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主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)―関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話
責めへんけど、黙って見過ごすほど冷たないで
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夕方の会議が終わったあと、フロアの空気は一段落したように和らいでいた。
佐倉は資料の整理を終え、コーヒーを入れに給湯室へ向かっていた。
その足取りはごく自然で、誰から見てもただの“日常の流れ”に見える。けれど実際には、その資料のひとつに、さりげなく修正を加えてあった。
瀬戸が出した案件報告の中に、わずかな誤表記があったのだ。
先方の名称と金額の記載が一部古いデータのままになっていた。全体の進行には支障がない、とはいえ見逃せないミスだった。
佐倉は会議前に気づき、さりげなく正しい資料に差し替えていた。誰にも言わずに。
紙コップに湯を注ぎながら、佐倉はひとつ息を吐いた。
そこへ、瀬戸が入ってくる。タイミングを測っていたのか、偶然かはわからない。
けれど、佐倉はふり返ることなく声をかけた。
「瀬戸。今日の資料、ちょっとだけ差し替えたん、気づいたか?」
瀬戸は目を瞬かせて立ち止まった。
「……え」
「金額のとこや。前回のまんまやった。俺が気ぃついて、会議前に差し替えといた」
静かな声だった。咎めるような響きはなかった。ただ、報告のように、当然のように。
瀬戸はしばらく何も言えなかった。自分でチェックしたつもりだったが、完全には見落としていた。それをフォローされたことに、驚きと同時に、なぜか少し胸が締めつけられる。
「すみません……気づきませんでした」
小さな声でそう言うと、佐倉は湯を注ぎ終え、カップをふたつ並べた。
「もうええねん。気づいてるし、カバーしといた」
それだけ言って、カップを片方手渡す。その手つきはあくまで自然で、やさしかった。
瀬戸が受け取るとき、ふと目が合った。
その瞬間、佐倉がわずかに口元をゆるめて言った。
「責めへんけどな、黙って見過ごすほど冷たないで」
その言葉は、瀬戸の胸の奥に、やわらかく染み込むように届いた。
佐倉は笑っていた。責めていないことが、ちゃんと伝わるような笑顔だった。
けれど、そこに浮かぶやさしさの奥には、“ちゃんと見ている”というまなざしがあった。
「俺、もっと気をつけます」
瀬戸の声はまっすぐだった。けれど、それは謝罪ではなく、誓いに近かった。
佐倉はうなずくと、湯気の上がるカップを手に、壁にもたれて一口飲んだ。
「誰にでもあることや。完璧なんて無理やしな」
軽く言いながらも、どこかその言葉には佐倉自身への投げかけも混じっていた。
完璧じゃなくていい。けれど、見逃さないでいたい。
それが、自分なりの“支え方”なのだと、佐倉は思っていた。
瀬戸は横に立ちながら、自分のカップにそっと口をつけた。
静かな時間が流れる。言葉はなくても、何かがきちんと伝わる時間。
目の前にいるこの人は、たぶんこれまで、何度もこうして誰かを見守ってきたのだろう。
その背中を、瀬戸はずっと見てきた。そして今、その背中の隣に立てていることが、なぜか誇らしかった。
「……佐倉さん」
瀬戸がふと呼ぶと、佐倉は少しだけ目を細めてこちらを見た。
「ん?」
何でもない。その先の言葉は飲み込まれた。けれど、佐倉は気づいていたように、小さく笑った。
言葉にしない。その距離が、むしろ心地よかった。
そのとき瀬戸は、思った。
この人の隣に、もっといたい。
ただそれだけが、今はすべてだった。
佐倉は資料の整理を終え、コーヒーを入れに給湯室へ向かっていた。
その足取りはごく自然で、誰から見てもただの“日常の流れ”に見える。けれど実際には、その資料のひとつに、さりげなく修正を加えてあった。
瀬戸が出した案件報告の中に、わずかな誤表記があったのだ。
先方の名称と金額の記載が一部古いデータのままになっていた。全体の進行には支障がない、とはいえ見逃せないミスだった。
佐倉は会議前に気づき、さりげなく正しい資料に差し替えていた。誰にも言わずに。
紙コップに湯を注ぎながら、佐倉はひとつ息を吐いた。
そこへ、瀬戸が入ってくる。タイミングを測っていたのか、偶然かはわからない。
けれど、佐倉はふり返ることなく声をかけた。
「瀬戸。今日の資料、ちょっとだけ差し替えたん、気づいたか?」
瀬戸は目を瞬かせて立ち止まった。
「……え」
「金額のとこや。前回のまんまやった。俺が気ぃついて、会議前に差し替えといた」
静かな声だった。咎めるような響きはなかった。ただ、報告のように、当然のように。
瀬戸はしばらく何も言えなかった。自分でチェックしたつもりだったが、完全には見落としていた。それをフォローされたことに、驚きと同時に、なぜか少し胸が締めつけられる。
「すみません……気づきませんでした」
小さな声でそう言うと、佐倉は湯を注ぎ終え、カップをふたつ並べた。
「もうええねん。気づいてるし、カバーしといた」
それだけ言って、カップを片方手渡す。その手つきはあくまで自然で、やさしかった。
瀬戸が受け取るとき、ふと目が合った。
その瞬間、佐倉がわずかに口元をゆるめて言った。
「責めへんけどな、黙って見過ごすほど冷たないで」
その言葉は、瀬戸の胸の奥に、やわらかく染み込むように届いた。
佐倉は笑っていた。責めていないことが、ちゃんと伝わるような笑顔だった。
けれど、そこに浮かぶやさしさの奥には、“ちゃんと見ている”というまなざしがあった。
「俺、もっと気をつけます」
瀬戸の声はまっすぐだった。けれど、それは謝罪ではなく、誓いに近かった。
佐倉はうなずくと、湯気の上がるカップを手に、壁にもたれて一口飲んだ。
「誰にでもあることや。完璧なんて無理やしな」
軽く言いながらも、どこかその言葉には佐倉自身への投げかけも混じっていた。
完璧じゃなくていい。けれど、見逃さないでいたい。
それが、自分なりの“支え方”なのだと、佐倉は思っていた。
瀬戸は横に立ちながら、自分のカップにそっと口をつけた。
静かな時間が流れる。言葉はなくても、何かがきちんと伝わる時間。
目の前にいるこの人は、たぶんこれまで、何度もこうして誰かを見守ってきたのだろう。
その背中を、瀬戸はずっと見てきた。そして今、その背中の隣に立てていることが、なぜか誇らしかった。
「……佐倉さん」
瀬戸がふと呼ぶと、佐倉は少しだけ目を細めてこちらを見た。
「ん?」
何でもない。その先の言葉は飲み込まれた。けれど、佐倉は気づいていたように、小さく笑った。
言葉にしない。その距離が、むしろ心地よかった。
そのとき瀬戸は、思った。
この人の隣に、もっといたい。
ただそれだけが、今はすべてだった。
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