佐倉は、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
関西弁。自分が育ってきた言葉。それがいつしか、自分の中では「隠さなきゃいけないもの」になっていた。職場では標準語を徹底し、話し方を整えてきたのは、「ちゃんと見られたい」という気持ちと、「浮きたくない」という防衛本能のせいだった。
でも、否定されないどころか、気づいても何も言わずに受け入れられた。
それは思っていたより、ずっと心に響いてくる出来事だった。
(あかん。あんな反応されたら……)
言葉の続きは、心の中だけでかき消された。
まさか、自分の一言でこんなに気持ちが揺れるとは思わなかった。
まさか、この新人が、こんなにも静かに自分の内側に入り込んでくるとは。
佐倉は、そっと口元に手をやりながら、自分に言い聞かせるようにペン先を走らせた。
──ちゃんと仕事に集中せえよ。
そう繰り返すくせに、なぜか胸のあたりだけ、じんわりとあたたかかった。
声のトーンは自然で、押しつけがましさもない。佐倉がそう言うと、瀬戸はこくりとうなずいて資料に赤を入れていく。
社内の小会議室。新人研修の一環として、瀬戸が担当するクライアント向けの提案書をレビューしているところだった。進行は滞りなく、予定よりも順調だった。佐倉としてはそれだけでも十分安心していたのに、何をどう間違えたか、口が勝手に動いてしまった。
「まあ、上手くいくとは思うけどな。知らんけど」
言った瞬間、自分で自分の言葉に反応してしまう。
あ、と心の中で小さく叫んで、佐倉は思わず目を伏せた。
関西弁。しかも、無意識。つい油断するとこれだ。
普段の佐倉は“標準語モード”で通している。関西から転勤してきた当初こそ、アクセントが抜けきらずに苦労したが、一年も経てばだいぶ馴染んでいた。上司として後輩を指導する立場でもある今、なるべく言葉には気を遣っていたつもりだった。
だけど、ふと気を抜いたときに出てしまうのは、やっぱり“地”だった。
「知らんけど」。それは、責任逃れともユーモアとも取れる、曖昧な緩衝句。けれど、東京で使うには少しばかり浮いてしまう。だからこそ、佐倉はいつも慎重だった。
けれど今日、瀬戸の前でその言葉が出てしまった。
やってもうた。
この言葉を聞いて、どう反応されるだろう。笑われるだろうか、からかわれるだろうか。ふと視線を上げると、瀬戸が手を止めてこちらを見ていた。
無表情に近い顔だが、ほんのわずかに口元が緩んでいる。目の奥に、どこか柔らかな光が宿っているように見えた。
「……」
なんでもないように見えて、何かを感じている。そんな空気を、佐倉は察してしまった。
あかん。バレた。そう確信したとき、なんだか背中がむず痒くなった。
「……続き、やるか」
そう言って体勢を戻しながらも、内心はざわついていた。
無意識に出てしまった“知らんけど”に、自分でも気づいていないほどの色が乗っていたのかもしれない。油断したとはいえ、どうしてこんなにも反応が気になるのか。
あの表情。わずかな笑み。
(……なんや、あれ)
けれど、瀬戸はそれ以上何も言わなかった。さっきと同じように、資料に視線を落とし、再びチェックを始めている。
あの笑みは、否定じゃなかった。
からかいでもなかった。
ただ、そこにあったのは、まるで「知ってるよ」と言わんばかりの、静かな肯定だった。
佐倉は、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
関西弁。自分が育ってきた言葉。それがいつしか、自分の中では「隠さなきゃいけないもの」になっていた。職場では標準語を徹底し、話し方を整えてきたのは、「ちゃんと見られたい」という気持ちと、「浮きたくない」という防衛本能のせいだった。
でも、否定されないどころか、気づいても何も言わずに受け入れられた。
それは思っていたより、ずっと心に響いてくる出来事だった。
(あかん。あんな反応されたら……)
言葉の続きは、心の中だけでかき消された。
まさか、自分の一言でこんなに気持ちが揺れるとは思わなかった。
まさか、この新人が、こんなにも静かに自分の内側に入り込んでくるとは。
佐倉は、そっと口元に手をやりながら、自分に言い聞かせるようにペン先を走らせた。
──ちゃんと仕事に集中せえよ。
そう繰り返すくせに、なぜか胸のあたりだけ、じんわりとあたたかかった。
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