オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる～ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか？

主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている（気がする）―関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話

おまけSS 俺らの若かりし頃を見てる気がする ―課長と主任、次世代バトンは（見守りとツッコミ）でまわしてます その１

休憩スペースの給湯室。  
カップに湯を注ぎながら、榊は小さくあくびを噛み殺していた。

「……なんや、よう喋った会議やったな」

「課長、途中ちょっと寝てました？」

「寝てへん。まばたきが長かっただけや」

隣でカップを並べていた陽翔が呆れたように笑う。

「まばたきで二分超えてたら、それ仮眠って言うんですよ」

榊が「ええやん、取引先には見えとらんかった」と言いかけたとき、  
ふと壁越しに、別の会話が聞こえてきた。

給湯室のすぐ隣は、社内のフリースペースになっている。  
昼休みや仕事の合間に、社員が気軽に腰を下ろす場所。  
いまはそこに、佐倉と瀬戸がいるらしかった。

「……声、いつもよりちょっと低めですね。疲れてる日ですか？」

静かな瀬戸の声が、ふわりと届く。  
その直後、佐倉が「そないでもない、つもりやけどなあ」とやや照れたように笑っている気配がした。

陽翔が手を止め、カップを持ったまま固まった。

「……今の、聞こえました？」

「聞こえたな」

榊も同じように手を止め、静かに隣の気配に耳をすます。

「疲れてる日ですか、って……普通、新人がそんなこと聞きます？」

「聞かんやろな。よっぽど相手の声、よう聞いてないと出ぇへん言葉や」

陽翔が眉をひそめ、給湯室の出入り口にそっと視線を送った。

「佐倉さん、あれ気づいてないですよね。あの人、意外と鈍いとこあるし」

「せやな。けどまあ、あれはもう、“好きになる練習”終わっとるな」

「どっちが？」

榊は湯気の立つマグカップを持ち上げながら、肩をすくめる。

「どっちもやろ」

陽翔が少しだけ笑う。  
確かに、あの会話の温度は、ただの“上司と部下”のそれじゃなかった。

「……いいな、ああいうの」

「え？嫉妬か？」

「してません。っていうか、うちも最初はこんなんでした？」

榊はマグを一口飲んで、すこし目を細める。

「陽翔は、もうちょい素直やなかったな。ツンツンしとった」

「……はいはい、そういうとこです」

ふたりして静かに笑い合ったあと、再び壁の向こうから瀬戸の声が聞こえた。

「今日のミス、俺が報告に行きます。佐倉さんがかばうの、おかしいですし」

「……ほんま、しっかりしとんな。新人の皮かぶった大人やわ」

榊がぽつりとつぶやく。

「……陽翔」

「ん？」

「お前、来年あたり“先輩恋人の手引き”でも書いたら？」

「課長が言う？」

「俺は、“となりのベッドの距離感”の監修でええわ」

ふたりのやりとりにまた笑いが漏れた。

壁の向こうでは、まだ佐倉と瀬戸が何か話していた。  
それを聞きながら、陽翔が小さな声でつぶやく。

「……俺らも、見られてたのかもしれませんね。あんなふうに」

榊は黙ってうなずいた。  
そしてもう一度、同じカップを、同じペースで持ち上げた。

壁一枚の向こうで生まれつつある関係を、  
ふたりは静かに、少し照れくさそうに――けれど、確かな眼差しで見守っていた。