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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満
俺、こいつのこと…ほんまに
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定時を過ぎたオフィスは、空気の密度が少しだけ変わる。
賑やかだった昼間のざわめきはすっかり影をひそめ、残っていた社員も順に荷物をまとめて退勤していった。
時計の針が静かに音を刻むなか、佐倉はフロアの片隅でひとり、PCの画面を見つめていた。
タスクはほぼ終わっている。
資料も提出済み。急ぎの返信もない。
でもなぜか、すぐに立ち上がる気になれなかった。
隣の席は、空いている。
いつもならそこに瀬戸がいる。
ほんの少し背を伸ばしてこちらを覗きこむような視線で、静かに声をかけてくる。
――奏太さん。
昨日、名前を呼ばれたときの声が、まだ耳の奥に残っている。
やわらかくて、曖昧じゃない響きだった。
「……はあ」
佐倉は椅子にもたれ、天井を見上げた。
蛍光灯の明かりが少しだけ眩しい。
視線を落とし、机の上にあった紙コップを手に取る。
中身はもう冷えていたが、さっき瀬戸が置いていったものだ。
昼休み、何も言わずに差し出されたその一杯に、今さら心が温まる。
思えば、最初はただの後輩だった。
礼儀正しくて、仕事も丁寧で、ちょっと真面目すぎるくらいの新入社員。
でも、気づけばそばにいた。
ふたりきりの出勤。
静かな帰り道の傘。
細かすぎるToDoリスト。
温かいお茶と、突然の名前呼び。
――なんやねん、もう。
誰に向かってでもなく、佐倉はつぶやいた。
胸の内に溜まった何かが、言葉にならないまま滲み出てくる。
「……これが、恋なんやろか」
声にしてみて、初めて浮かんだ言葉だった。
でも次の瞬間、自分でその言葉を否定した。
「いや、そんなん、もう……とっくに超えてるやろ」
静かだった。
誰もいないフロアで、自分の心音だけがわずかに聞こえる。
背筋を伸ばすと、椅子の軋む音が響いた。
最初はただの関心だった。
それが、気になるに変わり、目で追うようになり、
そして、いつの間にか――その声が、姿が、視線が、心の中に入り込んでいた。
“優しいな”と思った。
“気が利くやつやな”とも思った。
けど、本当はずっと前から気づいていた。
誰よりも、自分の変化に気づいてくれる。
誰よりも、自分のことを見てくれている。
そして、誰よりも、自分に触れずに寄り添ってくれる。
「……瀬戸」
名前を呼ぶと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
不思議な感覚だった。
照れでもない、戸惑いでもない。
ただ、まっすぐにその名前を口にすることが、自然に感じられた。
佐倉は目を閉じて、深く息を吐いた。
怖いわけじゃない。
ただ、こんなふうに人を想うのが久しぶりすぎて、
その温度に、まだ身体が追いついていないだけだ。
でももう、逃げられない。
逃げたいとも、思わなくなってきている。
“好き”って言葉にするのは、もう少し先でもいい。
けれど、もうその気持ちから目を逸らすことはしない。
心が、そう決めていた。
佐倉はそっと机に手を置き、立ち上がった。
帰ろう。
今日は、ひとりでこのままここにいたら、余計なことを考えすぎてしまいそうだ。
――明日も、会える。
それだけで、ほんの少し前向きになれる自分がいた。
蛍光灯を消し、エレベーターに乗る。
扉が閉まりかけたとき、ふと心に浮かんだ。
――瀬戸に、ちゃんとお礼を言えてへんかったな。
それは、仕事のことじゃない。
いつもの気遣いでも、お茶でも、名前でもない。
この気持ちのことだ。
まだ伝えていないけれど、
いつか、きちんと“俺のこと”として伝える日が来る。
そう思った瞬間、佐倉の胸の奥が、ほんの少しだけ、軽くなった。
賑やかだった昼間のざわめきはすっかり影をひそめ、残っていた社員も順に荷物をまとめて退勤していった。
時計の針が静かに音を刻むなか、佐倉はフロアの片隅でひとり、PCの画面を見つめていた。
タスクはほぼ終わっている。
資料も提出済み。急ぎの返信もない。
でもなぜか、すぐに立ち上がる気になれなかった。
隣の席は、空いている。
いつもならそこに瀬戸がいる。
ほんの少し背を伸ばしてこちらを覗きこむような視線で、静かに声をかけてくる。
――奏太さん。
昨日、名前を呼ばれたときの声が、まだ耳の奥に残っている。
やわらかくて、曖昧じゃない響きだった。
「……はあ」
佐倉は椅子にもたれ、天井を見上げた。
蛍光灯の明かりが少しだけ眩しい。
視線を落とし、机の上にあった紙コップを手に取る。
中身はもう冷えていたが、さっき瀬戸が置いていったものだ。
昼休み、何も言わずに差し出されたその一杯に、今さら心が温まる。
思えば、最初はただの後輩だった。
礼儀正しくて、仕事も丁寧で、ちょっと真面目すぎるくらいの新入社員。
でも、気づけばそばにいた。
ふたりきりの出勤。
静かな帰り道の傘。
細かすぎるToDoリスト。
温かいお茶と、突然の名前呼び。
――なんやねん、もう。
誰に向かってでもなく、佐倉はつぶやいた。
胸の内に溜まった何かが、言葉にならないまま滲み出てくる。
「……これが、恋なんやろか」
声にしてみて、初めて浮かんだ言葉だった。
でも次の瞬間、自分でその言葉を否定した。
「いや、そんなん、もう……とっくに超えてるやろ」
静かだった。
誰もいないフロアで、自分の心音だけがわずかに聞こえる。
背筋を伸ばすと、椅子の軋む音が響いた。
最初はただの関心だった。
それが、気になるに変わり、目で追うようになり、
そして、いつの間にか――その声が、姿が、視線が、心の中に入り込んでいた。
“優しいな”と思った。
“気が利くやつやな”とも思った。
けど、本当はずっと前から気づいていた。
誰よりも、自分の変化に気づいてくれる。
誰よりも、自分のことを見てくれている。
そして、誰よりも、自分に触れずに寄り添ってくれる。
「……瀬戸」
名前を呼ぶと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
不思議な感覚だった。
照れでもない、戸惑いでもない。
ただ、まっすぐにその名前を口にすることが、自然に感じられた。
佐倉は目を閉じて、深く息を吐いた。
怖いわけじゃない。
ただ、こんなふうに人を想うのが久しぶりすぎて、
その温度に、まだ身体が追いついていないだけだ。
でももう、逃げられない。
逃げたいとも、思わなくなってきている。
“好き”って言葉にするのは、もう少し先でもいい。
けれど、もうその気持ちから目を逸らすことはしない。
心が、そう決めていた。
佐倉はそっと机に手を置き、立ち上がった。
帰ろう。
今日は、ひとりでこのままここにいたら、余計なことを考えすぎてしまいそうだ。
――明日も、会える。
それだけで、ほんの少し前向きになれる自分がいた。
蛍光灯を消し、エレベーターに乗る。
扉が閉まりかけたとき、ふと心に浮かんだ。
――瀬戸に、ちゃんとお礼を言えてへんかったな。
それは、仕事のことじゃない。
いつもの気遣いでも、お茶でも、名前でもない。
この気持ちのことだ。
まだ伝えていないけれど、
いつか、きちんと“俺のこと”として伝える日が来る。
そう思った瞬間、佐倉の胸の奥が、ほんの少しだけ、軽くなった。
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